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EMなどのニセ科学とどう向き合うか - 片瀬久美子

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サイエンスライター
片瀬久美子

効果がはっきりしないEM

 東電福島第1原発の事故以来、放射線対策として、「EM(菌)」を利用する動きがあります。

 EMとは、Effective Microorganisms(有用微生物群)の略称です。はじめは土壌改良を目的とした微生物資材として作られ、1980年代の初めに琉球大学農学部の比嘉照夫教授(当時)によって、農業用資材として本格的に開発されたものです。成分の詳細は明らかにされていませんが、乳酸菌や酵母などを主体とする微生物の共生体だそうです。

 EMは当初は「環境にやさしい農業資材」として売り込まれ、土壌改良に利用されました。EMの培養液やEMで作った肥料を土に混ぜ、豊かな土壌を作ろうというものです。それがやがて、水質改善にも効果があるなどといわれるようになり、用途が広がっていきました。EMを土と混ぜて団子状にしたEM団子や、「EM活性液」を川や湖に入れて、水質改善を図ろうとする人や団体が少なくありません。またEMのまねをして後から出てきた「EMもどき」も広がっています。

 EMを河川や湖、海に投入するような運動の多くは、民間の社会奉仕団体、NPO(民間非営利団体)、地域の有力者らを中心とする「善意の活動」として広まりました。総合学習の授業など教育現場にも広まっています。果たしてEMには本当に水質浄化作用があるのでしょうか。

 残念ながら、EMが水質浄化に資すると証明する確かなデータはありません。善意の市民グループが積極的にEM投入を行っているため、いくつかの公的機関がその効果を調べているのですが、明確な効果は確認できませんでした。むしろ、浄化に資するどころか、環境負荷を高めてしまう可能性も小さくないのです。たとえば福島県は、「高濃度の有機物が含まれる微生物資材を河川や湖沼に投入すれば汚濁源となる」という見解を出しています。広島県でも、水質浄化に効果が認められないとして、県としてはEMの利用を推進しないことに決めています。

「EMのおかげで水質がきれいになった」と思いこんでいても、実はあまり変わっていないかもしれません。別の要因によって水質がきれいになった可能性もあります。そもそもEMを日常的に散布するような運動は「環境をよくしよう」という善意の呼びかけから始まることが多く、その場合、生活排水の汚れを減らすなどの環境対策も併せて地道に行われているものです。

 きちんとした検証をするためには、一定の科学的訓練が必要ですが、EM推進派が主張する「効果」は、そうした科学的検証を経ていないものがほとんどです。検証が甘いままに、効果があいまいな、場合によっては悪影響をもたらすものが散布されている現状は問題です。

「批判」の難しさ

 農業資材として開発されたはずのEMですが、今や驚くほどいろいろな場面で効果があるとされ、もはや「万能薬」の様相を呈しています。EMの耐熱温度は当初に比べどんどん上昇し、開発者の比嘉氏によれば摂氏1200度まで耐えられるとされ、2000度でも大丈夫という人もいます。

 何か問題が起きるたびに、「口蹄疫に効果がある」「鳥インフルエンザを防ぐ」「がんに効く」などと、EMの「効能」が次々と増えていったり、「体質改善をする」「がんなどのさまざまな病気に効く」として、健康分野でも宣伝本が出されています。

 福島第1原発の事故が起きてからは、「EMはX線やガンマ線をエネルギー源にする」「放射能を消す」「除染に役立つ」といわれるようにもなりました。そのせいで福島県では除染目的でEMを散布するケースがかなり増えてしまいました。これも効果を示すようなきちんとした実証データはありません。

 EMを混ぜた「EM・X・GOLD」という飲料水は、500mlで4500円もします。これを飲むと、EMが悪い放射性物質を体外に排出してくれるそうです。もちろん証明などされていません。

 おかしなところを挙げればきりがありませんし、批判はできるのですが、EMはすでにビッグビジネスになってしまっています。通常の微生物資材としての範囲で使用している分にはいいのですが、そうすると他の微生物資材との違いが出せなくなるので、今のような規模は維持できないと思います。

 これで生計を立てている人も多いので、批判を受け入れてもらうのは容易ではありません。だからこそ、おかしな言説やニセ科学は、大きく広がらないうちに早めにストップをかけるべきです。

 またEMに限らず、ニセ科学に関わる人の多くが「善意」であることも批判を難しくしている原因です。言説への批判はいいのですが、言説を信じている人への人格批判になってしまうことのないよう注意が必要です。

生態系破壊の危険も

 水槽のような閉鎖水系であれば、EMを放りこんだときに中で何が起きるのか検証ができます。湖や川は広いですから、簡単には検証できません。雪がたくさん降っても川の水量は変わりますし、年によってさまざまな気候変動があります。環境変化には複合的要因がありますから、どの要因が効果をもたらしたと早計に断言するのは難しいのです。

 微生物を含め、いろいろな生物がバランスを取りながら生態系は形成されています。その土地特有の生物、固有種もいるわけです。EMは沖縄で開発された微生物資材ですから、それを本州や他の地域の川や湖に放りこめば生態系を乱してしまう可能性があります。

 魚の数が増えればいいからといって、ブラックバスのように力の強い外来魚をたくさん増やせばいいわけではありません。外来魚であるブラックバスが日本の川で増えれば、当然のことながら日本固有の生態系が壊れてしまいます。同じようにEMが川や湖で増え、生態系が乱れてしまえば、それは環境破壊です。

 日本生態学会は自然再生事業指針を出しています。この指針には、生物種は地域によって異なる遺伝組成と進化の歴史を持つため、生物の導入を行う際にはその土地固有の系統を用いるべきであると書かれています。「EMは環境にやさしいらしい」と聞いた人が、善意やノリだけで湖や川に放りこんでしまうのは、とても危うい行為なのです。もし自分の畑で土壌改良に使ってうまくいかなくても、被害の範囲はその畑に限られます。しかし、湖や川となると、個人の範囲にとどまらず、そこに生息する生物たちのほかにも、周辺に住む多くの人たちに影響を及ぼします。

 山田正彦氏は、農林水産大臣時代に、EMによる防疫法を宣伝する比嘉氏に「口蹄疫の蔓延を防止するため尽力した」と感謝状を贈りました。『EM-Xが生命を救う 医師が実証する大いなる治癒力』という本を出版した元市長もいました。政治家は票を集めたいですから、善意の市民や熱心な市民活動家と仲よくするうちに、結果的にニセ科学の流布を後押ししてしまうことがあるのです。

 2013年の海の日(7月15日)には「全国一斉EM菌投入」というイベントが開かれ、EM団子100万個、EM活性液1000トン(主催者発表)が自然水系に投入されました。前出の比嘉氏や川端達夫・元文部科学大臣らが、琵琶湖にEM団子を大量に放りこんでいます。農水相や文科相のような要職についた影響力のある政治家が、あやしげなものに飛びつくのは問題です。

 学術界では、環境分野でのEM使用に関してあまり積極的に言及されてきませんでした。最近では、日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会(各学会リンク 日本ベントス学会日本プランクトン学会)でEMの問題点について発表されるなど、専門家たちもニセ科学としてのEMを無視できない段階に至っています。

ニセ科学を見破るために

 専門的知識が乏しい人は、ニセ科学をどう見破っていけばいいのでしょうか。「××が健康によい」「××には効果がある」と聞き慣れないことを聞いたときには、インターネットで「××批判」「××トンデモ」「××否定」と複合ワード検索をかけてみるといいと思います。こういうワード検索をかければ否定的な意見が出てきますから、賛否両論を見たうえで冷静に判断しましょう。

 民間療法や代替医療の世界では「好転反応」という言葉が、症状が悪化したときによく使われます。これは、治療過程で(毒出し効果などにより)一時的に悪化するというもので、「このまま我慢して続ければ健康状態は必ずよくなる」と説得されたりします。

「好転反応」という説明の仕方は、悪化のごまかしだと考えて注意したほうがいいと思います。たとえば、放射線対策として一時期話題になったものに「米のとぎ汁乳酸菌」があります。これを使っている人のツイッターを見ていたところ、乳酸菌を顔にスプレーしたら目が真っ赤になって目やにもすごく、「効いてる証拠って思っていいんですよね?」と書かれていました。こんなことを好転反応などと考えるのは危険です。

「デトックス(毒出し)」は科学的におかしなものが多いですし、「波動」はニセ科学に典型的にみられる用語です。「現代の科学では証明されていないが、その効果ははっきりしている」と宣伝する人がよくいますが、いつまでたっても科学的に証明される気配がない。

 ホメオパシー(※注)にしても、「効果はいつか必ず証明される」といわれながら、200年たった現在に至っても証明されていません。

「この療法を試さなければあなたは死んでしまう」というように、脅しから入る不安商法は完全にだめだと思います。人を不安にさせたうえで「この方法を取り入れるべきだ」と引き込む。これでは振り込め詐欺の手口と同じで、注意が必要です。

 また、その人の価値観に沿うような言説にはひっかかりやすいものです。〝ゲームを長期間やる人の脳波は重い痴呆の人の脳波に似ている〟とする「ゲーム脳」などはまさにそうです。ゲームのやり過ぎをよく思わない人にとって、都合がいい言説ですが、これはニセ科学です。

 ニセ科学といっても幅が広く、必ずしもすぐに害がない場合も多いのですが、ライトな部分を入口としてより悪質な領域に引き込まれてしまうこともあります。それでお金を失ったり、健康を害してしまうのはよいことではありません。「科学の仮面」をかぶった、いわゆる「いい話」には気をつけるのが賢明だと思います。

※注 ホメオパシー 200年前にドイツで発祥した民間療法で、製剤課程での過度の希釈により有効成分は1分子も含まれていない。

<月刊誌『第三文明』2014年1月号より転載>

かたせ・くみこ●1964年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。大学院進学前に11年間、企業の研究員として酵素の精製、酵素の応用技術の開発、遺伝子検出技術の開発、有機化合物の構造解析の仕事を経験。共著『もうダマされないための「科学」講義』(光文社新書)など。ニュースサイトSYNODOSやWEBRONZAに記事を寄稿。自身のブログで精力的に科学に関する情報を発信している。

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