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突然わが子がガンになる恐怖~小児ガン患者の劣悪な入院環境改善を

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小児ガン患者の入院環境の一例(写真提供:チャイルド・ケモ・ハウス)
小児ガン患者の入院環境の一例(写真提供:チャイルド・ケモ・ハウス) 写真一覧

年間2000~3000人の子供たちが小児ガン発症。多くは原因不明


「はじめは風邪かなと思ったんですが、なかなか治らない。これはおかしいと思い、生後10ヶ月後の次女を大きな病院に連れて行ったら、急性リンパ性白血病と診断されました……。この時、私は白血病が小児ガンであることすら知りませんでした。なぜわが子が突然ガンに?小児ガンの知識もないまま、自分がドラマの世界に放り込まれたような感覚でした。2年の闘病生活の末、次女は亡くなりました」。こう語るのは、萩原雅美さん。今は小児ガン患者を取り巻く環境改善のため、チャイルド・ケモ・サポート基金の事務局長を務めている。

「小児ガン」という言葉を私は知らなかった。小児ガンとは15歳以下の子どもがかかるガンのことを指す。ガンといえば生活習慣が悪いことなどが原因で大人がかかる病気だと思っていた。「子どもなのにどうしてガンに?」と不思議に思う人も多いのではないか。

もちろん今までの日本とは違い、福島原発事故が起き、外部被曝、内部被曝とも国家が野放しの状況で大変な事態になっているため、今後、子どものガンは増える可能性があり、数年後に大問題となるだろう。しかし原発事故の放射能汚染によるガンという原因がはっきりしているならともかく、これまでの小児ガンは発症の原因がよくわからないものがほとんどだという。これといった原因がわからないまま、突然、子どもがガンと診断される恐ろしさ。日本では年間約2000~3000人の子どもたちが小児ガンを発症していると言われている。約1万人に1人の頻度の発症率だ。

わずか2坪の空間に追いやられ母子が何年も過ごす入院環境


ただ幸いなことに以前に比べて治療技術が向上し、小児ガンになったとしてもこの30年間で長期生存率は30%から70%に上がっている。ただ大きな問題がある。入院環境がひどいのだ。「治療技術は向上しているのに、入院環境は30年前と何ら変わっていない」と、ある小児ガン患者の家族は話す。

ひどいというのはとにかく狭いこと。小児ガン患者は体が弱っていて免疫力がないため、他の病気に感染してしまいやすい。このため、隔離が必要になるが、小児ガン患者の専門病棟などない。するとどうなるか。入院病棟の隅の方に2坪程度の狭いスペースに追いやられてしまうのだ。

ガンにかかった子供用のベッドが1つ。家族の付き添い用の簡易ベッドが1つ。もうこれでスペースは埋まってしまう。この環境の中で、何年もの間、闘病生活を送らなければならない。こんな狭い空間に押し込められたら、ガンの前に違う病気になってしまいそうだ。精神衛生上、極めて劣悪な環境と言わざるを得ない。

萩原さんは2年の闘病生活を振り返り、入院環境の問題点について次のように指摘する。「子供が病気で一番大変な時に、こんな狭い空間に押し込められたら付き添う家族が参ってしまう。支えるべき家族が疲労困憊になってしまえば、病気の子供に優しく接することができなくなってしまいます。また、付き添えるのはスペース的に1人だけ。多くの場合はお母さんが四六時中、子供のそばにいることになります。このため、お父さんも兄弟もみんなそろって、病気のわが子と団らんすることができなくなってしまう。完全に家族は分断され、すれ違いが増え、普通に生活していれば起きるはずのない問題までもがどんどん起きてしまう。そんな状況では病気の子供が治る気力さえ失いかねない……」。萩原さんの次女は2歳で亡くなったが、狭いスペースで暮らしていたため、立てるようになったのはたった一度しかなかったという。あとはずっと寝たきり状態。自由に動けるスペースすらないのだ。

病気を治すために入院しているのに、入院環境が悪いからむしろ気力が湧かずに病状を悪化させてしまいかねないのは、小児ガンに限った話ではない。入院経験のある方ならわかると思うが、殺風景な部屋、暗い雰囲気、隣への気遣い、まずい食事、窓側でなければ外も見えないといった状況の中で何日も滞在していれば、治療技術がよくても、肝心の自分自身の気持ちが沈んでしまう。そうなれば治るものも治らなくなる。病棟の壁紙を明るい色のついたものにしたら患者が元気になったとか、外が見える病室に移動したら病状が良くなったとか、そういった話も聞く。小児ガンという重い病なら、なおのこと環境は大事だ。

しかし「小児ガン」という病気自体の認知度が低いため、後回しにされがちだ。萩原さんも闘病生活中は、小児ガン患者は狭い空間が当たり前だし、仕方がないことだと思っていたという。でもわが子を亡くした後、ふと思い返した。「なぜこんな狭い空間に閉じ込められなければならないのだろう?人間的な入院環境を与えられてしかるべきではないのか。そうした環境があれば、患者や家族の苦しみは軽減されるのではないか」と。

小児ガン患者を取り巻く環境があまりにもひどいと思っていたのは、患者家族だけではなかった。小児ガン治療に携わる医師や看護師など、医療従事者も何とかしてあげたいと考えていた。患者も医師も問題の認識があり、どうにかしたいと思っているが、行政はなかなか動いてはくれない。当時、萩原さんの主治医だった小児科医の楠木重範氏(現チャイルド・ケモ・クリニック院長)や大阪大学医学部小児科学教授の大薗恵一氏(現NPO法人チャイルド・ケモ・ハウス理事長)らも協力し、患者家族と医師らが集まり、2005年に研究会を立ち上げ、2006年にNPO法人チャイルド・ケモ・ハウスを設立。小児ガン治療の環境改善のために立ち上がった。

チャイルド・ケモ・サポート基金の事務局長を務める荻原さん

寄付によって 日本初の小児ガン治療専門施設が誕生


萩原さんと同じく、小児ガンで息子を亡くした田村夫妻もNPO法人設立に加わったメンバーだ。現在、チャイルド・ケモ・サポート基金の副理事長を務める田村太郎さんは、お子さんが2歳の時に小児ガンと診断。1年の闘病生活の末、一度は退院できたものの、3年半後に再発。2009年に8歳でお子さんを亡くした。「長い闘病生活を送った経験から、既存の医療制度では小児ガン患者をしっかりサポートするのは限界だと感じた。子どもと家族が笑って暮らせる小児ガン患者のための専門施設を作りたい」と田村さんは考え、チャイルド・ケモで「夢の病院をつくろうPROJECT」をスタートさせた。

プロジェクトの基本コンセプトは、家のような病院。小児ガンの場合、数年にも及ぶ長い入院生活を強いられる。子どもにとっても家族にとっても、いかにも病院といった施設では疲れてしまう。家族とともに闘病生活を送ることができる家のような空間の治療施設ができれば、子どもも家族もストレスが少なくなるのではないかと考えた。 この活動に賛同した手塚建築研究所の建築家である手塚貴晴・由比氏が、施設設計に携わってくれた。家のような病院、寝転べる床、見上げていても飽きない天井、診察室に見えない診察室、冷たくない聴診器、プラスチックじゃない食器、付き添う人がくつろげるソファベッド、24時間家族が滞在できる部屋など、患者家族と医師らの要望を盛り込んだ「夢の病院」の青写真ができあがった。

ただ問題は資金。ざっと見積もっても10億円は必要になる。しかしチャイルド・ケモのメンバーはあきらめることなく、寄付で資金を集めようと活動を始めた。この夢のような病院「チャイルド・ケモ・ハウス」が寄付によって兵庫県神戸市に2013年3月に完成した。

土地については神戸市が無償で提供してくれることに。建物の総事業費約7億円のうち約5億2000万円は大口の寄付によってまかなうことができた。うち約3億円は日本財団の寄付プロジェクト「TOOTH FAIRY(トゥース・フェアリー)」によるもの。「TOOTH FAIRY」とは日本財団が主催・運営し、日本歯科医師会が協賛。全国約5000の歯科医師が役目を終えた歯科撤去金属を提供し、歯科金属に含まれている金、銀、パラジウムなどの貴金属を資金化。日本財団が社会貢献活動に寄付している。今回その中から約3億円がチャイルド・ケモ・ハウスの建設費に拠出された。

日本財団の理事長、尾形武寿氏は「ボートレースを中心とした収益資金だけでなく、日本に幅広い寄付文化を根づかせたいと考え、10年前から様々なプロジェクトを行っている。その一環がTOOTH FAIRYだ。今回、寄付させていただいた小児ガン治療の専門施設など、既成の枠組みでは解決しにくいに問題について支援を行うことで、社会問題に一石を投じたい。また寄付によって社会問題が解決できる文化を作っていきたい」と話す。

「TOOTH FAIRY」チームリーダーで日本財団の長谷川隆治氏は、田村さんのお子さんが小児ガンになる前から田村さんと面識があった。NPO法人チャイルド・ケモ・ハウスへは広報活動の支援などを行っていたが、10億円の施設建設の話が出た時に「さすがにこれほどの金額となると支援するのは難しい」と思っていたという。しかし同い年の田村さんが現実には難しいと思える問題に精力的に活動しているのを見て、なんとかしたいと考え、「TOOTH FAIRY」の枠組みを活用し、今回の支援が実現した。「TOOTH FAIRY」に協賛している日本歯科医師会の常務理事、柳川忠廣氏は、「日本の社会保障制度上、陽が当たらない小児ガン問題について、持続性のある支援活動をしていきたい」と語る。

約2億2000万円の寄付とともに、チャイルド・ケモ・ハウスの施行に関わったのが積水ハウスだ。積水ハウスの代表取締役社長兼COO、阿部俊則氏は、「重量鉄骨を使った開放感のある造りや、化学物質を低減した空気環境配慮仕様『エアキス』を採用することで、小児ガン患者や家族の方が快適に暮らせるよう配慮した」と話す。

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