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政府が公開へ 吉田調書巡る朝日VS産経の焦点

東京電力福島第一原発事故を巡り、吉田昌郎元所長(故人)の証言をまとめた「吉田調書」について、政府が公開する方針を固めたようです。吉田調書を巡っては朝日新聞が5月に「全容」と称する記事を報じ、産経新聞などと非難合戦を繰り広げています。公開を前に焦点を整理しておきます。

 吉田調書は、政府の事故調査・検証委員会が吉田元所長から当時の状況を聞き取った「聴取結果書」の通称。政府はこれまで「吉田氏が外部への開示を望んでいなかった」として非公開との方針を示してきましたが、朝日や産経など複数のメディアが報じたことを受けて、公開する方針に転換したということです。

 共同通信など複数のメディアによると、週明けの25日に菅義偉官房長官が記者会見で公開を表明。実際の公開は9月中旬以降になる見通しです。

 吉田調書の内容を最初に報じたのは朝日新聞です。吉田調書を入手したとして、今年5月20日付朝刊一面に「所長命令に違反 原発撤退」との大見出しで記事を掲載。第一原発の所員の9割が吉田所長の命令に背いて10キロ南の福島第二原発に撤退していたと報じました。

 記事では所員の撤退後に「放射線量が急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある」として、所員の撤退が被害の拡大を招いた可能性を指摘しています。

以下、引用です

朝日新聞 5月20日付朝刊

 東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。

■震災4日後、福島第二へ

 吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれないという危機感に現場は包まれた。

 とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損していないと吉田氏は判断した。

 午前6時42分、吉田氏は前夜に想定した「第二原発への撤退」ではなく、「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」

 待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。安全を確認次第、現場に戻って事故対応を続けると決断したのだ。

 東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。

 吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がかかった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。

 その中には事故対応を指揮するはずのGM(グループマネジャー)と呼ばれる部課長級の社員もいた。過酷事故発生時に原子炉の運転や制御を支援するGMらの役割を定めた東電の内規に違反する可能性がある。

 吉田氏は政府事故調の聴取でこう語っている。

 「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」

 第一原発にとどまったのは吉田氏ら69人。第二原発から所員が戻り始めたのは同日昼ごろだ。この間、第一原発では2号機で白い湯気状のものが噴出し、4号機で火災が発生。放射線量は正門付近で最高値を記録した。(木村英昭)

※朝日新聞デジタルより
 国内メディアは吉田調書を入手できなかったようで後追い記事を載せませんでしたが、海外のメディアは敏感に反応しました。産経新聞は欧米や韓国の新聞が朝日新聞の報道を受けて「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」などと報じていたことを紹介しています。

 一部週刊誌は朝日新聞の報道ぶりを批判していましたが、当の「吉田調書」がないために根拠に欠きました。しかし、8月に入って産経新聞がようやく吉田調書を「入手」。8月18日付朝刊で大々的に報じます。ここから朝日対産経の対立が本格化します。

 産経の記事は「吉田所長、『全面撤退』明確に否定 福島第1原発事故」との見出しを掲げ、事故発生直後の吉田氏と菅直人首相(当時)とのやり取りなどを紹介しています。さらに吉田氏が「所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない」とし、朝日新聞の報道に疑問を示しました。

以下、引用
産経新聞 8月18日付朝刊

 平成23年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、産経新聞は17日、政府の事故調査・検証委員会が事故発生時に所長として対応に当たった吉田昌郎氏(25年7月9日死去)に聞き取り調査してまとめた「聴取結果書」(吉田調書)を入手した。吉田氏は東電が事故発生3日後の14日から15日にかけて第1原発から「全面撤退」しようとしていたとする菅直人首相(当時)らの主張を強く否定し、官邸からの電話指示が混乱を招いた実態を証言している。吉田氏は一方で、現場にとどまった所員には感謝を示すなど、極限状態での手探りの事故対応の様子を生々しく語っている。

 吉田氏への聴取は23年7月から11月にかけ、事故収束作業の拠点であるサッカー施設「Jヴィレッジ」と第1原発免震重要棟で計13回、延べ27時間以上にわたり行われた。吉田調書はA4判で約400ページに及ぶ。

 それによると、吉田氏は聴取担当者の「例えば、(東電)本店から、全員逃げろとか、そういう話は」との質問に「全くない」と明確に否定した。細野豪志首相補佐官(当時)に事前に電話し「(事務関係者ら)関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と話したことも明かした。

 特に、東電の全面撤退を疑い、15日早朝に東電本店に乗り込んで「撤退したら東電は百パーセント潰れる」と怒鳴った菅氏に対する評価は手厳しい。吉田氏は「『撤退』みたいな言葉は、菅氏が言ったのか、誰が言ったのか知りませんけれども、そんな言葉を使うわけがない」などと、菅氏を批判している。

 朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。

 ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

 また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる。

※MSN産経ニュースより
 産経新聞はその後も続報を掲載し、朝日への批判を強めました。吉田氏への取材経験があるジャーナリスト門田隆将氏による「朝日は事実曲げてまで日本人おとしめたいのか」との記事も載せ、逆に朝日新聞が抗議文を産経に送る事態に発展しました。

 吉田調書が非公開のままであれば非難合戦が泥沼化するだけで終わったかもしれませんが、吉田調書が公開されれば話が変わります。どちらの報道が正しいか、これではっきりするのです。

 焦点は「吉田氏が第一原発での待機を指示していたかどうか」と「所員の大半が命令に違反していたかどうか」の2点です。吉田氏が第一原発での待機を指示していたにも関わらず、その命令に違反して所員の9割が第二原発に批判していれば朝日新聞が正しい。逆に吉田氏が待機を支持していなかったり、所員が命令に違反していなければ産経新聞が正しいことになります。

 朝日と産経は慰安婦問題を巡っても激しく対立していますが、まずは吉田調書を巡る対立の結論に注目したいと思います。

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