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温暖化懐疑論にみる「トマト殺人鬼の論理」

先日のエントリー「COP19 台風30号直撃のフィリピン代表が涙の断食宣言」で「温暖化懐疑派の政治家や科学者はサニョ代表の問いかけにどう反論するのだろうか」と呼びかけたところ、中部大学の武田邦彦教授所から早速、反応があった。

武田教授のブログに「御用・国際ジャーナリスト・・・これでも仕事になる?? これだから??」と書かれている。これはおそらく筆者のことを指しているのだろう。

武田教授には個人的な思い出がある。産経新聞ロンドン支局長時代、武田教授が2010年2月に産経出版社から「『CO2・25%削減』で日本人の年収は半減する」を出版された際、当時の上司からこの本の内容に沿った取材をして、記事にできないかと連絡があった。

一体、誰がどんな趣旨で記事を書けと言っているのか要領を得なかったが、とりあえず武田教授の本を読んでみた。典型的な地球温暖化懐疑派の主張が書き連ねられていた。いくつかの論点は詭弁とはっきりわかるものだった。

当時、ロンドンでは温暖化懐疑派の会議が開かれており、日本でもそんな動きがあるのかと思うと同時に、「CO2・25%削減」とぶち上げた鳩山由紀夫首相に対する批判、温暖化対策より経済成長を優先する経済産業省の思惑も絡んでいるのかと考えた。

民間シンクタンク「ローマ・クラブ」が1972年に唱えた「成長の限界」は、「ローマ・クラブが警告した資源の枯渇もなく、他の面からも成長の限界を迎えることはなかった」と批判されている。

地球温暖化についても「新興国、途上国の成長にタガをはめるための欧州の策略だ」という意見もみられるようになり、米国発の温暖化懐疑論が産経新聞にも掲載されるようになっていた。

原子力潜水艦で何度も北極海に潜り、温暖化のセンサーといわれる海氷の厚さを測定し続けている英ケンブリッジ大学のピーター・ワダムス教授や、極地研究に半世紀以上かかわるノルウェー極地研究所の太田昌秀・嘱託上級研究員に連絡を取った。

両氏にはそれまで再三にわたって取材に応じてもらっていた。武田教授に代表される温暖化懐疑論を持ちだすと、2人は明らかに憤慨した様子だった。筆者には太田氏の説明が非常にわかりやすかった。太田氏は次のような懸念を示した。

「問題を3つに分けて考える必要がある。温室効果ガスが増えれば気温が上昇するというのは自然法則だ。影響予測などについては異なる意見があって当然であり、その都度修正していけばいい問題だ」

「温暖化対策が経済成長の足かせになるという国家の懸念、石油の消費量が減って困るという企業の思惑など人間の側の論理と、変えがたい自然法則とがごっちゃに議論されている」

筆者がグリーンランドを訪れた時、氷床が溶ける音を耳にして驚いた。人力で北極点に到達したノルウェーの極地冒険家は北極圏の海氷がどんどん薄くなっている様子を語ってくれた。

09年12月にコペンハーゲンで開かれた第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)では、オセアニアのツバルの代表が「海面上昇」の現実を訴えた。

そうした取材の積み重ねを否定して、武田教授の温暖化懐疑論に沿って原稿を書くというのは筆者にはできないことだった。

特派員の書く原稿はすべて署名原稿である。上司には「武田教授の主張に沿った原稿は書けない。自分の取材に基づいたことしか書けない」と報告し、ワダムス教授や太田氏らからの取材を軸にまとめた原稿を出稿することで了解を得た。

当時は産経新聞に属していたので書けなかったことが今では思う存分に書ける。

最近、ロンドンで2日間にわたって行われたデータジャーナリズムのワークショップに参加したので、その時に教えてもらったことに基づいて武田教授のブログを検証してみよう。

データジャーナリズムと言えば、さも新しい手法のように聞こえるが決して新しくはない。皆さんもクリミア戦争で負傷兵の治療に献身した「白衣の天使」ナイチンゲールはご存知だろう。英国の看護婦ナイチンゲールは統計学者としても知られている。

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トサカのグラフ。赤が戦闘の負傷による死者、青が感染症による死者を表している

ナイチンゲールは戦争での死者を分析して死因と死亡月を円グラフにした有名な「トサカのグラフ」を作成、実際の戦闘で負った傷が原因で死亡する兵士より、野戦病院で感染して死亡する兵士がはるかに多いことを訴え、衛生状況の改善に取り組んだ。その結果、治療実績を大幅に向上させた。

科学者も記者もデータを用いて何かを主張するとき、その出発点となる動機が一番大事だ。武田教授が言いたいことは、温暖化が進んでいないということなのか、気温と台風の強さには関係がないということなのか、それとも筆者への中傷なのか、さっぱりわからない。
1.ここ15年間、地球の温度は変化していない。いくら文科系のジャーナリストと言っても新聞に掲載された次のグラフぐらいは読めるだろう。1997年から地球の気温はまったく上昇していない。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書は確かに「過去15年の世界平均地上気温の上昇率は1951~2012年の上昇率より小さい」と指摘している。

しかし、
・人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主な要因であった可能性が極めて高い。
・ 気候システムの温暖化については疑う余地がない。
・ 過去40年間で海洋の上部で水温が上昇していることはほぼ確実である。
・ 過去20年にわたり、グリーンランドや南極の氷床は減少、氷河はほぼ世界中で縮小し続けている。北極の海氷面積も減少し続けている。
・今世紀末における世界平均地上気温の変化は最悪シナリオで摂氏2.6~4.8度上昇する可能性が高い。
と結論づけている。

ロンドンで移民として暮らす筆者は常に「移民がいるから生粋の英国人が病院で並ぶ時間が増える」といった排外主義者の偏見にさらされている。彼らは移民労働者がどれだけの税金を払っているか、社会保障を受ける率は英国人よりも低く、2000年以降では、英国の財政を支えていることには口をつぐむのだ。

森を見ず、1本の木だけについて語る武田教授の論法は排外主義者たちのそれに非常に良く似ている。
2.20世紀のハリケーンの記録を見ると、寒冷だったころの方が台風の規模が大きく、近年は小さくなっている。
筆者にはグラフに「トルネード」と書いてあるように読めるのだが、武田教授はひょっとしたら「トルネード」と「ハリケーン」が同じものと考えておられるのだろうか。

仮にグラフがハリケーンを指しているとしても、発生地域が異なるハリケーンのデータから台風を論ずるのはいかがなものだろう。データジャーナリズムのインストラクターは性格の異なるデータを比べて結論を導き出してはいけないと強調していた。
3.超大型台風(900hPa以下)は最近、めっきり少なくなっている。かつて日本では室戸台風、伊勢湾台風などの巨大台風があったが、最近では台風は減っている。
これは後で詳しく説明しようと思うが、1950~70年代は台風の観測は実際に飛行機で飛んでいって計測器を吊るして中心気圧を測定していた。80年代後半以降、気象衛星画像から推定しているため、強力台風の数が減っていたとしても、そもそも比較できない。

データジャーナリズムの鉄則その2はデータを収集した方法を明記しなければならない。そうしなければデータの信頼性、透明性は確保できない。強力台風の数が減ったのは観測方法が大きく変わったことと無縁ではない。

「国際ジャーナリストを名乗っている本人がそんなこともわからないのかとこれは哀しくなる」と武田教授は記しているが、筆者は授業料を払って武田教授の授業を受けている学生に対して同情を禁じ得ない。

データジャーナリズムのワークショップでは「トマト殺人鬼の論理」を使ってはいけないと念押しされた。殺人犯の95%がトマトを食べているからといって、95%というデータを使って「トマトを食べている人は殺人鬼だ」という印象操作を行ってはいけないということだ。しかし最近、こうした「トマト殺人鬼の論理」が幅をきかせていないか。

もちろん温暖化をめぐるIPCC報告書が絶対不可侵であっていいはずはなく、新しい知見に基づく検証にさらされなければならない。武田教授の主張についての検証は、科学者有志による『地球温暖化懐疑論批判』に詳しい。

ただ、今回の台風30号「ハイエン」の原因は温暖化と断定することは現時点ではできない。その理由を英気象庁(メットオフィス)の熱帯低気圧専門家、ジュリアン・ヘミング氏に電話インタビューでうかがった。

ヘミング氏はハイエンについて「最大風速195マイル毎時は上陸時点の台風としては最大規模だろう」と指摘。しかし、飛行機を使って中心気圧を実測していた時代と気象衛星画像から推定している現在のデータを使って台風の強さは比較できないという。

「気候モデルによると、今世紀末までに台風の発生回数は減るかもしれないが、台風の強さは2~11%増す。温暖化が進んだ世界で、われわれはさまざまな理由で強さを増した台風を見ることになる可能性が高い」とヘミング氏はいう。

ハイエンは海面近くの気温や湿度などが複雑に絡み合って強さを増したとみられるが、「温暖化が台風にどのような影響を与えるかを判断するためには、これから100年間データを蓄積しなければならないだろう」という。

ヘミング氏によると、05年にハリケーン・カトリーナが米国を襲ったとき熱帯低気圧の活動はピークを迎えたが、その後、過去30年間で最低水準まで落ち込んだ。今年、大西洋は静かだが、この6週間、西太平洋で熱帯低気圧の活動は非常に活発になっているという。

英気象庁がストームを専門に扱うTwitterを開設している。

英語が読めなくてもグーグル翻訳を使えば訳してくれるので、配信されている映像をクリックしてほしい。このレベルで情報提供が行われると、もはや新聞社やテレビ局が介在する意味がなくなってくる。こうした努力が英国では懐疑論の広がりを食い止めているのではないだろうか。

筆者がロンドンを拠点に活動してみようと思ったのは、インターネットを通じてこうした情報をいち早く日本に伝えることで、世界との違いに気づいてほしいと思ったからである。ただ、それだけだ。

(おわり)

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