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憲法学者の質も悪くなったものだ。小難しいことを並べるけども、小難しいことを並べすぎて、自分の論理の自己矛盾に気付いていない。 - 2013年05月04日(土)のツイート

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桜宮高校体罰事案に関して

桜宮高校体罰事案に関して、外部観察チームに調査をさせていたが、その報告書が上がってきた。今の教育員会制度の問題点が浮き彫りになり、そして自民党の教育委員会改革では不十分であることも明らかになった。教育の政治的中立性の名の下に制度設計された今の教育委員会制度は欠陥だらけ。

以前から指摘していたように、ガバナンスが効かない組織になっている。委員会と学校との関係は、助言指導の関係。責任者があいまいな無責任体質。今回の桜宮高校の体罰事案についても、教育指導主事が学校長に確認を入れた。その際学校長は体罰事案が発覚することを恐れ調査を拒否した。

教育指導主事も教員。学校長との個人的な関係があり、学校長の調査拒否を認めた。学校長は声を荒げて調査を拒否したと言う。教育指導主事と学校長の関係は何なんだ?もし教育委員会に責任があるなら、教育指導主事と学校長との関係は指揮命令関係になる。学校長は、拒否などできない。

学校長が拒否できるなら、それは学校長に全責任があることになるが、学校長は全責任を負えない。人事権も予算権もない。結局、今回は体罰事案を隠すためだけに、学校長が調査を拒否し、教育指導主事もそれを認めたことになる。この一連の行為によって当該顧問の体罰事案は隠ぺいされ、最後自殺を招いた

自民党の改革案は教育長に責任を一元化することをメインとしているが、教育委員会制度そのものを抜本的に改めなければならない。教委と学校の助言指導関係がと言うものが最悪だ。権限と責任を明確にすれば、指揮命令関係になる。常に教委が指揮命令するわけにはいかない。

ゆえに学校長に権限と責任を負わせる方向で。ただしここと言うときには、教委が指揮命令。教委は全体の水準を測り、当該学校が水準に著しく劣るような場合に介入することになるだろう。そのためには校長人事が肝要。責任を負えるマネジメント能力のある者を校長に就けなければならない。

いずれにせよ、教育委員会制度を絶対的に守ろうとしていた朝日や毎日、そして学者連中は猛反省すべきだ。

憲法改正について

さ、憲法論議が盛り上がってきた。どこもかしこも憲法、憲法。僕が記憶する中では、ここまで憲法論議が盛り上がったことは以前にはない。非常に良いことだ。産経などもぶっ飛んだ憲法案を出して中曽根さんは賛成を表明。僕は反対。いやー、本当に良いことだ。憲法こそが国を形作っている根本なんだから

しかしね、憲法学者の質も悪くなったものだ。小難しいことを並べるけども、小難しいことを並べすぎて、自分の論理の自己矛盾に気付いていない。これは憲法論ではなくて、単純な論理学、いや論理学とも言えない話なんだけどもね。まず96条改正は、改正手続きを「緩和」するのではない。

憲法改正について、国民投票で決着を付けましょうよということ。だってここまで憲法の議論が盛り上がって、色んな意見が出てくる。今のままだと、結局国会議員による発議すらできずに、国民投票まで行かない。何のための議論だかさっぱり分からない。

なぜ今回、ここまで憲法の議論が盛り上がっているのか。それは改正される可能性が高まったから、皆必死になり始めた。朝日、毎日、護憲派と呼ばれる人たちが必死になっている。これはこれで良いこと。ただ最後は国民投票で決着させてもらわないと。日本国憲法の憲法改正手続きの特徴は国民投票だ。

衆参3分の2による発議を2分の1にしたところで、軟性憲法(法律と同じ手続きで変えられる)になるわけではない。国民投票が必要なので、ここが法律と決定的に異なる。衆参3分の2の発議要件を2分の1にしても、硬性憲法憲法であることに間違いない。護憲派と呼ばれる人達は国民投票を軽視している

朝日新聞の石川健治さん(憲法学者)のオピニオンは凄かった。小難しいことを言い過ぎて、肝心要の論理が破たんしてしまっている典型。今の憲法学者って皆こんなのかな。朝日が統治の最重要モデルとする5人や10人の人間の単位では、対話や直接民主制が成り立つのだろう。こんなの夢物語。

そういえば、内田樹氏も、自らが主宰する合気道道場こそが、これからの公のモデルになると公言していたな。日本は1億2000万人の国。ありとあらゆる課題について国民全員で対話して結論を出すなんて、そんなの無理。だから選挙で代表者を選らんで代表者で議論してもらうことにした(間接民主制)。

こんなのは憲法前文を引くまでもなく当たり前のこと。ただ、あえて日本国憲法は憲法改正については国民投票に付すことにした。これは重すぎるほど重い。世界各国の中でも、国民投票まで付す国は少ない。そしてフランスやイタリアは、国民投票を回避できるのは、議員による特別多数決があった場合。

96条改正反対派の主張の根幹は、国民投票は信じられないと言うこと。ところが、フランスもイタリアも、国民投票は議員による特別多数決に匹敵するもの。すなわち国民投票で決定すれば、議員による特別多数決は要らない。それほど国民投票で決めると言うのは重いことだし、それこそ国民主権そのもの。

石川さんは、なんと国民投票を軽く扱っていることか。わざわざ日本国憲法は憲法改正について国民投票を求めているのに、それでもまだ国会議員による議論が重要だと言っている。憲法改正においては、国会は国民投票に出す発議の役割。案を作る役割。普段、政治家は官僚の作った案について決定する役割。

石川さんは、政治家の政治討論の実際をご存知ないようだ。政治家が行政的な議論までできるわけがない。政治行政の議論には2つある。制度の中身の議論と、選択肢の中から決定する議論。日本の政治の場では、まだきっちりと整理されていないが、本来は政治的討論は決定のための議論だ。

ところが憲法改正になると、政治家は国民に対して案を作る役割になる。そして決定は国民が行う。ゆえに、政治家は国民に対して案を出さなければならない。今の96条では、政治家が国民に対して、憲法改正案を出せない。だから変える必要がある。国民投票がきちんとできるようにしなければならないのだ

そして朝日や毎日は論理破綻。原発政策をはじめ、様々な政治課題で朝日や毎日は市民運動を重視。市民運動によるデモによって政治をしろと言う。議員よりも、市民の声を聞けと。その場合には、その市民の声はいっときの熱狂的な声だとは言わない。信用できない声だとは言わない。

ところが憲法改正のときには、国民投票は危険だと言う。完全に結論先にありきのご都合主義。原発政策は、市民運動の声の結論を採用したい。憲法改正においては、国民投票の声を採用したくない。朝日や毎日は、自分の採りたい結論に合わせて、市民運動を重視したり、国民投票を軽視したりする。

これは違う。日本の国の統治の建前は、原則間接民主制。議員による討議によって決定する。市民運動に流されてはならない。しかし憲法で定めるような場合には例外的に、直接民主制を発動する。憲法改正の場面においては、まさに直接民主制で国民によって決しようと言うのが日本国憲法の考え方だ。

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