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STAP細胞の論文捏造疑惑 - 不正行為の背景にある研究費の熾烈な獲得競争

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科学者の3つの責任

科学研究者には、倫理責任、説明責任、社会的責任という3つの責任があります。

倫理を考える上で、ハーバードのサンデル教授が討論を主体にした哲学を論じた講義が参考になります。そこで彼はいろんな立場から倫理というのをどう考えるか、いろいろな例を打ち出して議論しています。

「沈没船のジレンマ」という、有名なエピソードがあって、サンデルも似たような例を出しています。船が沈没しかかっていてボートが出された。ボートには50人しか乗れない。しかし乗客が100人いる。あとの50人は見放さなければならない。だれから選ぶかという問題です。

この場合に、功利主義倫理というのがあります。最大多数の最大幸福というものです。多くの人間が幸福感を感じるような社会こそ最大幸福な社会になるのである。だから社会に役立つ人間から優先していけばいい。露骨に言えばそうです。

倫理というものはそう簡単にすぐ答えが出る問題は多くない。サンデル教授のものもいろんな議論が可能です。サンデル自身も明確に答えを出さない、答えが出せないという特徴もあるのですが。しかし、少数者の権利というのは常に持っておく必要があります。頭に置いておく必要がある。これは倫理と補完的な意味合いだと思います。

功利主義の拡大

功利主義をわれわれはつい拡大していくということです。やむを得ない側面もあります。

コストとベネフィットという発想、これも功利主義です。コストを最小にしてベネフィットを最大にするという、これはまさしく最大多数の最大幸福です。不幸な人間を最小にすると言った人もいましたが、金額に換算できないコストとベネフィットがあるということを前提にしておかないと、功利主義の倫理は冷たい倫理になってしまいます。

一つの命と多くの命があるわけです。つまり一つの命で実験をして、その結果を多数の命に生かす。これも功利主義の考え方です。

たとえば放射線基準量が決まってきた歴史は、放射線に対して無知だったこともあるのですが、人体実験同様の実験でこれだけ放射線をかけると危ないということでだんだん厳しくなってきました。あるいはプルトニウム人体実験というのがアメリカで行われました。これは原子力委員会が承認した実験です。プルトニウムが体に入ったときにどれぐらい体内に滞留して体の外へ出ていくかを実験したわけです。放射線もそうです。いま内部被爆はいろいろ問題になっていますが、セシウムを体の中に入れたときにどれぐらいの期間で対外へ押し出されていくか。50日とか出ています。原子核の半減期以外に体の中の半減期というのがあるわけです。そういう場合に、個人の命を実験台にして、多数の命、つまり社会全体の安全値みたいなものにくみ上げていくというやり方が取られてきた。そのとき個人に危害を与えながらより大きな安全、より大きな社会の安全というのをめざしているわけですが、これに対して本当にそうなのか。個人の命そのものをもっと大事にする。いま人体実験は禁止されています。それは個人の命も地球と同じ重みがあるということです。しかし、いざとなれば功利主義の立場に立ってしまうわけです。

科学に携わる者として

そういうふうに功利主義倫理がいろいろな面であります。これはやむを得ない側面と、われわれ自身がそれを補って適用しなければならないという側面があります。だから科学に携わる者として、科学の内実が本当に市民に生きているかどうかを、常にわれわれはチェックする必要があります。

科学の知見がいかに使われるかという想像力、何をもたらしたかという現実の直視、真実を受け入れるかという知的誠実さという3点を基本にして、科学者の倫理規範というのを私なりに考えてみたわけです。これは実は科学者だけではない。あるジャーリストの会でしゃべったら、それはジャーナリストにも当てはまると言われました。いろいろな職業にすべて当てはまることであるかもしれません。

科学者の倫理規範

科学者の倫理規範の第1番目は、専門家の想像力を持たなければならないということです。そのときにわれわれが押さえなければならないのは、近場の利益と長期の損失です。つい近場の利益でわれわれは満足する、あるいは近場の利益を優先させてしまう。そして長い時間をかけてじわじわと表れてくる損失に関しては目をつむる傾向があります。長いタイムスパンの中できちんと想像するということ、これはものすごく大事な要素ではないかと思います。

それから2番目に公開の原則。これは逆に言うと、現実を直視しましょうということです。オープンな議論にこそ科学の真髄があるわけです。科学というのはいろんな立場の人間がいろいろな意見を、あるいは見方を、考え方を、方法を討論する中で鍛えられていきます。現実に何が起こったかということを具体的にまず見ておくこと、それをオープンにする必要があります。今度の原発事故は全くそれがなされなかった。現在もなされていません。原子炉の状態がどうであるかいまだに不明です。近寄れないという理由はあるのですが、いろんな点で調べることはできるはずです。想像力と現実を見て、それを土台にして議論はできるはずです。

3番目は、真理に忠実ということです。知的誠実さが求められています。もし自分が間違っていたら、はっきりと明確にそれを認めて自分の意見を変えるということです。それこそが知的誠実さです。

4番目に一人の市民として、自分の子どもや両親に対して誇りを持ってやっていることを言えるかというわけです。死の廃液を垂れ流したとは子どもには言えないというようなことです。

これら科学者の倫理規範というのはすべての職業人に対する倫理規範だと思っています。

科学者の社会的責任

科学者の社会的責任というのは、専門家としての知識や経験を生かすということです。科学者でなければわからないこと、あるいは科学者としての判断ができることがあり、それを社会に公正に伝えるということです。

いろんな伝え方があります。マスコミで伝える方法もあるし、NPOとか、NGOとか、地域とか、九条の会とかいろいろな運動があるわけです。いろいろな運動の中で伝えていくのは、科学者の社会的責任として重要な側面ではないかと思います。

先ほどから言っているのでおわかりだと思うのですが、想像力と、現実の直視と、真実に忠実、この3つを基礎にして科学を実践する者として何が可能であるかを考えていくことが必要なのではないかと思っています。

『科学技術白書』にあるように、いま科学者に対する信頼が落ちています。確かに今度の東日本大震災の後、科学は人間を本当に幸福にしたのかと疑問を持つ人が多くなりました。しかし、科学から離れて生きることは現代の社会においてはできないことです。とすると科学を人間の幸福のために使われていくべきだということ、あるいは幸福のために使われる条件を満たしているかということをきちんと考えていく。つまり社会に生きる科学です。それをわれわれは常に持ち続ける必要があるのではないでしょうか。

最近『科学と人間の不協和音』という本を角川新書から出しました。そこで、科学と人間の間に不協和音が鳴っている、その原因はいろんな要素があり、たとえば欲望に奉仕する科学となっている。しかし、その中でわれわれは本当に人々の幸福につながるようなことに心を砕いて仕事をしているか、運動をしているかを、常に問い直してみるということではないかと書きました。

午後からのパネルディスカッションでは東日本大震災に絡んで各研究機関、各労組がどのようなことをやってきたか、やろうとしてきたかという話がなされるそうですが、まさにそういうことを経験しながら、自分たちはこうしたいと思ったからできるようになった、あの機関ではそういうことがやれた、それはなぜか、どういう状況だったか、そこらをお互いに学び合いながら、社会に生きる科学をきちんと伝えられる科学者であること、そういう存在であってほしいと思います。こういう集まりこそがそういうためになっていくことを大いに期待したいと思います。どうもありがとうございました。

▼参考エントリー
STAP細胞の論文捏造疑惑であらためて考える研究者のモラル-論文捏造・研究不正の背景にあるもの

http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-11792596762.html

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