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日本国憲法ことのは草案

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エイプリルフールである。うそをついてよい日である。

しかし、世の中にはとにかく「ウソをついて担ぐ」ということが嫌いな人がいて、たわいもない、しかもウソだとばれるように書いた記事に本気で腹を立ててくる人もまれにいる。ごく少数派だが、それは疲れる。

なので、エイプリルフールには「ホラを吹く」ことにした。大ボラなら「ウソで人を担ぐ」と非難されることもあるまい。

今回は大きなホラを吹く。日本国憲法改正草案である。ホラであるから、本気でこんなものが採用されるとは思っていない。しかし、こんなふうになったらおもしろいんじゃないかと妄想することは許されるだろう。

まあ、ホラであるから目くじら立てて批判してこないでいただきたい、という気持ちも込めて、本日公開する。もちろん、全文ではなく抜粋である。



日本国憲法ことのは草案


前文

 「和をもって貴しとなす」――いわゆる「十七条憲法」の第一条の冒頭である。日本という国号が生まれた時期に作られ、「憲法」という文字を初めて冠した「十七条憲法」は、現代の「憲法」とは異なり、人々の心構えを説いたものであった。今の言葉であれば「十七条の規範」というべきであろう。

 古来の名称である「ヤマト」に、当時の人々は「大和」の漢字を当てはめた。「和」の概念が極めて尊重されていたことがわかる。それはいわば「日本」の理念の根本であるといえよう。  和とは、異なる他者を排除・排斥せず、ともに調和し、お互いに理解し合おうという思考である。それは、性別や出身、身分などのみならず、血筋や国籍の違いすらも乗り越える思考でなければならない。「和をもって貴しとなす、ただし○○は除く」という除外規定を十七条憲法は有さない。敵を増やすのではなく、和の対象を増やす思考こそが、大いなる和なのである。

 我々現生人類は、わずか五万年まえに共通の祖先を有する。我々現生人類の祖先は、いくつかのグループに分かれてアフリカから世界各地に散っていった。現生人類は一つの種であり、現生人類の中に「人種」差は存在しないというのが現在の科学の結論である。他の人種、たとえばネアンデルタール人などは、我ら現生人類の祖先が滅ぼしたのだった。現在の地球上に生きる我ら現生人類はすべて共通の兄弟姉妹である。一方で様々な環境の中にあって多様性を生み出した。その多様性、違いに優劣も善悪もない。ただ「違う」のであり、あとは個々人に「なじみが深い/浅い」とか、個々人がそれらの中から「どれを選び取るか」があるだけなのだ。

 その多様な人類社会の中に、日本という地域がある。旧石器時代にも縄文時代にも、多種多様なグループが極東の列島地域にたどり着いた。その結果、縄文時代にはある程度の文化を共有する多様な人類グループがこの列島の範囲に住んだ。ただし、今の日本国の領域全体に縄文人という一つのグループがいたと考えるのは、現代の国境に惑わされた幻覚である。

 その後、中国江南地方の文化を携えてきた弥生人が列島に大きな変化をもたらした。その後も多種多様な人々が極東のこの列島にやってきた。

 「日本」という国号が生まれ、「天皇」という称号が生まれたとき、日本の範囲は関東地方から九州までの範囲であり、それ以外は日本ではなかった。そもそも、ヤマトが日本という国号を使ったのは、当時の文化的中心であった中華文明に対して、この辺境にも文化的国家が存在することを示そうとするためのものであった。その証拠に、「日本」をニホンと読もうがニッポンと読もうが、音読みである。すなわち、日本とは中国の発音による命名であり、中国へのアピールのために作られた国号であった。日本書紀も同様に中国人が読めるように編纂され、一方で国内向けに古事記が編まれたのである。

 その後、異民族を征服して少しずつ「日本」は拡大していった。そして、周辺の文化を取り入れて自らの文化に変えていくという、混淆から熟成を経て独自性へと変えるクレオール型文化を育て上げていった。

 日本は確かに一つの「国」でもあったが、その中に八十八の「国」も存在していた。近代以前においては、「日本」は「天下」とほぼ同義であり、天下統一とは本州・四国・九州を制覇することだった。そこにまだ琉球や蝦夷は含まれていない。朝鮮や唐国や天竺や南蛮は、天下の外、もしくは別の天下だった。

 日本国の意味が現代のようになったのはわずか150年前、幕末維新期のことである。水戸学が西洋の一神教の概念を導入して天皇の定義を大きく書き換え、それに基づく薩長藩閥政府が近代的な「国家」概念を、あたかも古来の伝統であるかのように伝統偽装して、「国」や「国民」「臣民」といった概念を植え付けた。

 ちなみに、ここで「伝統偽装」という言葉を使ったが、決してこの前文自体が「古いものの方が伝統的だから新しいものを否定している」と理解してはならない。伝統偽装とは「古いものの方が権威がある」と考える傾向が一般的にあることに乗じて、「実際よりも古いものと見せかけることで権威を与えようとする」という詐術のことを指している。

 明治国家はまず、近代国家的な「国境」の概念を明確に取り入れ、その課程でこれまで日本ではなかった蝦夷地・琉球国を日本に組み込んだ。近代以前の国家では、近距離で接しているときをのぞいて、国境というものは実に曖昧なものであったが、ここ百数十年間のうちに地球上はジグソーパズルのごとく完全に分割され、地球上すべての地点の所属について一つまたは複数の国家が所有を主張する、もしくはどこにも帰属しないという明確なラインが引かれることとなったのだ。

 富国強兵・殖産興業を訴え、明治政府は国が一体化することを求めた。それは常に「欧米列強の植民地にならないようにする」という言葉とセットにされる。確かに当時の帝国主義の時代にあって、近代国家概念を取り入れて富国強兵に励むことは必要だったのだろう。

 だが、もはや時代は変わった。交通機関の発達はめざましく、人とものの移動が全世界的に拡大しただけでなく、グーテンベルク以来とも言われる情報革命が20世紀末から急速に進展した。それはグローバル化の流れを生み出し、近代国家概念による「国内のみの利益をはかる政治や意識」も「国境によって分けられた国籍」といったものを無効化しようとしている。もちろん、グローバリゼーションというものが地域の個性を奪うことになれば、それは悪しきグローバル化と言わねばならぬ。ただ一つの価値観が強制されるのであれば、グローバル化は人類に不幸をもたらすだろう。しかし、全世界が直接つながる中で文化多様性を維持しつつボーダーレス化が進んでいくのであれば、それは人類の新たな時代を切り拓くことになる。

 そう、5万年前に同じ祖を持っていたが、その後世界中に散らばって多様性を高めてきた現世人類が、その多様性を多様性として保ちつつ、一つの集団としての意識を持つ時代がやってくるのである。人の決めた図の上にしかない、人の脳内にしかない「国境」なるもので分断された人類が、再び結びつく時代がやってくるのである。自分自身のアイデンティティーを国家や民族という仮構のものに依拠しつづけようとする人たちはまだ多いが、そのような時代もまもなく終わりを告げるだろう。

 つまり、グローバル化の波の中で、近代国家の賞味期限は終わろうとしている。いや、消費期限を終えたにも関わらず後生大事にしがみつくことによる弊害が極大化しつつある。

 いま、この「憲法前文」という形で、近代国家ひいては国家の憲法そのものの存立意義を否定するような理念を述べるのは確かに矛盾しているが、それが過渡期というものである。

 この憲法をもって、日本国民は、国家・国籍・国境といった枠組みにとらわれず、すべての現世人類を同胞として、常に「和」の精神、すなわち利他の精神をもって接し、「国益」という偏狭な視点を捨てることを目的とする。その最終目標は、近代国家観を地球上からなくすことである。それは当然、地球上から日本国という政体が消えることを意味する。しかし、もちろん、それは他国に征服され蹂躙されることを目的とはしないし、他国の領域に組み込まれることには全力で抵抗する。地球全体が一つの集団となり、その中のすべての人が多数派・少数派に関わらず尊重される状態を目標とするのである。

 我々は今、近代国家のくびきからまっさきに逃れようとしており、それに多大な貢献をなそうとしている。それこそが、かつて「日本人」と呼ばれた集団の偉業として語り継がれる未来を生み出すことこそ、日本国の最後の「国益」となるべきである。

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