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障害者施設に短期滞在して見えてきた「はじめからもっているアートの力」

「アール・ブリュット」という言葉をご存知でしょうか。「生の芸術」とも表現される言葉で、障害者アート、アウトサイダーアートなどとも呼ばれていますが、現在ではこの呼び方が定着しています。そんなアール・ブリュットの合同企画展を監修するアーティストの日比野克彦さん(56歳)が、実際に障害者支援施設に短期滞在する取り組みを実施し、注目を集めています。短期滞在から見えてきた、障害者支援、そしてアートの本質とはいかなるものなのでしょうか。

別の時間が流れる施設のなかで


日比野さんは1958年、岐阜県生まれ。横断的な領域で表現活動を展開することで知られているアーティストです。現在は、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科の教授などを務めています。

企画展は、日本財団が「みずのき美術館」(京都府)、「鞆の津ミュージアム」(広島県)、「はじまりの美術館」(福島県)、「藁工ミュージアム」(高知県)と協力して実施するもの。「TURN/陸から海へ(人がはじめからもっている力)」と題し、11月から順次開催される予定です。

日比野さんは合同企画展を監修するにあたり、「アール・ブリュットの作品を制作する人たちの持っている世界観を肌で感じること」を目的として、障害者支援施設に短期滞在する取り組みを行いました。短期滞在したのは合計で4施設。知的障害者施設「あゆみ苑成人寮」(広島県福山市)の滞在(8月18日〜24日まで)終了後に記者会見を行い、1週間の感想を語りました。

短期滞在中に制作した作品の説明をする日比野さん
短期滞在中に制作した作品の説明をする日比野さん 写真一覧
日比野さんが語った感想のなかから、印象に残ったことを何点か紹介していきます。

日比野さんは短期滞在前、「ワールドカップを観に地球の裏側のブラジルまで行く以上に、遠いところに行く感覚がある」とコメントしていました。実際に、施設内での宿泊を伴う今回の滞在は驚きの連続で、1日目にして「あと6日もいられるのだろうか」と不安になったそうです。

まず驚いたのは時間の流れが普段の生活とはまったく異なること。朝6時に起床し、22時に就寝するまで、食事、歯磨き、シャワー以外はさほどやることがありません。合間合間に創作時間に充てられる時間が設けられていて、入所者は思い思いに作品の制作に没頭していきます。

入居者のなかには行動障害を抱えている人も多く、日比野さんは何度も同じことを繰り返す彼らの姿にはじめは驚いたと言います。しかし、「よく見てみると同じこと繰り返すなかでもいろいろな変化のサインがあります。はじめは行動障害しか見えなかったのですが、その奥にある彼らの伝えたいことや表現したいことがわかってくるようになった」(日比野さん)そうです。

さらに、ある女性入所者がドローイング作品(※絵画作品)を制作する過程を見学させてもらったところ、2時間で1筆しか紙にペンを入れませんでした。おそらく彼女は同じ作品を半年間描き続けているとのこと。納期がある作品を手掛ける作家とは、時間の概念そのものがまったく異なるのです。

“意図”がまぎれ込まないアートの源泉


日比野さんは短期滞在中、入所者と寝食を共にしながら自身も創作活動を実施。1週間でドローイングの平面作品16、陶芸3、木工2の合計21作品を施設内のアトリエで制作しました。

当然その作品は、入所者たちの世界観から大きな影響を受けたものばかりです。たとえば入所者の上之昌通さん(40歳)は集めた廃材を再構成し、木工作品を作ることを得意としています。

日比野さんが上之さんに影響を受けて制作した木工作品
廃材から取り出した曲がった釘を上手に打ち込む上之さんに感心し、日比野さんもチャレンジしましたが思ったより難しく、結局ペンチで釘を真っ直ぐにしてから打つことになってしまいました。

「幼い頃、廃材を拾ってきていろいろなものを作った記憶があったので楽しくなりました。制作した作品のうち一つは、上之さんから『あとは俺が完成させるから置いといて』と言われたので、彼に預けてきました。どんな作品に仕上がるか楽しみです」と日比野さんは語ります。

ほかにも、事務室に物を投げ込み、溜まったら回収する行動を繰り返す男性の入所者をイメージした平面作品や、19歳の男性入所者に頼まれて作った段ボールをボウリング場に模した作品などを制作しました。

日比野さんは、入居者と自身の創作活動を比較して、以下のように語りました。。

「通常、僕らが作品を制作する際には、人に見せるためだったり、伝えたいメッセージだったり、意図的なものや恣意的なものがどこかに必ず入ってきます。なるべくそういうものを排除して、純粋な大元の部分を出そうとしますが、ついつい欲が出てしまうことが創作する上で不自由な部分なんです。誰かに見てもらうためではない彼らの創作活動を観察していると、自分たちの世界を深く見つめているその視線に、うらやましい思いが沸いてきます」(日比野さん)

短期滞在を終え帰路につく日比野さん。入居者と握手を交わす
日比野さんも日中に入居者と行動や眼差しを共有することによって、作品を制作する動機が自然に生まれてくるようになったと言います。

さらに、アール・ブリュットの定義についても日比野さんは思考を巡らしました。

「(作品を形にするという)きっかけが得られた人たちはアール・ブリュットとして世に出て行きますが、入所者のなかにはただ球をいじって1時間以上も過ごしている人がいる。それでは作品にはならないけど、きっかけがあれば違うものを生むことができるかもしれない。その人の行動とフィットすれば作品になるし、そうでない場合にはならない。もっといろいろなチャンスがあれば、多様な才能が我々の前に現れてくるのではないかと思いました」(日比野さん)

「はじめからもっている力」を取り戻すために


日比野さんは企画展のステイトメントのなかで、「現代社会は『人がはじめからもっている力』のエッジを覆い、協調性を持たせることにより均衡した社会基盤を形成する手法で現代を作り上げようとしてきた」ことにより、「『人がはじめからもっている力』」の存在を意識する感覚が大衆のなかで遠のいてきた」と語っています。今回の短期滞在は、その存在を再認識する旅であったとも言えそうです。

さらに、その存在を一般社会と接続していく役目が、日比野さんと合同企画展に求められていくでしょう。

日比野さんは、「障害者や高齢者などの弱者と、社会を繋いでいく力が美術にはあります。美術館で額縁に飾られているだけの作品だけがアートではないんです。従来の美術の世界をより広げていくことによって、新しい社会の仕組みを作っていきたい」と意気込みを語ります。

具体的には、アーティストや美術を学ぶ学生などの表現者たちが障害者施設に短期滞在するプログラムを作ることを提案したいとのこと。そうすれば、ブラジルよりも遠い距離がより身近なものに感じられるようになるかもしれません。

また、8月28日に都内で開催された企画展に関するフォーラムで日本財団の笹川陽平会長が、「障害者の作品だから素晴らしいという考え方は間違っている。人々に感動を与える素晴らしい芸術がたまたま障害者の描いたものだったと捉えるべきです」と語ったとおり、「アール・ブリュット」というラベルを貼ること自体が、既存のアートとの距離を遠ざけることに繋がりかねないということにも留意するべきでしょう。

逆説的ですが、アール・ブリュットの真のゴールは、アール・ブリュットという言葉すら意識する必要がない融和の彼方にあるのかもしれません。そして、それを達成したときにこそ、「人がはじめからもっている力」を私たちが取り戻すことができるのだと思います。

(取材協力:日本財団)

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