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バイリンガル&エリート教育の勘違い- 木村盛世(厚生労働医系技官、医師)

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多様性を認めない文科省の教育では世界レベルの人材など見果てぬ夢


日本人がいない

私は、日本の教育に関する話を聞くたびに「なんだかおかしい」という感情を抑えられずにいました。とくに、英語教育に関しては、明らかに違和感があるのです。その違和感が決定的な不信感へと変わったのは、双子の娘たちが、米国の私立大学に入学したときでした。彼女たちの入った大学は、世界最難関校の一つです。卒業生であるニューヨーク前市長マイケル・ブルームバーグが高額の寄付をしたことでも話題になりました。

彼女たちの入学に同行した私が最もショックを受けたのは、歴史的な建物でも、恵まれたカリキュラムでもありませんでした。「日本人がいない」のです。正しくは、「新入生のなかで、日本から来た日本人は娘たち二人だけ」という事実でした。他に何人かの、アメリカ育ちの日本人(永住権をもつ)はいますが、それでも5本の指に収まるほどです。新入生が1500人程度ですから、いかにマイノリティかがわかります。そして、その数限られた“日本人”たちは例外なく、非常に優秀です。他のアメリカの名門校でも状況はさほど変わらないと聞いて、驚きを新たにしました。

この大学には世界24カ国から学生が集まってきます。生徒の多くは東海岸のエリートアメリカ人たちですが、アジアからの学生も少なからずいます。ところが、群を抜いて日本人が少ないのが現実なのです。この現状に直面し、私はいままで胸のなかにあった「日本の教育はどこかおかしい」という思いが、誤りではなかったことを確認したのでした。

このように書くと、「海外、とくに北米に留学している日本人は多いと聞くし、実際、自分たちの周りにもそのような人たちがいる。筆者の書いていることは間違いではないか」という声も聞こえてきそうです。たしかに、アメリカに留学する日本人の数は増えています。また、日米教育委員会のデータによれば、アメリカの大学の学部課程(undergraduate schools)に在籍する日本人学生が、大学院生(post graduate schools)より多いというのです。(http://www.fulbright.jp/study/res/t1-college03.html

アメリカの大学には、いくつかの種類があります。大きく分けて4年制と2年制(いわゆるcommunity colleges)があり、2年制の学校では学位を取ることはできません。日本でいうところの専門学校と短大の中間と考えるとイメージが湧きやすいかもしれません。また、4年制大学にも単科大学と総合大学(医学部と法学部をもつ)があり、一般的に総合大学が最高峰に位置します。もちろん医学部をもたないプリンストン大学や、MIT(マサチューセッツ工科大学)などの例外は存在しますが。

アメリカの大学の特色はその幅広い教育分野とともに、大学間のレベルの差が非常に大きいことにあります。上記のデータによれば、日本人が在籍する大学課程の上位5校には、いわゆる世界のトップスクールは入っていません。また、「語学留学」と称して短期間、英語を学ぶために訪れる人も多くいます。こうした現状が、難関校に大学入学をする日本人がきわめて少ない、という背景です。逆に大学院留学は難関校が多く、その数が少ないというのは、日本の留学生の特性を示しているといえます。

彼女たちのキャンパスを歩くと、日本人に遭遇します。しかし彼らは大学課程の学生ではありません。多くは日本の大学などから派遣されており、Post doctoral fellow(ポスドク)として、無給で1、2年滞在する人たちです。大学院課程には、上位のdegree(学位)を取るために勉強している人たちもいますが、彼らの多くは、後述のとおり“流出した頭脳”であり、大学課程よりは数は多いものの、マイノリティであることに変わりはありません。

文部科学省の宣言は“絵に描いた餅”

わが国は世界に通用する日本人を育てるために近年、国を挙げて教育のグローバル化に取り組んできました。とくに文部科学省は、平成25年12月「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を発表し、年少時期からの英語教育にさらなる力を注ぐことを宣言しています。

この文科省の求めるものは何なのでしょうか。それは“世界と渡り合える日本人を育成する”ことにほかならないと考えます。ところが現実を見れば、いままでのところそうはなっておらず、そして文科省の掲げる計画を見るかぎり“世界と渡り合える日本人を育成する”ことの達成は非常に難しく、“絵に描いた餅”であると思うのです。それには三つの大きな理由があると考えます。

第一に、すべての子供たちに同様のレベルを課すこと自体意味がない、ということです。そもそも、世界レベルで渡り合えるとはどういうことなのでしょうか。それは“エリートの育成”と言い換えることができるでしょう。それでは、そのエリートはどれくらいの人数が必要なのかといわれれば、できるだけ多くが輩出すれば結構ですが、これから育つ子供たち全員がそうなることは、現実的ではないと考えます。

“エリート”という言葉を使うと、一部の特権階級意識を振りかざすと思う方もいるかもしれません。しかし、国を動かすうえでは、エリート層は必ず必要です。彼らは最高学府で切磋琢磨し、実社会で大きな責任を与えられる代わりに、命を賭して仕事をするのです。その活動が国内だけではなく、国際的にますます重要になっていることは、現代社会を考えれば疑いのない事実です。

しかし、いまの教育を見るかぎり、日本がこの重要性を認識しているとは考えられないのです。文科省の掲げるとおり、世界レベルの日本人は存在します。しかし彼らは日本から離れていくのです。私がアメリカで仕事をしていたころ、何人かの非常にすぐれた日本人に会いました。ある人は研究職として論文を生み出し、そしてある人は国連の職員として世界中を駆け回っていました。彼らは仕事の途中でキャリアアップのため大学院で再び学び、次のステップに進んでいくのです。

こうしたエリート日本人のなかで日本に帰った人を私は寡聞にして知りません。彼らたちは日本を嫌いなわけではなく、祖国に帰りたい、という感情はあります。しかし、日本において働くということは、障害のほうが大きく、益が小さいと感じているからなのです。特筆すべきは“自分たちの基準外の日本人に対して、日本は受け入れない”ということで、優秀な頭脳の流出は国家としての大きな損失です。

日本を一言で表すとすれば、「国民の標準レベルは世界で群を抜いて高いが、特筆すべき人材が少ない」だと思います。識字率100%の国など、日本以外、どこに存在するでしょうか。この点に関してはもっと世界にアピールしてもよい、素晴らしいことです。その一方で、多くの点で標準偏差が小さく、同じような人たちの集まり、という印象を外国人は強くもつそうです。その原点は、「日本社会は多様性を認めない」というところにあるのでしょう。

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