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島薗さん、福島の現状を考える上で、なぜ広島の被爆の歴史を知ることが重要なんですか?(もんじゅ君のズバリ!聞きますだよ第6回)

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 原発事故にショックを受けて、突如ツイッター上に現れたもんじゅ君。福井の高速増殖炉もんじゅの「非公式」ゆるキャラながら、フォロワー数は10万人超、エネルギー問題を解説した著書も3冊あるなど、幅広い支持を得ている「炉」のキャラクターです。
 このもんじゅ君が、各界の著名人に東日本大震災以降の活動やエネルギー問題についての考えをたずねるシリーズインタビュー。

 第6回のゲストは、宗教学者の島薗進さん。震災後、長年勤めてきた東大のウェブサイトから、柏キャンパスの放射線情報が突如消えたことを大学側に問いただしたり、原発災害についてのシンポジウムを開催したりするなど、精力的に活動されています。
 現在は上智大学グリーフケア研究所の所長も務める島薗さんに、震災で宗教が果たした役割、仏教の原発に対する態度、広島・長崎から福島へとつづく放射線被ばくの歴史などについてたずねました。

ゲスト:島薗進(宗教学者・上智大学神学部教授)
インタビュー・構成:もんじゅ君(高速増殖炉)

3月11日、ベネチアの大学からすぐ帰国を決めた

もんじゅ:島薗さんは2013年3月まで長年、東大で宗教学を教えておられました。
 宗教学者でありながら、『つくられた放射線「安全」論--科学が道を踏みはずすとき』(河出書房新社)を出版されたり、東大や福島大のほかの先生方に声をかけてシンポジウムをなんどか開催されています。震災と原発事故について積極的に発言されているモチベーションは、いったいなんなのでしょうか。


島薗:わたしは2011年の3月11日、イタリアはベネチアの大学にいたんです。そこで本来であれば3月末まで講義をすることになっていました。
 向こうでは日本学がすごくさかんなんですよ。ベネチア国際映画祭があるおかげで、日本映画の研究をしている人も多い。あちらで2月に「死の意識」についてのシンポジウムがあって、そのついでに3月いっぱい授業をしてくれといわれていました。
 けれども、インターネットで地震、津波、原発のようすをみていて、予定ではそれからローマ観光をして帰るはずだったのですが、そういう状況ではないと思いました。なにか震災に対応したいと考えて、ベネチアの大学には申し訳ないけれども授業を早めに切り上げさせてもらったんです。

ニュースを見ながら、孫を疎開させることが思い浮かんだ

島薗:日本に帰らなくては、と思ったのは、津波のこともおおきいですし、やっぱりなにか動かなくてはいけないという意識があったからです。まずひとつには宗教界の人たちと被災地支援をおこなうということもありますし、家族の疎開のことも考えていました。
 ネットを見ていますと、たぶん内田樹さんが最初に疎開のことをいいだしたんじゃないかと思います。そのころ、東京のわたしのうちは二世帯住宅だったんです。ちいさな孫がいたものですから、その子のことは疎開させなくては、と思いました。帰国したときには家族が一時的に石川県に疎開していましたが、東京からいつか逃げなきゃいけないんじゃないか、という感じでしたね。

もんじゅ:そのころは、関東でそういうふうに考えている方も多かったんですよね。

島薗:イタリアにいてもニコニコ動画だかユーストリームだかでNHKは見られたんですが、やっぱり情報が入ってこなかった。身辺のことと、戻ってなにかやれることがあるんじゃないかと考えて、これは日本に帰らなきゃしょうがないなと。すでに「メルトダウンはまだだ」といったような被害の過小評価が起こっていましたから。

 3月20日前後、自分のブログに、山下俊一さんの「100ミリシーベルト以下は健康に影響がない」という発言に対する批判を書きました。新聞も「ただちに影響はない」とくりかえしていましたよね。
 いっぽうで、帰国してすぐ、宗教界あるいは宗教学者、仏教学者らが協力して災害支援活動をやろうということになって、4月1日には「宗教者災害支援連絡会」も立ち上げました。そこでもみんな、「報道はおかしい」「どこに真実があるかわからない」という悩みを持っていました。
 ほかにも津波被害の支援活動にも関わりましたし、それにくわえて、原発については、ブログなどで発言をはじめました。

阪神大震災では、オウムの影響もあって宗教の出番が少なかった

もんじゅ:宗教者による災害支援というのは、どんなものでしょう。

島薗:日本の社会って、宗教的な次元が見えなくなっていますよね。  学生時代のわたしもまさにそうだったのですが、人生の指針、価値観の基盤のようなものを探したときに、どこへ求めていいかわからない。書物やメディアのなかにしか見えなくなる。するとそのまま、人は「精神世界」というようなものへ流れてしまいます。やがてはそれがオウム真理教のようなものになる。

もんじゅ:いわゆる「スピリチュアル系」と呼ばれるもののことですか。

島薗:はい。おおきな流れで見ると、70年代以降、日本の若者文化には「政治の季節」から「宗教の季節」へと移り変わる流れがありました。だからこそそのなかで、しっかりとした基盤を持つ宗教が目に見えることが必要なんだと考えています。

もんじゅ:社会からは精神的なものがもとめられているのに、その声に答えられる目立った存在が見あたらない、そういうことでしょうか。 

島薗:そうですね。逆にいえば、宗教の側には「もっと公共的な問題にかかわりを持つべきではないか」という問題意識がありました。
 阪神淡路大震災では、宗教の役割がほとんど目立たなかった、といわれています。それには、阪神淡路大震災とオウム真理教事件が同じ時期だったことも関係しています。どちらも1995年のできごとで、震災が1月、オウム地下鉄サリン事件が3月でした。
 震災とオウムというふたつの事件は、若い人には「精神的地盤が欠けている」という感覚をもたらしたでしょうし、宗教関連の人たちには「社会のなかで宗教がきちんと機能できていない」という自覚をもたらしたと思います。

もんじゅ:島薗さんはオウム事件や元信者の問題についても研究されていて、『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット)、『現代宗教の可能性――オウム真理教と暴力』(岩波書店)などの著作もありますね。

日本人のメンタリティには、国家神道が影響している

島薗:1995年以降、「死生学」という学問にも取り組んできました。

もんじゅ:死生学というのは、あたらしい学問ですよね。島薗さんは東京大学での10年にわたる「死生学の構築」「死生学の展開と組織化」というプログラムでリーダーを務めていらっしゃいました。死生学というのは、単純にいうと「死」について考える学問、ということでしょうか。

島薗:かんたんにいえばそうなりますね。死生学をやっていくうちに、医療のなかでもうすこしスピリチュアルなものが見直されるようになってほしい、と考えるようになりました。
 いまの日本の公共生活において欠けている「宗教的な次元」を、もうすこし可視化していきたい。それはわたしたちの精神的基盤を自覚することにもつながります。

もんじゅ:日本人は、外国人から「あなたの宗教はなんですか」についてたずねられると素直に「無宗教です」と答えたり、まぁ海外で「無宗教です」というと怪訝な顔をされることもありますから「仏教徒です」とお茶を濁したりすることが多いですよね。
 けれど、じっさいはそうじゃない。日本人の精神風土には、仏教とも神道とも割り切れない、もちろん無宗教などではけっしてないなにかがある、という感じはありますよね。

島薗:『国家神道と日本人』(岩波新書)と『日本仏教の社会倫理』(岩波現代全書)というセットになっている本に書いたんですが、ある意味では、国家神道がいまの日本人の精神秩序を覆っているところがあるんですよ。無宗教といいながら、じつはわたしたちは国家神道的なメンタリティを持っています。
 またいっぽうで、仏教とキリスト教に代表されるさまざま宗教が、公共的な場面には現れてこないんです。そういう在りかたを見直していきたい。

クローン羊とES細胞 ——宗教と医療のふしぎな関係

島薗:また、宗教と医療、科学と社会の関係についても長年考えてきました。そういう点でも、東日本大震災はおおきな問題だと直観したわけです。わたしの仕事のなかには、科学と宗教の接点もいろいろとありますし、生命倫理の問題も扱ってきましたから。

もんじゅ:宗教学って科学も扱うんですか。

島薗:じつはわたし、学生時代は医学部志望だったんです。大学では最初、理科Ⅲ類といって医学部に進むはずのコースに入ったんです。

もんじゅ:東大の理科Ⅲ類というのはきっと入るのがすごくむずかしいところだと思いますが……(笑)、それで進路を変えて、宗教学に進まれたんですか。

島薗:そうです。当時は医学部闘争というのがあって、医学者のモラルがおおきな問題になっていたんですよ。ベトナム戦争の時代で、科学が国家や産業の利益のほうへ引っ張られる、ということも目のあたりにしました。そのことについての問題意識も自分のなかにはあったんです。
 1997年、「クローン羊のドリーが生まれた」というニュースがありましたよね。あのときは世界各国の大統領や元首が「クローン人間の製造禁止」を表明したんです。そのあとヒトのES細胞を使うことも理論的には可能になり、するとそれがはたして倫理的に許されるのかどうかがおおきな問題となった。わたしも政府の委員会の一人として議論に加わっていたのですが、「人間の命を尊ぶべき科学が、むしろ経済的利益にひきずられてしまう」というおおきな問題を実感しました。

もんじゅ:科学と宗教って一見、別物ですよね。だけどそうじゃなくて、宗教や倫理というものは「科学技術をどう使っていくか」の判断をするときに大切なモノサシになってくるんですね。

島薗:それだけでもないんですよ。たとえば医療には、宗教ともっと密接にかかわっていくべき領域がたくさんあります。
 そのひとつは、「いかに死に臨むか」ということ。病院で死を迎えるケースの多い現代では、これは医療機関で対処しなければならない問題になっています。けれども医療だけでは対処しきれません。むしろ、スピリチュアル(精神的)な領域が必要になります。
 人が健康に生きていくことだって、単なる生理的な問題ではありません。そこには心がかかわってくるし、精神的な領域ともかかわってきますよね。それは「癒やし」といってもいいかもしれない。  ですから、医療と宗教が相乗りするような領域にもずっと関心がありました。

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