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故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか

今朝、テレビ朝日の『報道ステーション SUNDAY』を観ていたら、独立総合研究所の青山繁晴代表が2011年に吉田昌郎所長に呼ばれて福島第一原発に行った時のことを証言していた。

私も同じ番組でインタビュー撮りされて登場していたが、お互いインタビューだったので、当然、私は青山さんとお会いしていない。しかし、番組で流された青山さんの証言を聞いて、「ああ、やっぱりそうだったのか」と思うことがあった。

青山さんの証言によれば、福島第一原発に青山さんを呼んだのは、吉田さんの独断だったそうだ。つまり、「東電本店には無断でやった」のである。当時、激しい東電バッシングの中で、福島第一の内情はまったくヴェールに包まれていた。

吉田さんは、わざわざ来てくれた青山さんに瓦礫と化した建屋などの惨状を「全部撮ってください」と言い、本店との間にトラブルが起きないか心配する青山さんに対して、「いや、大丈夫じゃないです。問題はいろいろ起きますよ。でも、青山さんだったら公開するでしょ。だから来てもらったんだ」と言ったそうだ。

私が、「ああ、やっぱり」と思ったのは、この「東電本店に無断」で青山さんを福島第一の現場に呼び、さらに、「大丈夫じゃない。問題はいろいろ起きますよ」と言い、すべてを覚悟の上で吉田さんがやっていたという点である。

私は、青山さんの証言を聞きながら、吉田さんのある言葉を思い出した。拙著『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)は、吉田さんにインタビューに応じてもらい、ぎりぎりの綱渡りでできた本だった。これまで何度も書いてきているように、私は吉田さんと会うまでに1年3か月もの時間がかかった。

私のようなフリーの人間は、軍団で攻めていく大メディアのようなことはできない。そこで独自のルートを模索せざるを得なかった。自分自身のことを思い浮かべれば誰でもわかることだが、人間には、自分自身に影響力を持つ人間が一人や二人は必ずいる。

幼な馴染や親友、恩師、先輩、上司……等々、その人に影響力を持つ人間が多かれ少なかれ必ずいるものである。私は、吉田さんがどこで生まれ、どこの学校に通い、どういう人生を歩んで来たのか、徹底的に調べた。拙著の中には、そういう方の証言も出ている。それらは、「取材先」であると同時に吉田さんを説得する重要な「役割」を負ってくれる人たちでもあった。

そして、さまざまなルートを辿ってアプローチし、私は1年4か月目にやっと吉田さんに会うことができた。食道癌の手術のあとの病床で吉田さんは私の手紙と本を読んでくれて、その上で、会うことを決断してくれたのである。

しかし、吉田さんは都合2回、4時間半にわたって私の取材に詳しく答えてくれたが、昨年7月26日、3回目の取材の前に脳内出血で倒れ、それ以降の取材はかなわなくなった。

だが、脳内出血で倒れて4か月後に出た拙著を吉田さんは大層喜んでくれた。そして、不自由になった口で「この本は、本店の連中に読んで欲しいんだ」と語られた。

番組での青山さんの証言を聞いて、私はさまざまな人たちと闘った吉田さんは、実は最大の敵というのは、「東電本店ではなかったか」と思った。私も、拙著の取材の過程で介入してきた東電本店(正確に言えば広報部)の存在に、最後の最後まで悩まされた。その対応に神経を擦り減らしながら、拙著はやっと完成した。

いま、吉田さんが「津波対策に消極的だった人物」という説が流布されている。一部の新聞による報道をもとに、事情を知らない人物が、それがあたかも本当のようにあれこれ流しているのである。

私は、吉田さんは津波対策をきちんととるための「根拠」を求めていた人物であると思っている。新聞や政府事故調が記述しているように、「最大15.7メートル」の波高の津波について、東電は独自に試算していた。これは、2002年7月に地震調査研究推進本部が出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解に対応したものだ。

そもそも、これはなぜ「試算」されたのだろうか。これは2008年の1月から4月にかけて、吉田さんが本店の原子力設備管理部長だった時におこなわれたものだ。

それは実に大胆な計算法だった。どこにでも起こるというのなら、明治三陸沖地震で大津波を起こした三陸沖の「波源」が、仮に「福島沖にあったとしたら?」として試算したものである。

もちろんそんな「波源」は福島沖には存在しないので、「架空」の試算ということになる。だが、それで最大波高が「15.7メートル」という数字が出たことによって、今度は、吉田さんは、これをもとに2009年6月、土木学会の津波評価部会に対して波源の策定についての審議を正式に依頼している。

つまり「架空の試算」をもとに自治体と相談したり、あるいは巨額のお金を動かすことはできないので、オーソライズされた「根拠」を吉田さんは求めていたのである。この話は、私は3回目の取材で吉田さんに伺うことにしていたが、その直前に、吉田さんは倒れ、永遠にできなくなった。

いま「死人に口なし」とばかり、吉田さんがあたかも「津波対策に消極的であった」という説が流布されているのは残念だ。しかし、正式に聞くのは3回目の取材の予定だったが、私はそれまでに大まかなことは吉田さんに直接、聞いている。彼が消極的どころか、むしろ積極的であったことを、私は近くある月刊誌の誌上で詳しくレポートさせてもらう予定だ。

しかし、吉田さんが亡くなったことで、事実をそっちのけにして吉田さんを貶めようとしている人たちが現実にいる。吉田さんが本店に無断で青山さんを現場に呼んで真実の“実情レポート”を託し、また、一介のフリーランスのジャーナリストである私の取材に応じたのはなぜだったのか。

拙著を「この本は本店の連中に読んで欲しいんだ」と言った吉田さん。“現場派”の代表としての姿勢を最後まで失わなかった吉田さんの真実に今日の『報道ステーション SUNDAY』の青山さんの証言で触れることができ、私はあらためて惜しい方が亡くなった、という思いを強くしている。

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
門田 隆将
PHP研究所
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