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張子のGPIF ~ 「金融リテラシーの低い総理」が指示する「でたらめな公的年金改革」

◆「人口構成」と「経済環境」を同列で論じてはならない

「公的年金は人口構成や経済環境に大きな影響を受けるが、それらは時代とともに変化する。そこで厚労省は5年ごとに、人口や経済の新たな前提を置いて将来を検証している」(8日付日本経済新聞社説 「年金の安定へ即座に改革着手を」)
日本を代表する経済紙は、「公的年金は人口構成や経済環境に大きな影響を受ける」と指摘しますが、これは何も「公的年金」に限ったことではありません。私的年金(厚生年金基金や企業年金)も同じです。違うのは、厚生年金基金や企業年金は、日本全体の人口構成ではなく、加入者の人口構成であるとか、範囲が限定されることです。

ここで重要なことは、「人口構成」と「経済環境」とを同列視してはいけないということです。

「人口構成」は年金財政に大きな影響を及ぼしますが、これは主に掛け金と給付という「年金収支」に影響を及ぼすもので、急激に変化することはありませんから事前に一定の誤差の範囲内で予測することが可能なものです。さらに、公的年金は給付額が決まっている「確定給付年金」ですから、「人口構成」が一定の誤差の範囲内で予測可能であるということは、「公的年金の総給付額」も一定の誤差の範囲で予測可能だということです。

これに対して「経済環境」は流動的に変化するものです。金利や株式などをみれば明らかなように、「人口構成」の予測と異なりその予測には不確実性を伴うものです。そして、これは主に「年金資産の運用」に影響を及ぼすものですから、主に「年金収支」に影響を及ぼす「人口構成」と同列視するわけにはいかないのです。

◆「世界最大の年金基金」≒「政界最大の給付債務を抱える年金基金」

ですから、財政検証でやらなければ、その時点でほぼ推計できる「公的年金の給付額」(年金給付債務)はどの位なのか、そしてそれを賄うために現時点での積立金が十分な規模場のか、もし足りないのであればどの位不足しているのか(或いは余裕があるのか)を明らかにすることです。

政府の宣伝なのかもしれませんが、国内では「GPIFは世界最大の年金基金」だということを誇らしげに報じる傾向が強過ぎるような気がします。1990年のバブル崩壊によって「規模を追いかける経済」に対する反省が芽生え、「規模よりも効率」を目指す経済に転換して来たはずなのですが、公的年金の分野では未だに「規模に対する憧れ」が流れ続けているのかもしれません。GPIFの資産規模が世界一であったとしても、将来の年金支給額を賄えないものであるならば、「張子の虎」でしかありません。

GPIFが「世界最大の年金基金」であるというのは、「将来支払う年金給付額(負債)が世界最大の年金基金」であることと同義語であることを理解する必要があります。

◆金融街シティで「金融リテラシーの低さ」を露呈した安倍総理

さらに認識しておく必要があることは、「公的年金、おまえはもう死んでいる」でも指摘した通り、金融的にいえば「金利が低いほど今持っていなければならない積立金も多くなる」ということです。日本の長期金利は世界で最も低い水準にありますから、例え世界に「将来支払う年金給付額」がGPIFと同じ基金が存在したとしても、日本が世界で最も多くの積立金を積んでいなければならないことは、金融の常識でもあるのです。

先日安倍総理は、欧州の金融の中心であるシティで「GPIFは世界最大の年金基金」であることを強調するスピーチを行っていましたが、こうしたスピーチは欧州をはじめ世界の金融専門家の目には「金融の常識を持ち合わせていない総理」と映ったのではないかと思います。2013年に年間で15兆円も日本株を買い越し、アベノミクスの援護射撃をした外国人投資家が、2014年に入り約1兆5000億円の売り越しに転じて来ているのも、安倍総理の「金融リテラシーの低さ」を見抜いたからかもしれません。

◆根本の部分が欠けている財政検証

今回の財政検証で、厚生労働省は8つのケースを示し、それぞれのケースで将来の給付状況がどうなるかを示しました。しかし、財政検証で最も需要なことは、約128兆円というGPIFの積立金残高が、現在の経済状況下(=金利水準)で一定の誤差の範囲内で推測出来ている「将来の公的年金支給」を賄うのに十分な規模なのかという点です。今回の財政検証では、この最も根本的かつ重要な部分については何の情報も出されていません。

経済成長率を高めに設定したほか、給付開始年齢引き上げや出生率を高く設定したりしていることから、足下の約128兆円という「世界最大の年金基金」の抱える資産規模は、「将来給付する年金額」に対して不足していることは十分に推察されますが、その「積立不足」の規模がどの位なのかについては全く示されておりません(「公的年金、おまえはもう死んでいる」では一定の仮定の下でGPIFの「積立不足額」を12兆円程度と紹介)。

GPIFが抱える「積立不足額」がどの位なのかを把握しないで「国内株式比率を引上げて運用利回りを上げる」という方針を打ち出すのは、「有識者」や「専門家」のすることではありません。

「国内株式比率の引上げ」は、当然のように損失リスクを伴うものです。現時点でGPIFが「積立不足」を抱えていることは明らかですが、国内株式投資によって生じる「運用損失」は、この「積立不足額」を増やすことになりますから、公的年金が国民に約束して来た給付金を支払うことはほぼ不可能になるということです。現在でもGPIFは時価ベースで22兆円強、17%強の国内株式を保有していますから、「国内株式比率の引上げ」が実施されるか否かに関係なく、株価が10%下落するだけで2兆円以上「積立不足額」が増えることになります。

今回の財政検証の最大の欠陥は、こうした「積立不足」が増える事態に陥った際に、税金を投入して行くのか、掛け金を大幅に引き上げるのか、給付金を大幅に引き下げるのか等々について、何の対応策を示していないことです。

◆厚生年金基金に対しては認めなかった「運用利回り改善」

国は昨年6月に法改正を行い、「積立不足」に陥った「厚生年金基金」に対して財政健全化計画による財政再建を図る従来方針から、早期解散を促す方向に大きく舵を切りました。これは、母体企業からの「積立不足額」の補填や、掛け金の引上げ、運用利回りの改善といった小手先の対応策と夢物語では年金基金を維持出来ないと判断したからです。

これに対して「税金による積立不足の埋め合せ」、「掛け金の大幅引き上げ(現在は18.3%上限)」が難しいなかで、国はGPIFに対しては「改革」「成長戦略」と称して、民間の年金基金の財政健全化計画として認めなかった「(国内株式比率引き上げによる)運用利回り改善」で「積立不足」を解消して行こうとしているのです。

民間基金には「運用利回り改善」を認めず、GPIFにはこれを推し進めるというのは完全な二枚舌です。

◆全く語られない「日本株比率引き上げ」という「年金改革」に伴う「社会的コスト」

「運用利回り改善」で「積立不足」を解消できれば、結果的にはそれが最もコストのかからない解決策です。しかし、それを選択するに際しては、GPIFが現状どの程度の「積立不足」に陥っているのかを示した上で、「国内株式比率引き上げによる運用利回り改善計画」が失敗した際に国民がどのような社会コストを負うのかを国民に示すのが筋です。

国民が負うコストが、大増税なのか、掛け金の大幅引上げなのか、給付金の大幅カットなのか。それによっては、国民はこれまで支払った掛け金を返金して貰う、今後の給付金を一時金として受け取る(死亡年齢が未確定ですから支払期間を一律にする必要有)などを選択するかもしれません。
「年金制度に関連した様々な制度改革もすすめたい」(同日本経済新聞)
日本を代表する経済紙はこのように主張し、「女性を中心とするパート労働者の厚生年金加入を勧める」ことや、「年金受給年齢の引上げ」等々の必要性を訴えています。

しかし、こうした「払い続けるだけでいつ受け取れるかわからない年金制度」に変えていくことが、日本が目指すべき「公的年金改革」なのかは大いなる疑問です。

◆日本を代表する経済紙の真っ当な指摘と寂しい現実

年金制度に関してまず必要な改革は、GPIFの資産規模だけを強調し、「積立不足」についてはブラックボックスにしたまま、国の都合によって資産配分を変更し、そのツケは国民に押付けるという現在のやり方を見直すことではないかと思います。まずは、GPIFが現状どの位の「積立不足」を抱えていて、それを解消するためにどのような社会的コストを負う必要があるのかを国民に対して詳らかにするべきだと思います。
「年金財政が厳しいと公的年金積立金の運用に期待したくなる。だが、高い利回りを前提に制度を考えるべきではない」(同 日本経済新聞)
この社説の中には、日本を代表する経済紙に相応しいこのような指摘もなされています。しかし、こうした真っ当な指摘を「パート労働者の厚生年金加入」「年金支給年齢の引上げ」等の政府が目指す都合の良い政策の根拠に利用してしまうところが日本を代表する経済紙の寂しいところでもあります。

もし日本を代表する経済紙のこうした年金運用についての考え方が本心なのであれば、まずはGPIFの「積立不足」がどの位あるのか、それを「運用改革」で解消しようとした場合、国民がどの位の社会的コストを負うことになるのか等を明らかにするよう、政府に要求する世論を喚起することではないかと思います。

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