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作曲家の”嘘”と視聴者の期待

聴覚障害の作曲家 別人が作曲 NHKニュース

人生中途で耳が聴こえなくなった作曲家が障害と闘いながら交響曲などを書き、CDを18万枚も売り上げ、NHKスペシャルでも感動の涙を絞っていたらしい。ところが実は耳の状態悪化で、十数年前から別の人に構想を伝えて作曲を依頼していたことを、本人が明かした。

上記のニュースのブックマークコメントを見ると、「客が音でなく物語を消費している」「モノを物自身の価値でなく、付加価値(この場合はストーリー性)有りきで消費する」といったコメントに賛同者が多い。

かつてNHKスペシャルを見て感動した人の反応記事も上がっていた。

ギャフン! ギャフン! ギャフン! - 北沢かえるの働けば自由になる日記

ここでも「私たちは物語を消費したがり過ぎている」という言葉があった。

Mamoru Samuragochi : I’m a fraud, admits ”Japan’s Beethoven” - Dailymotion動画

私はその番組を見ていないので、上の動画(そのうち削除されるかも)で曲の一部を聴いたが、ロマン派音楽のきれいなところを切り貼りしたような匿名的な作品に思えた。本体がこれだと、やっぱり相当おまけが特殊で美味しくないと‥‥という感じはした。



芸術家に「感動的な物語」を付与するようになったのはいつからだろうか。音楽の方はよく知らないが、美術だとゴッホあたりからではないかと思われる。

「炎の人」「狂気の天才画家」などと称され、日本でも絶大な人気を誇るゴッホ。彼の神話(物語)形成に大きな役割を果たしたのも、他ならぬ日本人自身だった。美術史家の木下長宏は『ゴッホ神話の解体へ』(五柳書院、1989)で次のように述べている。
 ゴッホを日本へ紹介定着させたのは、なによりも白樺派の人たちである。あの、求道的で熱情的な画家、「無私」な精神によって自己克服の道を歩みつづけ、「みているとこっちの心も緊張しないではいられない純な世界」(武者小路実篤)を描いた芸術家、そのひたむきに理想を追いつづける青年画家像は、白樺派がつくり出したものといっていい。白樺派が築いた芸術観というものは、たとえば、倉敷の大原美術館がいまもってひろい人気を保持しているように(倉敷は「白樺」思想の帰結である)現代日本の知的位相に浸透している。

 しかし、ゴッホを、近代日本の知的構図のなかで、ひとつの無類の像へと結ばせたのは、小林秀雄であった。小林秀雄は、一九四八年から五八年へかけて、十年をついやして、この仕事を完成させている。白樺派が、すでにじゅうぶん土壌を肥しておいてくれたことは大きい。小林秀雄の仕事の思想史にそくしていうなら、彼は、出発を、白樺を批判するところからはじめ(文芸批評)、美術・音楽批評を通過して、最後には、白樺へもどっている(本居宣長論の思想などに、それがみえている)。
文芸誌『白樺』誌上でセザンヌやルノアール、ゴーギャン、ロダンなどとともに紹介されたゴッホは、近代的な個人主義、人道主義、理想主義の文脈で当時のインテリ青年たちの心を捉えた。最初に見たのは、雑誌のおそらく色も良くない小さな図版。しかしそこに付与されたのは、狂気に苛まれながら孤独に己の芸術を追求し続けたという魅力的な物語。1910年代から20年代にかけて、社会の矛盾と己の無力を感じ始めていた日本の知的階層は、”悲劇的”な芸術家像に、自己をナルシスティックに投影しやすかったのかもしれない。

これ以降、世間で流布される芸術家の「物語」には、社会に馴致されない「個人主義」、弱者に寄り添う「人道主義」、どこまでも希望の灯火を掲げる「理想主義」がどこかに反映されているように思われる。芸術はもともと富裕層や一部の知的階層の変態じみた趣味嗜好であったりするわけだが、それを裾野に広く啓蒙するにあたっては”深イイ話”とセット売りが好まれる。

「個人主義」以下のこうした主題は、今ではありとあらゆるところでポエム化し、J-POPでも消費されている。その分、人々に芸術をアピールする際にも「使える」ということなのだろう。仮に本体が凡庸でも、おまけが豪華(に見える)なら売れる。

さて、件のセルフ暴露話が、「聴覚障害があるというのは嘘だった」だったらどうだろうか。「物語」で感動していた人は自分の感動の根拠を根こそぎ奪われて、それこそ「裏切られた」という気持ちになるのではないか。肝心のおまけを取ったら何が残るのかと。

*1:同じ理由で私は大江光の音楽をちっとも”天才的”とは思わないし、辻井伸行がコンサートの最後にアンコールに応えて自分の作った曲を披露したのをテレビで見た時も、「余計なことしなけりゃいいのに」と思った。

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