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アイデアを生む人材

これまで多くの人々が、世の中に新しい価値を提供する日本の企業の代表としてソニーに期待を寄せてきたが、世界的に見てもそのような企業は稀な存在であり、いちど成功した企業であっても、その文化を維持してゆくことは非常に難しいことも事実だ。スティーブ・ジョブズの跡を継いだCEOが「画期的な製品を出す」と市場に約束していたAppleも、腕にはめるちょっとおしゃれなiPhoneのアクセサリーぐらいしか思いつくことができていない。

「不退転の決意」を示したソニーの社長は遠からず多額の慰労金をもらって勇退し、財務畑出身の新社長によって王道の再建がすすめられることになるだろう。金融やエンターテイメントの分野とエレクトロニクス(ソニーではエレキと呼ばれる)分野がなんらかの形で分離され、エレキについてはその事業モデルの大幅な見直しが行われるだろう。日立やシャープやパナソニックなどのように、インフラ事業やデバイス事業、あるいはBtoBの事業に大きく舵をきって、コンスーマ向けの最終製品の事業に見切りをつけることが生き残る道なのかもしれない。これはたいへん残念なことだが、ソニーがこのような事態に陥ったのも、ひとえに「アイデアを生む人材」がいなくなったことが原因だったと思う。

20代にしてグーグルに二つの会社を売却した起業家のルイス・フォン・アンの言葉が日本経済新聞に載っていた。
自分のアイデアがどこから生まれてくるのかは分かりません。でも、そこに至るプロセスは説明できます。多くのアイデアを思い付くけれど、そのほとんどは大したものではありません。その中で、たまに好きなアイデアが出てくる。ただ、面白いと思ってもさまざまな要素が絡み合った、すごく複雑なものであることが多いのです。
 何カ月も掛けて、そのアイデアをシンプルにしていくんです。余分なところを削っていくと、アイデアの中心核に到達します。それを説明すると「何で誰もやっていなかったんだろう」という反応が返ってくる。そこで初めて「これは行ける」と思うわけです。
日本のモノづくり企業にもアイデアマンと呼ばれる人がいる。しかし、そのアイデアマンの多くはアンのような「何ヶ月も掛けて、そのアイデアをシンプルにしていくんです。余分なところを削っていくと、アイデアの中心核に到達する」という自問自答の取り組みには無頓着である。だからそのアイデアのほとんどは大したものではない。
自分で面白いと思ったものでも、はじめはすごく複雑であったり、あやふやな部分が多かったりで、その実現プロセスや現状とのギャップを人に説明することが難しいことが多い。それは、それらのアイデアは積み上げのプロセスによって得られたものではなく、なんらかの思考のジャンプによって閃いたものであるからだ。論理的に積み上げたものならば、人に説明することもさほど難しくない。
何ヶ月も掛けて、そのアイデアの余分なところを削っていく過程で、何も残らなかったり、すでに似たようなアイデアが存在していることに気付くこともある。あるいは、最初は素晴らしいと興奮したアイデアが、それほど価値のないものだということがわかったりもする。その興奮と挫折を繰り返しながら、その顧客価値をシンプルかつ明確に説明できるアイデアにたどり着く。それは非常に幸運で稀なことなのだが。

多くの大企業やスタートアップが「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)の代わりに装着するモノ」に取り組んでいる。それらを購入した人々に、それはどんな価値をもたらすのだろうか。それにシンプルな言葉で答えることができるのだろうか。「あれもできるし、これもできる」「こんな面白いことができる」というのではなく、そのモノによって提供される体験の価値をシンプルな言葉で伝えられなければならない。しかし「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)の代わりに装着するモノ」というところからの発想では、「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)」に機能や装飾を追加してゆくことしかできない。
これまでになかった新しい体験を提供するモノであれば、人々ははじめはそのシンプルな言葉が示す価値を理解できないかもしれない。しかし、しばらくすると体験した人々から、なんでいままでなかったんだろうという声があがりはじめ、やがてそのモノは人々の生活になくてはならない"must have"なものになる。

そのようなモノのアイデアは、どのような人が最初に考えつくのだろうか。それはスティーブ・ジョブズやルイス・フォン・アンのような特別な才能を持った人間だけの特権なのだろうか。きっとそれは才能ではなく、人間性とか性格のようなものではないかと思う。
ソニーやアップルのように、これまでになかった新しい体験を提供するモノを発明しその事業化に成功すると、その成功を盤石なものにし、さらに規模を拡大するためにサプライチェーンの構築と最適化に力を注がなければならない。いくつものアイデアを考えついて、そのなかから人々にとって価値のあるものを選び出し、それを形にして世の中に出すという仕事とはまったく異なったスキルが必要になる。その事業の成長が続けば続くほど「アイデアを生み出す人材」が失われ忘れ去られてゆく。

経済ジャーナリストの片山修さんのブログに、ウォークマンの開発に携わったソニーの元副社長の大曽根幸三さんから片山さんが聞いた「大曽根部隊開発18箇条」というものが載っている。そこから気になった5つの言葉を転載させていただく。1997年にスティーブ・ジョブズが復帰した頃のアップルの業績は、売上高が70億ドル強、純利益がマイナスの10億ドル弱という状況であった。今のソニーのエレキの状況と比べるのは無理があるかもしれないが、ソニーというブランドだけを残して、この言葉の元に人材を再結集し、モノづくりの原点からやり直してみる絶好の機会のように思える。「ウォークマンの再発明」あたりから始めてみてはどうだろうか。
  • 客の欲しがっているものではなく、客のためになるものをつくれ。
  • 客の目線ではなく、自分の目線でモノをつくれ。
  • 新しい技術は、必ず次の技術によって置き換わる宿命を持っている。それをまた、自分の手でやってこそ技術屋冥利に尽きる。自分がやらなければ、他社がやるだけのこと。
  • 市場は調査するものではなく、創造するものだ。世界初の商品を出すのに、調査のしようがないし、調査してもあてにならない。
  • 不幸にして、意気地のない上司についたときは、新しいアイデアは 上司に黙って、まず、ものをつくれ。
この最後の言葉のようなことは、少し前まで日本のモノづくりの現場であたりまえに行われていた。エンジニアにとって実に心震える言葉だ。

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