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最低賃金が10ドルになると何が起こるか

格差問題はアメリカのホットトピックですが、その対策のひとつとして最低賃金の引き上げに関する議論が盛んに行われています。

先日の記事でもお伝えしましたが、現在アメリカの連邦最低賃金は7.25ドル。州によってはそれより高く設定されているところもありますが、7.25ドルで一日8時間・週5日働いても年収は1万5千ドル(154万円)程度。裕福な家庭の学生や主婦の小遣い稼ぎのアルバイトならともかく、これを生活費とする世帯は厳しい暮らしを強いられます。

オバマ大統領は年初の一般教書演説で、連邦最低賃金を2016年までに10.10ドルに引き上げる法案を通すよう議会に要請していますが、共和党は例のごとく反発。メディアも参戦し、本当に最低賃金引き上げで貧困層が救済されるのか、10.10ドルは適切な額なのか、議論が白熱しています。

賛成派は、10.10ドルになれば年収が2万1千ドル(215 万円)になり、貧困(3人家族で1万8,700万ドル(191万円))から脱却できると主張。賃金が上がれば退職率の減少と生産性の向上、収入増による消費の活性化が期待できるため、企業にとってもメリットがあるとしています。

一方、反対派の主張は、最低賃金引き上げにより生産性の低い労働者の雇用が減らされ、逆に低所得層の失業率は上がる。さらに賃金上昇分が商品価格に反映されて消費が落ち込み、中小企業の経営は圧迫され、景気が悪化する。よって総体的には貧困層の減少には繋がらない、としています。最低賃金受給者には富裕・中流世帯の子や主婦なども多く含まれるため、一律引き上げは税金のばら撒きだとする声もあります。

どちらの主張が正しいのか、連邦議会予算予算局が試算を発表しています。

10.10ドルに引き上げると、50万人の雇用が失われる一方、1,650万人の低賃金労働者の収入が計50億ドル増加し、貧困層の人口が90万人削減(現状は4,500万人)。ただし、恩恵を受けるのは貧困世帯だけでなく、中間所得層の収入も120億ドル、高所得層も20億ドル増えると予測。代わりに、企業利益の減少等により超高所得層の収入が170億ドル減ると試算しています。

9ドルに引き上げた場合の試算では、雇用喪失は10万人、収入が増加する低賃金労働者数は760万人、増加額は計10億ドル、貧困層の人口は30万人減少。中間所得層の収入増加は30億ドル、高所得層は10億ドル、超高所得層は40億ドルの収入減になるとしています。

いずれのケースでも貧困層の人口減が雇用喪失を上回っているものの、効果が大きいとは言い難い結果です。また、先行して最低賃金引き上げを施行している各州の動向調査を行ったカリフォルニア大学経済政策調査センターも、賃上げによるコスト増が労働時間や福利厚生など他の方法で補われるため、最低賃金引き上げによる低所得労働者の雇用状況に特別大きな改善は見られなかったと結論付けています。

しかし、両調査では、副次的な効果として労働者の生産性向上と離職率の低下に大きな効果があったとしています。MITの調査でも、競合他社より高い賃金を払っている企業に同様の効果が見られるとされています。

従業員にやさしい企業として知られるウェアハウスクラブのコストコは、法案が提出された昨年春に、最低時給を11.50ドルに引き上げることを発表。CEOのクレイグ・ジェリネック氏は、時給引き上げは離職率の低下と生産性の向上、従業員の忠誠心に繋がると発言し(Business For a Fair Minimum Wage)、今後12ドルに上げることも検討しているとのこと。労働者団体などが提案する最低賃金15ドルに対しても「公正な額」とし、それでも生活費として十分ではないかもしれないとも発言しています(シアトルウィークリー)。

しかしながら、デューク大学とCFOマガジンの調査では、小売企業の47%、サービス・製造業全体の1/3が、最低賃金が10ドルに上がれば雇用を控えると回答。たとえ効果があっても、賃上げに賛同する企業は多くないようです。

その理由を説明するのに、社員間の給与格差がひとつの指標となるかもしれません。

コストコのジェリネック氏は、自身の給料を65万ドルと競合他社よりかなり低く抑えており (ビジネスウィーク)、20万ドルのボーナスと400万ドル分のストックオプションを含めても他社と桁ひとつ違います。

一方、クリスチャンサイエンスモニター紙による、CEOと時給労働者の給与差が大きい企業ランキングでは、1位のマクドナルドは格差が1,196倍、2位のスターバックス、3位のダラージェネラル(1ドルショップ)も千倍以上。4位のギャップは947倍(同社は先月、最低時給を今年9ドル来年10ドルに上げることを発表)。労働組合との争いが絶えないウォルマートは779倍で7位となっています。

最低限の生活さえ送れない社員がいる状況下で、一生かけても使えないほどの給与をもらう必要があるのか、大企業のCEOとはいえ、ひとりの人間がこれほどの金を得るべきなのか、倫理観が問われています。

また、小規模の企業では問題はより深刻です。

今年最低賃金を7.25ドルから8ドルに引き上げたニューヨーク州の実態をニューヨークタイムズ紙が追っていますが、規制に気付かぬフリをして引き上げ前の時給を通す小規模のレストランが後を絶たないようです。それでも移民にとってはレストランは良い働き口であり、解雇されることを恐れて指摘すらできない従業員も多いとのこと。こうした人々に対し、労働者保護団体がサポートして訴訟を起こすなど対策に取り組んでいますが、10ドルに上がればこうしたケースはさらに増えることになるでしょう。

格差対策として政府介入不要論や経済発展の必要性を主張する声もありますが、市場に任せて解決するならとうに結果は出ているでしょうから、何らかの政策は必要でしょう。

最低賃金10.10ドルへの引き上げが実現するのか、どのような効果が出るのか、全米が注目しています。日本にとっても参考になる点が多いのではないでしょうか。

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