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【読書感想】女性アスリートは何を乗り越えてきたのか


女性アスリートは何を乗り越えてきたのか (中公新書ラクレ)

女性アスリートは何を乗り越えてきたのか (中公新書ラクレ)

内容(「BOOK」データベースより)

「生理がほとんど来ないんです」(20代体操選手)。減量による体の異変、妊娠、婦人科系の病気、監督による暴力…栄冠の裏でアスリートは、女性特有の悩みとどう向き合っているのか?知られざる彼女らの心身に迫る!女子チームを導いた佐々木、真鍋両監督の対話、五輪経験のあるアスリート3名の豪華鼎談も収録。



安藤美姫さんの「極秘出産」が話題になっていたこともあり、書店でこの新書を手にとってみました。

この新書は、安藤さんの件の後追いではありません。

2011年にサッカーのワールドカップ女子で「なでしこジャパン」が金メダルを獲得したことを契機に読売新聞が「女性アスリートの現状」について取材し、まとめたものです。

ロンドンオリンピックでの女性アスリートの活躍や、柔道での15選手の「告発」など、さまざまな内容が収録されています。

(ちなみに、安藤さんの話は出てきません)


この新書を読んでいて、ちょっと驚いてしまったのは、オリンピックで男女の競技者数が「半々」くらいになったのは、ごく最近である、ということでした。

 ロンドン五輪でボクシングの女子が正式種目に採用され、夏季五輪は男子のみの競技がなくなった。

「この点でロンドン五輪は、間違いなく歴史的な大会になる」

 国際アマチュアボクシング協会の呉経国会長(台湾)は、その意義を強調した。

 国際オリンピック委員会(IOC)によると、近代五輪に女性が初めて出場したのは、1900年にパリで行われた第2回大会。競技はテニスとゴルフで、参加者は12人との説もあるが、IOCの最新の資料では22人。4年後のセントルイス大会はさらに減り、女子の競技はアーチェリーのみで、出場選手はわずか9人だった。


 女子選手の割合が、はじめて10%をこえたのは、第二次世界大戦後の1952年ヘルシンキ大会で、10.5%。

 1964年の東京オリンピックでは、13.2%。

 20%をこえたのは、1976年のモントリオール大会で、20.7%、1996年のアトランタ大会で、30%超となり、34.0%。

 2012年のロンドンでは、44.2%。かなり50%に近づいてきています。

 近代オリンピックの歴史のなかで(古代オリンピックは男性のみで行われていました)、女性選手の割合が急激に増えてきたのは、この20~30年のことなのです。


 しかし、この新書の冒頭で紹介されている選手たちの「オリンピックに出て、活躍するためのトレーニング」を読むと、「そこまでやるのか……」と、愕然としてしまいます。

 体操で五輪出場を経験したある20代のトップ選手は、女性としての発育の不順をひそかに気にしている。初潮が訪れたのは、はたちになってから。

「そこからまたずっとなくて、しばらくしてからまたあって。(月経周期も)なんだか五輪みたいな感じ。内面は子どもなんですよ、まだ」

 疲労骨折も経験しており、不安な様子も見え隠れする。

 月経が不順な原因として考えられるのは、ジュニア時代からの厳しい体重管理だ。体重は日に10回近くチェックする。300グラム増えただけでも、つかめるはずだった段違い平行棒のバーがつかめなくなるからだ。「(約40キロとベストの)体重が決まっているので、そのためには食事を抜かなければならない。高校生の時は、1日1食というのは、しょっちゅうだった」。1日合計で500キロ・カロリーを切っていた日もあっただろうという。

 仮定の話として「五輪のメダルと将来の自分の子どもと、どちらかを選ぶとしたら」と聞いてみた。

「うーん、どっちだろう。変な話だけど、子どもって養子をもらえば、どうにかなるでしょう。だったら、子どもを産めなくなるか、金メダルを取るかって言われたら、金メダルを取ります」

 迷った末に答えた。


 ここまでやっているのか、そして、ここまでやらなければならないのか……

 10代のときは「養子でいい」と思っていても、20代、30代になっても、同じ気持ちでいられるだろうか。

 もちろん、競技によっても、こういう「体重管理の厳しさ」は違ってくるのだと思います。

 それにしても、「300グラム」の差で……

 フィギュアスケートの安藤美姫選手が出産後、「ソチ五輪を目指す」と言った言わないで、情報が混乱していましたが、フィギュアスケートはボールを使った集団競技や格闘技に比べると、体操に近いバランス感覚が求められるはずです。

 妊娠・出産となれば、体重の変動は300グラムどころではなく、ホルモンバランスの変化による体の変化や練習のブランクなどを考えると、安藤選手自身にも「そんなに気軽に『オリンピック』なんて口にできるようなものではない」という気持ちがあったのではないでしょうか。

 この新書には、疲労骨折や子宮内膜症、生理と試合のタイミングをずらすための処置、なども書かれています。

 「女性だからこそ」の問題点がある一方で、こういう話を読んでみると「オリンピックに出場するレベルになると、男女に関係なく『健康のためのスポーツ』なんて幻想なんだな」と思わずにはいられなくなりました。

 いかに、その競技に適合した肉体や精神をカスタマイズしていくか。

「ここまでして、オリンピックで勝てる選手を作り上げなければならないのか?」と疑問になってくるんですよ。

 でも、当事者である選手たちは「どんな犠牲を払っても、オリンピックに出たい、勝ちたい」のです。


 ただし、出産が、競技に対してかならずしもマイナスになる、とも限らないそうです。

 つくば体力医科学研究所所長の内田彰子さんは、こう仰っています。

 内田医師は「妊娠すると、女性ホルモンが増え、筋肉がつきやすく、体も柔らかくなる」と指摘し、旧共産圏がそれを悪用した例として、「わざと妊娠して、堕ろす『中絶ドーピング』もあったほどだ」と語る。一昨年に長女を出産したスピードスケートの岡崎朋美(富士急)も「出産後は下半身を中心に柔軟性が増したようだ」と話す。練習前後のストレッチで以前より体が曲がるようになったのだという。


 「中絶ドーピング」……

 酷い話だと思うけれど、そこまでやっても、勝ちたいと思っている選手たち、勝たせようとしている政府やスポーツ協会も存在していたのです。

 オリンピックで活躍するというのは「人間の常識を超えること」でもあります。

 そして、そのためには「きれいごと」では済まない面もある。


 そういう選手たちの現状に比べると、「応援する側」というのは、お気楽なもの、ではありますよね。

 そこに至るまでの苦労には見向きもせず、結果だけをみて「感動」したり「罵倒」したり。

 巻末の「特別鼎談/競技者であること、女であること」のなかで、陸上(マラソン)の増田明美さんと水泳の萩原智子さんが、こんな話をされていました。

(鼎談のもうひとりの参加者は、レスリングの小原日登美さん)

萩原智子:(シドニー五輪で、メダルを期待されながら、最高4位にとどまり)帰ってからがまた大変でした。「国の税金を使って行っているのに、メダルの1個や2個持って帰らないでどうするんだ」と言われました。


増田明美:どこでですか。


萩原:街です。面と向かって言われて。


増田:そういうの、男性ですね。


萩原:それから、3ヵ月引きこもり。外に出るのが怖いんですよ。ずーっと家で何もしなくて。


増田:私も五輪から帰ってきたときに、空港でいきなり「非国民」と言われた。戦時中にしか聞かないような言葉よね。(それは)1980年代からだと思っていたけど、2000年でもそうなのね。でも、日の丸(を着ける)とは、こういうことなんだと思いました。私もちょうど3ヵ月、会社の寮に閉じこもりました。どうやって、立ち直れたの。


萩原:60歳代の女性からの手紙で救われました。今でもその人に会いたいと思っています。(その女性が手紙に)「萩原さんの200メートル背泳ぎ決勝を見て、60年間1回もプールに入ったことがなかったけど、翌日に近くのスイミング・スクールに入会届を出してきました」と。「今では週に何回も通っています。あなたの泳ぎは美しかった」と書いてくださいました。もうそれだけで救われました。自分が五輪に行って、泳いだ意味が一つでもあったんだなと思えて、うれしかった。



 選手たちのそれまでの努力と節制を想像したこともない人が、「非国民」なんて言葉を、無責任に投げつけてくることだってあるのです。

 それはたしかに「やってられない」だろうなと思います。

 でも、そんな萩原さんを救ってくれたのもまた「一面識もないファンからの手紙」だったんですよね。

 選手を絶望させるのも、やる気を与えてくれるのも「ファン」という存在なのだよなあ。

 

「女性」という枠組みにこだわらず、「アスリートとして生きるということ」についての凄さと難しさの一端がうかがえる新書だと思います。

 

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