記事

「職」を通じて「親」になる。 矯正施設からの出所者を積極採用する 「職親プロジェクト」が全国展開を開始。



「反省は一人でできるが、更生は一人ではできない」

「過去は問わへん。変えられへんから。それでも自分の未来は変えられる。そのチャンスを与えましょう、ということです」

 先駆者や挑戦者の言葉を聞くことほど刺激的なことはない。

 さる12月4日に東京・赤坂の日本財団で行なわれた「職親(しょくしん)プロジェクト」の調印式は、まさにそんな機会だった。

 「職親プロジェクト」とは、少年院や刑務所などの矯正施設出所者を、民間企業が積極的に採用することで円滑な社会復帰を支援していく取り組みだ。採用にあたっては法務省やハローワークと協力しながら企業が矯正施設の中に出向いて面談をし、入所者と自分たちの仕事場について話し合う。その上で出所後に6か月間の試用期間を提供し、双方が合意すれば社員として採用するというものだ。矯正施設からの出所後、孤独になりがちな出所者に対して「居場所」や「活躍の場」を提供することで、再犯率の低下を目指していくことが期待されている。

 今年2月28日に日本財団と関西地方の民間企業7社でスタートしたこの取り組みには、その後、関西の2社が参加。6月の東京説明会を経て、今回、関東を中心とする9社が新たに参加することになった。

 その調印式で冒頭の言葉を発したのは、お好み焼き専門店・千房株式会社の中井政嗣代表取締役である。千房は「職親プロジェクト」が始まる5年前から出所者の採用に取り組んできた。いわば先駆者、挑戦者であると言ってもいい。 「反省は一人でできるが、更生は一人ではできない。まわりの環境が大事なんです」

 そう強調する中井氏の言葉からは、このプロジェクトの社会的意義とその難しさが十分に伝わってきた。

千房株式会社・中井政嗣代表取締役(撮影・畠山理仁)写真一覧

再犯防止に必要なのは出所者を迎え入れる社会環境

 法務省がまとめた『平成25年版犯罪白書』によると、平成24年に検挙された一般刑法犯のうち、再犯者が占める割合は45.3%にも上る。一般刑法犯の検挙者数は年々漸減しているが、検挙者に占める再犯者の割合は平成9年から一貫して上昇を続け、平成25年には史上最悪を記録した。再犯防止が長年の社会的課題となっていることがよくわかる数字だ。

 少年院出院者や刑務所出所者が抱える問題はさまざまだ。しかし、彼、彼女らの社会復帰を支えるために大切なのは、出所者を迎える『社会環境』であることは疑いようがない。

 調印式での挨拶で、日本財団の笹川陽平会長は次のように述べた。

「刑務所の中と社会との間には大きな溝がある。施設の中で『反省しなさい』『社会に出るならいいことをしろ』と言われても、これまでは施設から出されたらそれでおしまいになっていた。出所した後、彼らは一人ひとりが孤独です。家庭は貧しい人が多い。両親が揃っている場合も少ない。したがって出所の時には気持ちを新たにと思いながらも、行く先はかつての悪い友達の誘いに乗るとか、帰った家庭が荒んでいて元に戻ってしまうケースが多いんです」

 この指摘はもっともである。

 筆者は以前、少年院出院後に更生を果たし、現在では幸せな家庭を築いている少年を取材したことがある。その時に彼から聞いた社会復帰への最大のハードルは、「かつての『ワルい』仲間とのつながりを断つことの難しさ」だった。筆者が取材した少年はこう言った。

「少年院から出所した後も、以前の仲間とつるんでいました。でも、ある日、家に帰ったら、母親の様子が明らかにおかしかったんです。僕が出かけている間に僕の部屋に置いてあったシンナーを吸って、『息子が! 息子がおらんようになったんよ!』と一人息子である僕に涙ながらに訴えてきた。あの時、母親は少しでも僕の気持ちを理解しようとしていたんだと思います。『母親はこんなにも僕のことを気にかけてくれていたのか』と思いました。母親が取り乱す様子があまりにも衝撃的だったために、ようやく昔の仲間と縁を切ろうと思えたんです」

 実の親であればまだしも、矯正施設からの出所者を血縁関係にない企業が雇用していくことはリスクを伴う。そのリスクをあえて「オープンな形」で引き受ける企業が少しずつでも増えてきたことは大きな意味を持つ。いまは「特殊な事例」だと見られても、数が増えれば「普通のこと」として社会に受け入れられていく可能性があるからだ。

 出所者を受け入れるにあたっては、受け入れ側の企業の負担も大きい。出所者は着の身着のままで出所することが多いため、住むところから布団まで、すべてを用意する必要があるからだ。前出の中井氏によると、その経費は「一人あたり40〜50万円」程度かかるという。

 そこで日本財団が1名あたり月8万円の補助金を提供することで企業の負担を一定程度軽減していく。プロジェクトでは今後5年間で100人の採用を目指しているが、すでに取り組みが始まっている関西地方では、成人2名、少年3名が就業中だ(残念ながら就業を開始した少年6名のうち3名は離職してしまった)。

日本財団・笹川陽平会長(撮影・畠山理仁)写真一覧

「優秀な人材は矯正施設の中にもいる。だから採用する」

 実際に矯正施設からの出所者を受け入れる中でトラブル等はなかったのか。調印式終了後、千房の中井氏に話を聞いてみた。

「5年前に山口県の美祢社会復帰センターから2名を採用したのが始まりです。当初は『刑務所で採用するのか』と社内でも抵抗がありましたが、それでもぜひやりたいと思ったのは、過去の経験があったからなんです」

 お好み焼き専門店として全国展開する千房は創業40周年を迎える。「飲食店が10年後に生き残れるのはわずか5%」と言われる時代に出所者を積極的に採用しようと考えたのは、創業当初の経験がもとになっているという。

「設立当社は人出が足りなくて大変な思いをしていたんです。とにかく人材を確保したい一心で採用をしてきた中に、偶然、非行少年や非行少女、元受刑者も入社していました。そうした人たちが、やがて店長になっていった実績があるんです。矯正施設に入っていたことがあるからと言って、そこで未来が断たれるべきではありません。人間には無限の可能性があると思うんです。

 弊社はおかげさまで今では大卒の人も入ってくれるような会社になりましたが、逆に幹部が育たなくなったという悩みも抱えていました。やんちゃな人たちを採用している時は会社に大変活気があった。単純に『社会貢献のため』という理由だけでこのプロジェクトをやっているのではありません。優秀な人材は矯正施設の中にもいる。だから採用していくんです」  千房が矯正施設からの出所者を採用し始めると、マスコミに取り上げられることも多くなった。それは千房が採用の事実をオープンにしてきたからだ。

「マスコミで『落ちこぼれやドロップアウトした人間が社会貢献している』という報じ方をされると、社内では『ウチは落ちこぼれを採用しているわけではない。一人の人間として採用している。こういう偏見は面白くない』という声が上がります。でも、それは世間の人の見方とはまだ少しズレている。立ち直っている者もいればそうでない者もいるのは事実ですからね。社会の偏見をなくしていくのには、非常に手間暇がかかるんですよ」

 中井氏は続ける。

「企業として出所者の採用に取り組むことは、社会的には当然、善です。けれどもマスコミに取り上げられることには一抹の不安がありました。でも、『もしこれで会社が潰れるようなことがあれば、こんな日本はもういい』と思って腹をくくりました。幸いなことに、報道された結果、ただの一人も非難する人はいなかった。日本はまだ捨てたもんじゃない」

「家族として迎え入れるときに、隠して入ってもらう必要はない」

 そうは言っても、実際に出所者を採用していくことはトラブルと無縁ではない。今回参加した企業の担当者と話していても、

「トラブルが起きないはずがない」
「必ず紆余曲折があるだろう」
「5年後に何人残っているか。たとえ3割であっても残っていれば意味があると思っている」

 と、どの企業もこの取り組みが容易ではないことを認めていた。しかし、それでも担当者の顔は一様に明るいのだ。

 調印式後の懇親会で、日本財団の笹川会長は、
「深刻にやっちゃいかん。楽しみながらやるというのが大事ですな」
 と参加者たちに呼びかけていた。まさに「子育て」のように長期的に取り組まなければならないプロジェクトであることがわかる。

 前出の千房でも、5年前に雇用した出所者が、レジの売上を数百万円盗んでいたことが後になって判明するという事例が発生している。部外者からみれば、「中井氏の期待は裏切られたと」いうことになる。

「そりゃあショックでしたよ。彼はすでに退職していたのですが、去年12月に盗難の事実が判明したんです。実は私個人も彼の『子どもの養育費をなんとかしなければいけない』というウソを信じて、個人的に数百万円を貸しつけてもいました。実際には全部ギャンブルに使っていたそうですが、『レジの売上、お前が盗ったんか』とメールをしたら、今年の9月から毎月5千円ずつ、返済のための振り込みが始まったんです。わずか5千円の話だけれども、彼らと真剣に付き合えば、彼らの人生は感動的に変わってくるんです。彼は今、別の会社で働いていますが、『立ち直ってきたなあ。彼と関わってきてよかったなぁ』と感慨深いものがあります。これが本当の更生につながっていくんだろうと思いました」(中井氏)

 実際には月々5千円では一生かかっても完済できない。そこで振込の額をもう少し増額できないかと中井氏がメールを送ると、その男性はメールを無視することなく「がんばります」と返信を寄せた。そして翌月からは1万円に増額されての返済が続いているという。

 中井氏は嬉しそうに携帯電話を取り出すと、メールの一部を筆者に見せてくれた。

「たったひとり、そういう事件を起こした人がいたからといってこの取り組みをやめたら、大勢の人のチャンスがなくなるじゃないですか。僕らがやっているのは、社会の偏見をなくすことが最大の目的なんです。そのためには、一人でも多くの成功事例を見せなあかん。我々でしたら、出所者が早く店長になって、自分が世話になった矯正施設に面接に行って後輩に内定を出すことが一番のモデルケースになる。これには5年ぐらいかかるかもしれません。今は採用した出所者が残る率は6割ぐらいですが、こういう成功事例がいくつもでてきたら、いっぺんに離職率は下がると思っています」

 今回、職親プロジェクトに参加を決めた他の企業の中には、これまでにも出院者、出所者の受け入れをしてきた企業もある。

 たとえばIT企業から出発した株式会社アイエフエスネットは、障害者、精神障害者、ニート、フリーター、性同一性障害者、生活保護受給者、矯正施設からの出所者など、いわゆる「就職困難者」を積極的に採用してきた企業だ。同社では3千名の社員のうち千名が「就職困難者」と呼ばれた人たちだった。

「これまでの日本社会は、どうしてもそうした方々が『隠して入ってくる』という状態でした。でも、私どもは『うちは3人に1人はそういう人だから大丈夫だよ』と言ってオープンにしています。彼らを『家族』として迎え入れるときに、隠して入ってもらうことはない。うちは性同一性障害の方が手術を受けて朝礼で発表して拍手が起きる会社です。オープンにしたまま本人たちが希望し、会社が受け入れ、社会もそれをよしとする。こうした取り組みを『オープンな場で発表できる』ということは、新しい時代に入ってきているんだなと実感しています」(アイエフエスネット専務取締役・杉岡和彦氏)

 職親プロジェクトとは、まさに「職」を通じて「親」や「家族」になる取り組みだ。先駆者たちの先の長い挑戦は、これからも続いていく。

12月4日の調印式(撮影・畠山理仁)

<2013年2月28日・職親プロジェクト発足時の企業一覧>
千房株式会社(代表取締役 中井政嗣)
株式会社一門会(代表取締役会長 上山勝也)
株式会社牛心(代表取締役社長 伊藤勝也)
株式会社信濃路(代表取締役社長 西平都紀子)
カンサイ建装工業株式会社(代表取締役社長 草刈健太郎)
株式会社プラス思考(代表取締役社長 湯木尚二)
株式会社プログレッシブ(代表取締役 黒川洋司)
<発足後に参加した企業一覧>
株式会社藤岡工務店(代表取締役 藤岡義和)
株式会社菜花野(代表取締役 中野 護)

【2013年12月4日・今回新たに職親プロジェクトに参加した企業】
株式会社アイエスエフネット(東京都港区)
S・TEC株式会社(同新宿区)
セリエコーポレーション(神奈川県横須賀市)
株式会社ビ・ボーン(山梨県吉田市)
株式会社藤巻製作所(静岡県沼津市)
株式会社T2factory(同駿東郡清水町)
株式会社SHIROコーポレーション(京都府宇治市)
北洋建設株式会社(札幌市)
株式会社ヒューマンハーバー(福岡市)

(取材協力:日本財団)

【関連記事】
しなやかな社会を作るために必要な、セーフティーネットとしての「職親プロジェクト」 ‐ 江口晋太朗
誰だって犯罪者になりうるんだから、社会はもっと寛容であるべきなんじゃなかろうか。 ‐ うさみのりや

あわせて読みたい

「ブロガーが見たソーシャルイノベーションのいま」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    籠池氏「100万円」偽証の可能性

    和田政宗

  2. 2

    てるみくらぶ社長語る破産の経緯

    THE PAGE

  3. 3

    世論を勝手に"忖度"するメディア

    木走正水(きばしりまさみず)

  4. 4

    証人喚問が"犯罪捜査"という暴論

    郷原信郎

  5. 5

    昭恵氏の関与否定は無理がある

    井戸まさえ

  6. 6

    トランプ政権はいよいよ終章に?

    大西宏

  7. 7

    桜を"嫌っていた"明治の日本人

    田中淳夫

  8. 8

    森友学園騒動の本当の問題は何か

    ニコニコニュース

  9. 9

    籠池氏の印象操作する邪悪な自民

    小林よしのり

  10. 10

    森友問題は国家システムの私物化

    小林よしのり

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。