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自分が「発達障害」だなんて認めたくなかったけど

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「問題児」というレッテルを貼られ、いじめられた自身の経験を、赤裸々に描いた『ニトロちゃん』。「〈発達障害〉がよくわかるコミックエッセイ」として、じわじわと注目が集まっている。今回は『ニトロちゃん』文庫化を記念して、作者の沖田×華氏にインタビューを行った。(聞き手・構成/山本菜々子)

「このまま飛び降りて死んでやる」

―― 『ニトロちゃん』文庫化、おめでとうございます。

ありがとうございます。こんなに反響をいただく本になるとは私も思っていませんでした。

―― 『ニトロちゃん』は沖田さんの実体験を基に、いじめを受けるなどの過酷な学校生活を描かれています。なぜこのようなテーマを選んだのでしょうか。

もともとは、いわゆる「エロ雑誌」に、自分の風俗嬢だった体験を描いていました。そこからどんどん仕事が入るようになってきて、『こんなアホでも幸せになりたい』(マガジン・マガジン)というコミックエッセイ本を出したんです。ずっとアホな話を描いているんですが、最後の方を少し泣けるような話にしたら「すごくいい」と言って下さる方が沢山いて、光文社の方から「悲しい話を描いてみませんか」という声がかかりました。

そこで、テーマが「いじめ」になったのですが、正直気は進まなくて。こんなもの描いても引かれるだけじゃないかと感じたんです。私はアスペルガーなので、いじめられた記憶が、スライドショーのような感じで、昨日あったかのように思い出せるんです。だから、描いている時も、あんまり直視したくなかったですね。

―― よく描かれる「いじめ」は、クラスメートのものが多いと思いますが、この本では先生のいじめについて描かれていますね。

子供の「いじめ」って、移り気なんですよ。ある程度の時期が過ぎたらターゲットが変わることが多い。自分がいじめられっ子だったら、次はいじめっ子になっていたりする。私はある意味、軽い部分があると感じていました。

でも、教師のいじめは違います。まず、証拠を全く残さない。「教育的」とされている体罰もあるので、境目があいまいで、個人的な感情で何時間も攻撃することが可能です。私の場合は、勉強ができないことや宿題をやってこないことで怒られて、注意されてもボーっとしているので、次第に殴られたりするようになってきました。

教室という空間の中では、先生は神のような存在です。殴ったり、叱ったりするのに根拠はいりません。外側からみたら非常識だったりすることも、教室の中ではあいまいになってしまいます。

昔は「弱いからいじめられる」「いじめられる原因があるからいけない」と言われていました。だから、「強くなろう」とは思うんだけど、何の基準で「強い」のかわからない。言い返したらもっといじめられるし、本気でやり返したら怒られるし、どうしたらいいんだろうって。

―― 衝撃的だったのは、中学一年生の時に当時の担任の先生に、部屋に閉じ込められて「頭の検査」と言われ身体を触られていた場面です。こんな性的な虐待が許されるのかと、怒りを覚えました。

「変なことをされた」と同級生にも言えないし、もんもんとしていました。当時は、勉強ができないし、そんな私が大人に何を言ってもわかってくれないという思いがあったんです。学校で先生にひどいことをされても、家では普通に過ごしたいから、親に言うこともできませんでした。不登校になるとか、仮病で休むことも頭になくて、毎日「風邪ひかないかなぁ」と思っていましたね。インフルエンザの子によりそったり(笑)。

保健室も不良の溜まり場だし、私みたいに勉強が出来ないけどまじめな子の居場所ってなかなかないんですよ。ああ、もう、死にたいって思って。でも、飛び降りようにも、田舎だから2階以上の建物はないし、海は漁師がすぐ助けてしまいそうで。困ったなぁって。

ある日、その先生にぼこぼこに殴られたことがあって、「このまま飛び降りて死んでやる」と衝動的に思ったんです。目撃者もいっぱいいたし、先生が悪いってわかってくれるんじゃないかって。

あの時の私にとって、飛び降り自殺することは最大のパフォーマンスだったんですよね。でも、ニュースで飛び降り自殺をした生徒の報道を見ても、もみ消されたりうやむやになって終わっています。学校で死んだところで何も変わらないのかもしれないし、ここは社会と遮断されている場所なのかもしれないと感じました。

当時の私は、学校には期限があるから「あと何年か頑張ったら解放されるんだ」と自分に言い聞かせていましたね。

―― 先生に対して許せないという思いはありますか。

私にひどいことをしたはずなのに、今では校長先生になったり、教育委員会で出世しているような人もいて、悔しいですね。

先生に執拗に怒られたり暴力を振るわれたりしたので、未だに、後遺症のようなものがあるんです。「場面緘黙症」といって密室に二人っきりになると「怒られる」「叩かれる」という思いがよぎってしまい、喋れなくなってしまいます。

大人になっても治らずに、怒られて喋れなくなっているのを「逆ギレしている」と思われてしまって。仕事の人間関係に支障をきたしたりしました。普段よく喋っているので、喋れなくなっていることをわかってもらえないんですよね。

それくらい、私にとっては辛かったはずなのに、当時の同級生と話をした時に、「あの先生良い人だったよね」という話も出てきたりするんです。私からしたら暴力を振るわれたひどい先生のはずなのに、同級生は私がいじめられたことさえも全く覚えていない。記憶に残らないような些細なことだったのか、とびっくりしました。この違いはなんなんだろうと。もしかしたら、大したことは無かったのかなって、時々気持ちがゆらぐことがあります。

9784334786335

―― 『ニトロちゃん』では語りの文がすごく優しくて、大人の沖田さんが「ニトロちゃん」に話しかけているような感じがしました。

うーん。そこはあまり意識していないですね。わかりやすく伝わるようにと意識はしました。今、昔の自分と会っても、「よしよし、辛いね」と優しくできるかわからないですね(笑)。でも、大人になって楽しいことは沢山あるよ、とは言ってあげたいです。

―― 実際に学校に行くことが楽になったのはいつごろですか。

中学2年の時ですね。すごく良い先生が担任になったんです。ダメな先生とケンカをしてくれる熱血な先生でした「虫ケラ以下だった私にも、先生は優しく接してくれる」と、感じました。他の先生からは「変な子」だと思われていたので、認められている感じがしたんです。先生にはすごく懐くようになりました。

高校などでもそうだったんですが、先生が大好きになると、性的なことをしたくなるんです。今思えば、中1の時に性的な虐待を先生にされ続けていたから、どこか、「認められるためには自分の性的なものを差し出さなければ」と感じていたのかもしれません。根深いところで影響があるのかもしれません。

―― 学校生活で、こういった配慮があれば過ごしやすかったと感じるものはありますか。

場面緘黙症になって固まっていた時に、いろいろと言われてさらに混乱していたので、別の空間で一呼吸おければよかったです。保健室のような場所でお話ができるまで待ってもらって、お互いの意思疎通ができる状態にして欲しかった。理想は、本があって、大人はいてもいいけど、教師じゃない人がいて、児童館のように自由に出入りできるような場所ですね。

それと、成績以外の評価基準で、「あなたのこういうところが良いから、頑張りましょう」と言って欲しかったです。それは、草むしりでも掃除でも、なんでもいいんですよ。もし勉強以外の所で認められていたら、もっと明るく学校にいけたのかなと思います。

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