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窮地に陥る親露派 ロシアは軍事介入に踏み切るのか?それとも見捨てるのか?

※本稿はWorld Security IntelligenceWSI Commentary Vol.1 No.1 (August 2014)に掲載されたものです。

はじめに

ウクライナ東部(ドンバス)では、現在、ウクライナ軍が優位を確立しつつあるように見える。5月までは親露派がドンバスの広い領域を占拠し、さらに5月11日の住民投票でドネツク州とルガンスク州がそれぞれ「人民共和国」としてウクライナからの独立を宣言するなど、親露派側の優勢が目立っていた。そもそもウクライナ軍は長年の軍改革の失敗などから戦闘力が大きく低下しており、この意味でもウクライナ政府側による親露派の相当は困難と見られていた。

だが、5月25日にウクライナ大統領選挙が行われ、6月7日にポロシェンコ政権が成立した前後からウクライナ政府は掃討作戦を強化し、前述のように今やウクライナ政府は軍事的優位に立ちつつある。そこで本稿では、このようなウクライナ東部の現状とその背景、そして今後のロシア側の出方について考察してみたい。

1. ドンバスの現状

ドンバスの現状を掴むには、ウクライナ安全保障国防会議(SNBO)がほぼ毎日公表している戦況図が役に立つ。

現在の最新版は8月3日のものだが、これを見る限りではドネツクはすでにルガンスク側から遮断されて孤立状態に陥っており、ルガンスクも政府軍支配地域に突出しており、包囲の危機に陥っている。さらにこれまでロシアからの軍事援助が流れ込むルートであった対露国境も大きくウクライナ軍に扼されており、親露派支配地域そのものがロシアから切り離されつつあることが分かる。

SNBO発表のドンバス戦況図(8月3日)SNBO発表のドンバス戦況図(8月3日)

もちろん、これはウクライナ側の公式発表であるから、そのまま鵜呑みにすることはできまい。実は親露派側も毎日のように戦況図を公表しており、これによるとドネツクはいまだにルガンスクとの接続を維持しているし、ロシアとの国境も広い範囲を親露派側が確保していることになっている。

親露派のサイト「ロシアの春」に掲載された8月3日の戦況図親露派のサイト「ロシアの春」に掲載された8月3日の戦況図

したがって、実際には両者の中間をとって考える必要があるが、これ以前からの戦況図を継続的に見ていくと、親露派の支配地域が縮小しつつあることだけはたしかである。すなわち、ウクライナ軍の優位という戦略的状況はほぼ疑いないと考えられよう。

ウクライナ軍のムジェンコ参謀総長などは「9月までに掃討作戦を終わらせる」と述べているほか(注1)、ヘレテイ国防相も「我々は非合法武装勢力(親露派を指す)に対する勝利に近づきつつある」と述べるなど(注2)、ウクライナ側に相当の自信が生まれていることもこのような観測を裏付ける。

2. ウクライナ軍は何故優位に立てたのか?

前述のように、ウクライナ軍は弱体化が著しく、単独で親露派に軍事的勝利を収めることは困難と思われていた。それが5月末以降、優勢に転じることができたのは何故なのだろうか。これについてはいくつかの要因が指摘できる。

(1)軍事介入の危機の低下
第1に、ロシアの軍事介入に関する懸念が低下したことが挙げられよう。3月末から4月にかけてウクライナ国境には3万とも4万とも言われるロシア軍が展開し、軍事介入の可能性が真剣に取りざたされていた。こうした中でウクライナ軍は掃討作戦で敗北しないよう、かといってロシア軍の介入も招かないようにとの政治的制限下で掃討作戦を進めざるを得ない状況に陥っていた。

だが、5月7日、プーチン大統領は親露派に対して住民投票を行わないよう求めるとともにロシア軍の撤退を開始させるなど、緊張緩和に向けた動きを見せ始めた。さらに5月25日の大統領選挙についてもその結果を尊重するとの姿勢を示し、実際にポロシェンコ政権が成立したことから、「ウクライナ政府は法的正統性のない叛徒の集団である」という従来の主張をロシアは引っ込めざるを得なくなった。そして決定的であったのは、3月にプーチン大統領が上院から得ていたウクライナへの軍事介入の許可を6月27日に返上したことであろう。

このような状況下でウクライナ軍は火力や航空戦力と言った正規軍ならでは優位を存分に発揮することが可能となったのである。

(2)兵力の増強
第2に、ウクライナ軍自体の能力が強化されたことが挙げられる。ウクライナは4月に4万人規模の国民動員令を発令し、うち2万をウクライナ軍へ、残る2万を内務省隷下の新設部隊「国家親衛隊」へと配属した。

さらにウクライナ東部ではコロモイスキーら新興財閥が自らの資金で自警団を設置し、その数は22個大隊(うち、実際に掃討作戦に参加しているのは8-10個大隊)に及ぶと見られている(注3)。

(3)マレーシア機撃墜の余波
直接的なものではないが、7月17日に発生したマレーシア航空機17便の撃墜事件の影響も見逃せない。事件の真相は依然として明らかになっていないが、すでに国際世論はこれが親露派による誤認撃墜との線で固まりつつあるように見える。こうした国際世論の後押しを受けて、ウクライナ政府は「親露派はテロリスト集団である」との以前からの立場をさらに強固にし、掃討作戦に弾みを付けたものと考えられる。

3. ロシアの軍事介入はあり得るか

(1)板挟みのプーチン政権
だが、ウクライナ東部で親露派を蜂起させ、不安定化させたのはロシアである。今後ともウクライナのNATOやEUへの加盟を阻止し、同国をロシアの「影響圏」に留めておくことがロシアの狙いであり、そのためにウクライナ東部で騒擾状態を起こし、ドンバス諸州が外交権を持つ連邦制などを強要する手段とするというのが大まかな構想であったと考えられよう。このままウクライナ軍がドンバス地域で勝利を収めてしまえば、その構想は崩壊し、ウクライナを「影響圏」に留めておくためのよすがが失われてしまう。

そこでロシアは6月半ばから親露派に対して戦車を含む重装備を提供するなどして軍事援助を強化したが、それでも親露派の劣勢は続き(これは親露派の練度の低さ、士気の不足、武装組織間の連携の悪さといった要因によるものと思われる)。さらにはマレーシア機撃墜事件まで引き起こしてしまった。これによって米国ばかりでなく、従来は対露関係に比較的穏健な立場を取ってきた欧州や日本も徐々に態度を硬化させつつあり、強化された制裁措置によってロシア経済にもじわじわと影響が及び始めている。

かといって、ここでプーチン政権が親露派を見捨てるという選択も困難である。3月のクリミア併合以降、愛国主義の高まりによってプーチン世間への支持率は一挙に80%台にまで達したが、ここで親露派への支援を辞めてしまえば、国内の愛国勢力を一挙に敵に回す可能性が高い。

要するに、プーチン政権は対外関係と内政との間で板挟みになっていると言える(ただし、これについてはもうひとつの可能性も指摘されている。後述)。

(2)再燃する軍事介入論とそのシナリオ
そこで再び議論に上っているのが、ロシアによる軍事介入の可能性だ。もちろん、正面切ってロシア軍を侵攻させることは考えにくい。また、最近の世論調査では、ロシア国民のおよそ3分の2が軍事介入に反対との結果が複数出ており(注4)、国内世論上も支持が得にくい可能性がある。

かといって、親露派への軍事援助をこれ以上拡大するのも難しいだろう。これまでもロシアは少なからぬ重装備を提供してきたにも関わらず、親露派がそれに見合った戦果を挙げられなかったことは前述の通りである。一定の援助は継続するにせよ、これ以上拡大すれば再びマレーシア機撃墜事件のような事態を引き起こしかねない。

すると残るのは、次のようなシナリオであろう。

その第1は、クリミア型シナリオだ。すなわち、ロシア軍が国籍を隠したままウクライナ東部に侵入し、同地域を制圧するというものである。もちろんそれがロシア軍であることを疑う者は居まいが、クリミアの場合と同様にロシアは知らぬ存ぜぬで通すことになろう。

ただ、クリミアの場合には戦略的にも戦術的にもほぼ完璧な奇襲となり、住民も協力的であったために、九州ほども面積のある半島をほぼ無血で占領することができた。ドンバスの場合にはこのような好条件は望めないであろうことを考えれば、今回は無血というわけにはいくまい。

第2に考えられるのは、ロシア軍であることを明らかにした上で平和維持部隊の名目でロシア軍を展開させることであろう。ロシアの軍事用語における「平和維持」という概念は西側のそれとはかなり異なっており、たとえばテロリストや武装勢力に占拠された地域を強襲して制圧するような任務を含む。実際、ロシア軍で平和維持任務部隊に指定されているのは最精鋭部隊である空挺部隊であり、同部隊はクリミア占拠作戦にも投入されている。

ウクライナ安全保障国防会議のルイセンコ情報分析センター長もロシア軍が「平和維持部隊」の名目でドンバスへと展開する可能性を懸念していると述べており(注5)、ウクライナが実際に懸念しているのは後者のシナリオのようだ。この場合も、やはりウクライナ軍との直接戦闘は避けられないだろう。

したがって、いずれにしてもロシア軍を投入する以上、ロシアとウクライナの全面戦争は避けられないと考えられる。もちろん、現在のロシア軍の能力からすれば、ウクライナ軍や国家親衛隊を短期間で駆逐することは難しくはないだろう。だが、その政治的代償はあまりにも大きく、米欧との深刻な軍事的対立が再燃する可能性も高い。

4. 親露派との関係は本当に切れないか

最後に、軍事的オプションを避けて平和的解決の道をとることはできないのかどうかについて考えてみたい。

この点について興味深いのが、プーチン大統領に最も近しいジャーナリストとして知られる『コメルサント』紙のアンドレイ・コレスニコフ記者(彼は2010年にプーチンと一緒に極東まで車の旅を共にしているほどである)が29日付け同紙に書いたコラムである(注6)。

この中で、コレスニコフは次のように書いている。

「どこかの時点で、親露派がこの事件(マレーシア機撃墜)と何らかの関わりを持っていたとプーチンが知ったなら、彼ら(親露派)との態度は劇的に変化するだろう・・・それが致命的な誤りであるかのように」

「何の罪もなく死んだ子供達、そして大人や老人達。これは彼(プーチン)が決して越えることのないレッド・ラインだ。誰がこんなことをやったのか知ったら、彼は犯人をかばうことはしないだろう・・・」

もちろん、これはプーチンにごく近しい記者が書いたものであるということは充分に割り引いて読む必要がある。むしろ、そのことを踏まえた上で、この記事は次の2点をメッセージとして発していると考えられる。

第1に、プーチン大統領はマレーシア機撃墜について全く関知していない。

そして第2に、親露派による撃墜であることかがどうしても隠し立てできなくなった場合には、ロシアは親露派との関係を切ることもあり得る。

これはまさにコレスニコフが書いているとおり、「劇的な変化」だ。しかも、やはり撃墜は親露派によるものであった、というエクスキューズを得た上でならば、国内の愛国勢力の反発を最低限に抑え込みつつ親露派との関係を切ることも可能となるかもしれない。しかもこのシナリオではウクライナとの軍事衝突は回避でき、対米欧関係上のコストは遙かに低い。

この意味で、マレーシア機撃墜事件は第二の巨大なインパクトを発揮する可能性があると言えよう。

これに関連して、事件から5日後の7月22日、興味深いニュースがウクライナで報じられていた。ロシアの特殊機関が、DNRのストレリコフ「国防相」ら指導部の暗殺を計画しているとシュキリャク内務大臣顧問が述べたのである(注7)。確たる証拠は不明だが、単に親露派を「切る」だけでなく、自ら抹殺するところまでロシアが考えている、ということは充分にあり得よう。

出典

(1) “Ukraine army hopes to end operation in southeast Ukraine by September,” ITAR-TASS. 2014.7.31.

(2) “Армия близка к победе над НВФ- министр обороны,” Интерфакс Украина. 2014/8/4.

(3) “A Guide to Ukraine's Fighting Forces,” Kyiv Post. 2014.7.10.

(4) 最近では全露世論調査センターの7月29日の調査結果がある。 “ВЦИОМ: две трети россиян против ввода войск на Украину,” ИТАР-ТАСС. 2014.7.29.

(5) 同氏によれば、ロシア及びベラルーシにロシア軍が集結しており、その一部は平和維持部隊のマークをつけているという。 “РФ подтягивает "миротворцев", танки и минометы к границе с Украиной и в Беларусь,” Украинская правда. 2014.8.3.

(6) “Владимир Путин хочет перепроверить информацию, которую он получает от подчиненных,” Коммерсанть. 2014.7.29.

(7) “Спецслужбы РФ планируют уничтожить Гиркина, Безлера и Болотова: советник главы МВД Шкиряк,” Интерфакс Украина. 2014.7.22.

※Yahoo!ニュースからの転載

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