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差別や差異を一緒に乗り越えたい - 辛淑玉

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人材育成コンサルタント
辛淑玉


 人種差別的なヘイトスピーチが日本国内で広がる中、こうした差別の暴力に対し、対立ではなく〝乗り越える〟視点で活動を続ける辛淑玉氏に話を聞いた。

置き去りにされた人と一緒に生きる

 今回(2014年1月)受賞した「エイボン女性年度賞(※注)はこれまでの活動を評価していただいての受賞となりましたが、特にヘイトスピーチに関する取り組みが評価されたことはとても嬉しく思いますし、大きな意味を持つことだと思っています。

 私が育ってきた環境には、常にリアルな差別が目の前にありました。親を見ているとそこには民族差別があり、母親と父親の関係では女性差別があり、周囲にはシングルマザーの問題も数多くありました。

 そうした環境では、自分が生きていく上での問題を解決していくことは、同時に〝誰か〟の問題を解決することにもつながっていったのです。そして活動を続けていく中で、少しずつですが影響力を持てるようになり、今まで解決できなかったことが1つまた1つと解決できるようになっていったのです。そうして徐々に活動のフィールドが広がっていきました。

 でもマイノリティーは少数派です。大きな強い勢力と闘わなければいけません。だからはじめのうちは9回負けて、なんとか1回勝つこともある程度でした。それでも1勝すればまた頑張れる、その繰り返しでした。

 昨今のヘイトスピーチに見られる差別主義的な言葉の暴力は、女性や被差別部落出身者、婚外子、障害者、セクシュアルマイノリティーなど、社会的少数者にその攻撃が向けられています。

 ヘイトスピーチを行う彼らは、今までの政権が取りこぼし、見て見ぬふりをしてきた社会の弱いところを、〝愛国無罪〟だと思い込み、安心して叩いています。しかしこれは思想や信条の問題などではなく、卑怯な行為です。

 私はそんな置き去りにされた人たちと一緒に生きていきたい、そしてその人たちと未来をつくりたいと思っています。

(※注)エイボン女性年度賞:化粧品メーカーのエイボン・プロダクツが1979年から社会に有意義な活動をし、人々に勇気や希望を与える女性たちに贈る賞。特にその年度で顕著な活動をした人や、女性の新しい可能性を示唆する先駆的活動をされている人という観点から、厳正な審査のもと受賞者を決定している。

差別の入口には女性がいる

 朝鮮人差別に限らず、差別の問題においては、常に弱い立場に追い込まれてきたのが女性でした。女性であるということで、教育環境も賃金的にも差別を受けてきたのです。だから私たちが活動を始めたころの掛け声は、ハンディをはね返すために「日本人男性の4倍働こう」だったのです。

 中でもシングルマザーの貧困問題はかなり深刻です。シングルマザーというだけで、働く場所を奪われ、働いたとしてもパートで賃金は安い。それでは1人で子どもを養っていくことは非常に困難です。

 最近では反貧困の活動が社会的にも注目されるようになりました。これは、男性にも貧困が増えてきたことで、社会的に騒がれるようになったのです。しかし、女性はそもそもずっと前から貧困にさらされてきているのです。

 問題の解決という観点では、「川で溺れる赤ちゃん」というたとえ話があります。川で、溺れた赤ちゃんが流れてきます。その赤ちゃんを助けるとまた次の赤ちゃんが流れてくる。いくら助けてもまた次から次へと流れてくる。よく見ると川上の橋の上から赤ちゃんを投げている人がいる。つまり、目の前の赤ちゃん1人を助けるだけでは問題の根源は解決しません。

 今、良心ある人たちが一生懸命に溺れた赤ちゃんを助ける活動をしていますが、これは、赤ちゃんを助けることをしながら、同時に政治の分野で構造そのものを変えていかなければいけない問題であり、そこへ訴えていくことが私たちの活動の課題であると思います。

 いずれにしても差別問題の入口には常に女性がいます。女性を差別する構造をなくさなければ、他の差別にも目が向きません。ここを何としても変えていきたいと思います。

乏しい現実への想像力

 世の中には性産業で働いたり、未成年売春(いわゆる援助交際)に走る女性に対して、批判する人はたくさんいます。しかし、そのことを批判する前に貧困の問題を解決することのほうが先決です。そしてこのような批判の根底には現実感の乏しさがあると思います。

 たとえば、養護施設は18歳で外に出されてしまいます。その後は1人で働いて生きていかなければいけません。でも、さまざまな要因からまともに就職できず、貧困に陥るケースが多くあります。そしてその女性の子どももまた同じように貧困になってしまう「貧困の再生産」が生じています。

 そのような人たちに「ドロップアウトしないで強く生きろ」と道徳教育をしても意味がありません。また、そうした状況で支えてもらうには、人間関係やコミュニティーの存在が大切になりますが、朝から晩まで働いている中でそうした人間関係を築くことは容易ではないのです。

 そして子どもに愛情を注げなくなるほど疲れ切った母親が、たばこやお酒、時にはギャンブルをして、そのことを批判する声もあります。しかし実際には、ギャンブルでストレスを発散することで、なんとか育児ができているという現実があるのです。もし、それがなかったら子どもを殺してしまうかもしれない。そうした現実への想像力を持てずに、単にだらしない女性と見なしてしまっていては、問題の解決には向かいません。

 貧困や差別の問題を解決していくには、どれだけ苦しい状況にあるのか、どれだけ傷ついているのか、という現実への想像力を持つことが大切だと思います。

誰かの意見ではなく自分の頭で考える

 ヘイトスピーチをする側にも、朝鮮人や被差別者などマイノリティーの人たちがいます。私は対立の境界線のこっち側、あっち側といった差は実はわずかな差であって、本当の敵は違うところにいると思っています。

 だから本当は、対立している人たちとも一緒に食事をしたいと思っています。お互いに文句を言い合ってもいいから話し合いたい。よく〝みんな仲よく〟と言いますが、私はそれは嘘だと思っていて、本当は嫌いな人とも一緒に生きていくことが大切だと思います。なぜならそれが地球の在り方で、本当の国際社会というのは、不愉快な人とも隣り合って顔を合わせながら一緒に生きていく社会だからです。

 それに不愉快な人と一緒にいると自分の新しい可能性が刺激されますよね。だから対立する人たちとの出会いはとても大事だと思いますし、一緒になって差別や違いを乗り越えていきたいというのが私の本当の思いです。

 そんな思いから昨年、ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえねっと」を設立しました。啓発活動というよりは、マンガやニュースという形で情報を発信していきます。4月からはインターネット上で番組配信も行っていく予定です。活動資金はまだ準備不足な面がありますが、すべてそろってからやるというよりは、まずやってみて、そして走りながら作っていこうと思います。

 社会を変えていくために大事なことは自分の頭で考えることだと思います。そしてそれを声に出していくことです。靖国参拝の問題など、賛成派も反対派も、コピペしたかのように同じような意見ばかりが目立ちますが、そうではなく「自分はこの問題はどのように思うのか」と考えることが大事です。

 それを考えるためにも、どこか遠くの話としてではなく、当事者に会って話をすることが大切だと思います。ヘイトスピーチの問題でも、本当はよい朝鮮人もいれば、悪い朝鮮人だっているんです。それをひとくくりにして「殺せ」と言っている人たちは、実はよい朝鮮人にも悪い朝鮮人にも会ったことがないのだと思います。

 私は、世界中のすべての人が私のことを嫌いになったとしても、私は私のことが好きですよ(笑)。だからどんなに多くの人と意見が違ったとしても「私はこう思う」「こう考える」と言い続けていきます。

<月刊誌『第三文明』2014年4月号より転載>

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【書評】社会の酷さを訴え、我々の「命」を問う 解説:辛淑玉(人材育成コンサルタント)

シン・スゴ
●1959年、東京生まれ。博報堂の特別宣伝班を経て、85年から30年間、人材育成の会社を経営。階層別研修、職能別研修などを行い、民間企業や自治体の人材育成に尽力。韓国籍の在日3世で、差別や在日、女性の人権問題などで活動を続ける。2013年、ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえねっと」を設立。14年1月「2013年度 エイボン女性年度賞」を受賞。

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