記事

改めて考えたいゲーリングの言葉の意味

 終戦の日の8月15日、清水区で開催された「静岡市戦没戦災等戦争犠牲者追悼式」に参列しました。

 

 追悼式の模様を伝える報道の多くがそうであったように、集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈の変更を安倍政権が閣議決定した直後の、今年の追悼式においては、昨年までとは違う思いを持たざるを得ませんでした。

 特に、今だからこそ改めて意味を考えなければいけないと痛感するのが、ヘルマン・ゲーリングの言葉です。

 ヘルマン・ゲーリングは、ヒトラーの下で、ドイツ軍の空軍総司令官や国家元帥等を務めた人物です。戦後は戦犯として捕えられ、ニュルンベルク裁判で絞首刑の判決を受けましたが、刑の執行前に自殺しました。 

 刑務所に収容されている際、ゲーリングは、訪ねてきた米国人の心理学者グスタフ・ギルバートとの対話の中で次のように語ったそうです。
ゲーリングは、肩をすくめて答えた。「もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。貧しい農民にとって、戦争から得られる最善の結果といえば、自分の農場に五体満足で戻ることなのだから、わざわざ自分の命を危険に晒したいと考えるはずがない。当然、普通の市民は戦争が嫌いだ。ロシア人だろうと、イギリス人だろうと、アメリカ人だろうと、その点についてはドイツ人だろうと同じだ。それはわかっている。しかし、結局、政策を決定するのは国の指導者達であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。」

「しかし一つだけ違いがある。」と私(※ギルバート)は指摘した。「民主主義の下では、国民は選挙で選んだ代表を通して意見を言うことができるし、アメリカでは議会だけが宣戦布告できる。」

(ゲーリングは答えた。)
「それはそれで結構だが、意見を言おうと言うまいと、国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように通用するものだ。」(翻訳:鈴木)

※原文は赤い線で囲んだ部分(出典:G.M.Gilbert『Nuremberg Diary』(※G.M.ギルバート著「ニュルンベルク日記」)278~279ページ)

Nuremberg Diary
G.M.Gilbert
Da Capo Press

 最近の動きに、ゲーリングの言葉が意味するような、危うい流れをどうしても感じてしまいます。今のうちに何とかしなければと改めて思います。

 お読み下さり、ありがとうございます。

あわせて読みたい

「終戦記念日」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    セネガル代表で戦う欧州出身選手

    六辻彰二/MUTSUJI Shoji

  2. 2

    闇の派遣 女性を乗せた車の正体

    NEWSポストセブン

  3. 3

    理想の恋愛関係に挿入は要らない

    ニャート

  4. 4

    大地震でホームレスが困ること

    ビッグイシュー・オンライン

  5. 5

    オール与党の多選がもたらす弊害

    田中龍作

  6. 6

    仮想通貨取引所を規制で潰す日本

    Hayato Ikeda

  7. 7

    サッカー解説に大島優子・待望論

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  8. 8

    韓国が行う竹島での訓練に疑問も

    NewSphere

  9. 9

    エレカシ宮本「GLAYに心折れた」

    SmartFLASH

  10. 10

    舛添氏 国会ヤジ問題で党に苦言

    舛添要一

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。