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国会業務の改善へ向けて

本日、世間ではほとんど注目されていないが、霞ヶ関の公務員にとっては耳よりなニュースがあった。昼に行われた自民党の、国対と各委員会の委員長の懇談会で、女性職員の家庭・育児との両立を支援する観点から、「質問通告を委員会の前々日の18時までに行う」との申し合わせがなされたのである。

こういっても、霞ヶ関の公務員を除いて、何のことを言っているのか分かる人はほとんどいないだろう。日々、国会では審議が行われているが、議員が各大臣に対してどのような質問をするかは、事前に役所側に知らされるしきたりとなっており、これを「質問通告」という。これを受けて、官僚があらかじめ質問に対する答え(「答弁」)を作成し、大臣に持たせるのである。あらかじめ質問とそれに対する答えが決まっているというのは奇異に思われるかもしれないが、こうした事前の準備がなければ、どこを聞かれるか分からない質問に対して、即座に政府として責任ある答弁を行うことは難しい。また、質問内容をどの程度詳細に知らせるかは、議員によって異なり、特に野党の場合は、ごく抽象的な内容しか教えてくれない場合もある。ある程度具体的な質問通告がなされた場合であっても、政府側の答弁に対してさらに追及がなされることは普通であり、審議には常に一定の緊張感がある。

この質問通告がなされるのは、ほとんどの場合、委員会で審議が行われる前日であり、しかも夕刻以降になるケースも多い。そうすると、役所側では、どの部所に関係する質問が来るか分からないため、基本的には全ての部所が、すぐ対応できるよう待機している必要がある。特に、予算委員会のように、どの大臣に対しても質問できる委員会の場合、全省庁が待機することとなる。翌日の審議で質問に立つ議員全員の質問内容が判明して初めて、待機は「解除」されるが、この時点で深夜に近くなっていることもしばしばある。

しかし、さらに大変なのは質問通告の後だ。通告された質問は、その答弁作成を担当すべき省庁、部局、そして部局内の課室、最終的には末端の個人レベルまで割り振られていく。この「割り振り」のプロセスにもけっこう時間がかかる。担当部局がはっきりしている質問ならばよいが、多くの質問は、内容が複数の省庁・部局に関係しており、部局間で「割り振り争い」(押し付け合い)が恒常的に発生するからだ。

そして、質問内容と、その担当者が確定してはじめて、答弁の作成作業が始まる。この作業も、質問の内容や担当者の要領によって大きく変わるが、ひとつの答弁に数時間かかることは珍しくない。そして、作成された答弁書は、取りまとめ部局(例えば財務省の場合は大臣官房の文書課)に提出され、さらに取りまとめ部局や大臣の秘書官によるチェック(「審査」)が行われる。作成担当部局から上がってきたばかりの答弁は、どうしても「担当者目線」になりがちであり、総理や大臣が答えるにふさわしい内容とするために、「審査」の作業もある程度は欠かせない。

こうした多段階のプロセスを経て、完成した答弁書は、翌朝の総理や大臣への説明に備えて、冊子の形に束ねられる。一日の審議のために用意される答弁は数十問から、百問を超える場合もあり、電話帳数冊分の厚さになることも珍しくない。これだけの資料を一晩で完成させるのだから、いかに膨大な作業かが分かる。この答弁書のセットが完成するのはたいてい明け方となる。他方、朝から始まる委員会審議の前に、総理や大臣にこの膨大な答弁資料を説明しなければならない。したがって、この間は徹夜となることもしばしばだ。もちろん、早朝から膨大な答弁資料の詰め込み勉強をして審議に臨まなければならない総理や大臣の負担も大きなものがある。

私自身も、二十年近く前に役所に入ってからずっと、答弁の作成を担当する側として、国会待機や深夜の作業を行ってきた。現在は文書課の室長として、答弁の「審査」を担当している。二日に一度の当番の日には、財務省の全ての答弁をチェックしなければならず、終了時間は省内で「最も提出の遅い」答弁に合わせることとなる。さらに、翌朝早く行われる大臣への答弁説明にも同席しなければならない。そのため、予算審議中などには、当番の夜はほぼ徹夜となる。

こうした長時間の深夜勤務を、女性職員が(本来は女性に限った話ではないのだが)育児をしながらこなすことは難しい。また、国会業務の問題点は、拘束時間が長いことのみならず、それがいつ発生するか、どの程度になるかが当日になって初めて分かるという、突発性、予測不可能性にある。この側面が特に、家庭・育児との両立にとっては妨げとなる。

日々行われる国会審議の背景に、このような作業が行われていることを、ほとんどの国民は知らない(関心がない)し、国会議員でさえ知らない人が多い。特に、国会議員が直接関与するのは質問通告のところまでで、後は政府内での作業である。政府内での作業についてももちろん、より効率化する努力を行うべきだが、長い年月を経て確立されてきたプロセスであり、国会審議の位置づけ自体を大きく変えない限り、改善には限度がある。他方、質問通告をより早くすれば、国会業務の負担が大きく軽減されうるということは昔から指摘されてきた。この質問通告は、本来は委員会の前々日の正午までに行うことが、平成11年の与野党申し合わせで定められている。しかし、実際にこのルールが守られることは稀有で、前述のように、ほとんどは前日であり、しかも前日の夕刻以降となることも少なくない。せめて、すべての質疑者の質問通告が前日の勤務時間内に行われれば、質問の当る部局は確定されるため、それ以後の無用な待機は無くすことができる。また、質問通告が前々日、あるいはせめて前日の午前中ぐらいに行われれば、深夜の作業は相当程度減らすことができるだろう。

なお、他の主要先進国でも当然、議会における審議はあるが、日本のように連日深夜の国会作業をしている国は無い。私が以前勤務していたイギリスでも、日本と比べて大臣が出席する国会審議の頻度自体がはるかに低く、また、審議が行われる際には、3日前に書面で質問通告がなされるため、十分に余裕を持って答弁を準備することができる。

日本の国会業務の改善、特に質問通告の早期化は、昔から何度となく言われてきたが、ほとんど変わることはなかった。それは何故なのか。

最も大きな理由は、単なる不知、ないしは無関心であろう。今回、国会業務の改善に本格的に取り組むにあたって、何人かの議員の方と話して分かったのは、議員でさえ、前述のような国会作業の実態をほとんど知らず、質問通告が遅くなることによってどのような影響が生じるのか認識がないことだ。人間は誰しも、宿題は期限ぎりぎりに提出する傾向がある。質問通告は前日行われることがほぼ常態化しているため、おそらくほとんどの議員は、何ら悪気なく、そうした慣習を踏襲しているのだろう。そして、官僚の側は、議員に対して質問通告、ひいては審議自体をお願いする立場であるため、これを所与のものとして対応せざるを得ない。そして、マスコミを含め、第三者は、こうした問題の存在自体、知ることはない。

だが、仮に議員の側が質問通告を早くしようと思っても、それが難しい事情もある。例えば、与野党の主戦場となる予算委員会は、日々、審議の日程自体を巡って与野党が駆け引きを行っており、翌日の委員会の日程が前日にようやく決まることも珍しくない。そうすると、質問に立つ議員も、前日にいきなり指名されて、あわてて質問の用意をしなければならなくなる。こうしたケースでは、大変なのは議員の側も同様だ。本来、こうした「その日暮らし」の日程闘争を行っている国会運営自体、見直すべきであるという指摘も多いが、現状では、これは与野党の国会戦術の根幹にかかわるものであり、短期的に変えることは難しい。

しかしながら、全ての委員会が、このようにぎりぎりまで日程が決まらないというわけではない。予算審議時の予算委員会のように、与野党の政治的対決の焦点となるものを除けば、多くの委員会は数日前には開催予定が決まっている。そのような場合に、前々日までに質問を用意して通告することは決して不可能とは思われないし、仮に直前に多少の追加があるとしても、質問の大半を通告しておくことは十分できるはずだ。このように、現状の国会運営を前提としても、できる改善はいくらでもある。これは決して、国会審議を無くすとか、減らすということを言っているものではない。今と同じ国会審議を行うとしても、多少合理化する余地があるのではないかということだ。これにより国会業務の負担を軽減することは、もちろん家庭・育児との両立という観点からも重要だが、それ以上に、公務員の時間と能力をより政策立案に集中させることが可能となり、ひいては国民に資するものといえる。これに反対する論理を自分は思いつかない。

ここで冒頭の話に戻ると、自民党は今般、質問通告を前々日の18時までに行うことを申し合わせた。これは、ここまで述べてきたような状況からすれば、大きな一歩といえる。もちろん、審議の大半は野党の質疑であるため、野党にも同じような取組みをしてもらわなければ、本当の改善にはつながらない。しかし、これまでは、与党議員でさえ、特段の悪気もなく、多くは前日に質問通告を行っていた。与党自らルールを守って初めて、野党に対しても申し入れることができる。また、まず与党で試してみれば、何が実務上のネックになるのかも分かってくるはずだ。本件については、私自身も、国会業務の実務を担当する立場から間接的に協力させていただいたが、まずはできることをやっていこうという、極めて現実的かつ前向きな取組みと考えている。

今後、まずは与党でこれがどれだけ実践されるか、見守っていく必要がある。そして何より重要なのは、折角出てきたこの動きを持続させ、さらに強化していくことだ。質問通告のルールが法令で決まっているわけではなく、単なる慣習に過ぎない。しかし、慣習であるからこそ、それを変えていくためには、大きな、そして継続的なエネルギーが必要だ。取組みを始めたばかりのときは皆意識するが、少し放っておけば、すぐに元に戻って、何事もなかったかのようになってしまうだろう。現状を変えるには、それを言い出すことも大事だが、言い続けることがより重要であり、かつ難しい。だが、質問通告の早期化は、仮に実現すれば、全ての官僚にとって悲願といってもよい業務環境の改善につながりうるものだ。今回、官僚の中でも特に、「子育てをする女性職員」の観点から、改善に向けた声があがったことは大きい。今日において、その声を無視することはできないはずだ。そして、少なからぬ議員の先生方が、その声にすぐに呼応して下さったのも画期的である。大げさかもしれないが、歴史的な改革へ向けて、またとない好機が訪れているように思う。

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