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北極海航路の開通に向け、我が国は安全保障の議論を深めるべき



「北極海航路の開通」という21世紀最大規模の地政学的変化


地球温暖化の影響で、年々北極海の氷が溶けている。このことは環境問題としては由々しき事態だが、他方でこの結果として「北極海航路の開通」という新たな可能性が開けてきている。

これまで北極海は周年凍結しており、航行に特殊な仕様も求められることから軍事的な用途を除いてほとんど利用されてこなかった。それが年々氷の溶ける量が増え、期間が長引いて来たことから近年北極海の商用利用に関する検討が盛んに行われるようになってきている。現状の溶氷のペースが続くと2030~40年ごろには通年の航海が可能となる。北極海の溶氷のメカニズムは現在解明されていない部分も多いので、実際にこの通りに物事が進むかわからないが、少なくとも凍結期間が長引いていくようなことは考え難く、北極海航路の開通は21世紀で最大級の地政学的変化になる可能性が高い。

北極海航路を語る上で重要な「安全保障の視点」


こうした認識は社会に広まっており、先日開かれた海洋政策研究財団主催の「北極海航路の持続的利用に向けた国際セミナー」は、満員御礼と北極海航路への注目度の高さをうかがわせた。講演内容も各国の一流の専門家が、航行上の技術的側面から、経済性・流通上の問題、海洋法上の論点、環境問題まで語る充実したものであったが、なにか物足りなさがあった。それは「北極海の開通が日本の安全保障上どのような影響を及ぼすか」という観点が決定的に抜け落ちていたからだ。

それは会場共通の思いであったようで、パネルディスカッションの質疑応答でも議題は安全保障上の論点に集中した。北極周辺には膨大な資源が眠っており、その輸送環境が整えばこれまで広大な大地が広がっていたシベリアは資源拠点として、交易地として飛躍的な発展をとげる可能性がある。特にヤマル半島周辺のガス田に関しては具体的な開発の動きが進んでおり、中東にエネルギー資源を大きく依存してきた我が国もJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)を中心に参画に向けた体制を整えているわけだが、この地域の安全保障環境が中東と同じく安定しないのであれば、日本としてもわざわざリスクを冒してまで北極海航路を利用するメリットはない。

北極海航路の開拓が我が国の安全保障に与える影響は大きい。主要な論点をあげると以下の通りだ。

・ポジティブな影響としては中東以外の資源供給地の誕生によるエネルギー安全保障環境の緩和
・ネガティブな影響として中国のオホーツク海進出による北海道周辺海域の不安定化
・そして中国の動きに備えるロシアの北方領土の軍事基地化の進展
このような安全保障環境の変化に対して我が国は残念ながら、骨太な戦略がなく、対応は受け身に回っている。

北極海の開発に出遅れている日本


他方で周辺国は着実に動きを始めている。中国は近年、EU危機以降苦境にあるアイスランドへ戦略的投資を進めており、通貨スワップ協定・自由貿易協定(FTA)を締結して、北極海航路の開発にアイスランドを通じて意見を反映できる環境を作り上げた。加えて昨年には、中国共産党幹部と目される人物がアイスランドの首都レイキャビク周辺の広大な土地の長期使用権を取得した。日本近海ではオホーツク海への進出を見据え2008年以降、津軽海峡周辺に中国の軍艦が顔をのぞかせるようになっている。

韓国は釜山港を北極海航路のハブ港とすべく政府の支援の下で積極的に試験運行を重ねている。今年7月25日には北極で研究活動を行う新たな砕氷研究船の建造計画などを盛り込んだ「北極総合政策推進計画」を発表した

こうした周辺国の動きに比べれば明らかに日本は北極海の開発に出遅れている。中国、韓国の両国が北極海に出るには宗谷海峡か津軽海峡のいずれかを利用せざるを得ず、本来的に日本は両国よりも重要な位置にいるにも関わらずその地理的な 優位性を十分活用できていない状況だ。


ではなぜ日本が北極海航路の開通というチャンスを目前にしても動きをとれないか、というとそれは我が国に大きな安全保障戦略上の決断をせまるからである。

現在ロシアは国家戦略として北極海航路のシーレーンの制海権を是が非でも獲得しようとしている。制海権を持つものが交易ルールを決めることができるからだ。例えば北極海の航海ルールに砕氷船による先導の義務づけがあるが、これがロシアにとって独占的なものになるか各国に対してオープンなものになるか大きな論点だ。現在はロシアの主導でルール整備進められているが、日本としては本来よりオープンな枠組みを求めたいところである。

国際規格作りは常に国家間の利権争いの場となるのは周知のとおりだ。この時、南樺太、択捉島はオホーツク海の制海権、ひいては北極海航路における交渉を主導する上で絶対に譲れない戦略上の要衝であり、このような認識の下にロシアは日本との平和条約交渉を進めている。しかしながら日本は地政学上の重要な立場にあるにも関わらず、戦略上の決断ができず航海ルールの策定の議論に参加できていない。

日本には、権益を手にするための全ての要素がそろっている


例えば北極海航路の開通を見据えて、択捉島や南樺太を日本の統治下に置こうとするならば、当然周辺海域の安全保障も日本が請け負う必要がある。他方で現実問題として中国対応で南方シフトしている我が国自衛隊に北方方面での軍拡を進める余裕はなく、将来的にこの地域の安全保障を請け負うとなるとある程度の軍拡、防衛費の拡充(GDP1%の制約の突破)も必要となるだろう。安全保障に関する議論をずっとタブー視してきた我が国でこのような本質的な議論は忌避されてしまう傾向があり、それが今の北極海航路開通に対する政府の及び腰な姿勢となって表れている。

他方で現状の中国や韓国の動きは責任ある立場に無いが故に自国の権利を野放図に主張しているといったところで、日本がその有する権利を十分に活用すれば、現状であれば彼らの野望を十分押さえ込めるはずである。

例えば宗谷海峡や津軽海峡周辺では日本は周辺国との摩擦を嫌いあえて領海を3海里に設定しているが、これを通常の12海里に設定すれば日本は日本海とオホーツク海の間に境界を作ることができる。そうすれば中国と韓国の動きを抑えこみ、さらには北極海航路の交易ルール策定に対する発言権も大きく増すはずだ。他方で中国と韓国は大きく反発することが予測される。しかしだからと言って受け身の対応を続けて、周辺国との関係性を自立的に定義しないでいては、日本は何も主張出来ず全てを失いかねない。

日本には北極海の氷を衛星でモニタリングする技術も天候予測をする技術も、砕氷船を作る技術も、海賊対策で培ったシーレーンの安全保障確保に関するノウハウも、強力な事実上の海軍も、権益を手にするためのほぼ全ての要素がそろっている。あと必要なのは「北極海航路を利用して我が国が何を得るか?またそのために各国とどのような関係を築くか?」という戦略のみである。いみじくも今回のセミナーでは、聴衆が求めるものと議題とのすれ違いが表面化してしまった。今後もこのような議論が続くならば、日本は何もせずして全てを失うことになるだろう。そのような事態を避けるためにも、今後は北極海航路の開通に備えた我が国の安全保障上の議論が深まることを望む。もはや安全保障の議論をタブー視する時代は終わりつつある。

(取材協力:日本財団)

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