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さりげなく安倍晋三の出自を攻撃する朝日

 3月18日付け朝日新聞朝刊の天声人語。
 「占領は終(おわ)った。六年八カ月間の長い長い占領は終った」と1952(昭和27)年4月28日の小欄は筆を起こしている。末尾は「占領よ、さようなら」の言葉で締めくくった。独立という、戦後の新しいステージへの静かな高揚が伝わってくる▼サンフランシスコ平和条約が発効したその日、日本は主権を回復した。同時に沖縄、奄美、小笠原は本土から切り離された。沖縄ではその後20年にわたって米軍統治が続くことになる。「屈辱の日」として記憶されてきたゆえんである▼平和条約をめぐって、国論を分かつ議論が起きたのはよく知られる。東西の両陣営と講和するか、米国など西側だけとの講和か、である。世論は沸騰した。しかし「日本」とは本土だけを指し、沖縄は忘れられていた▼それから61年、「主権回復の日」の式典なるものを政府が初めて行うそうだ。沖縄から反発の声が上がったのは当然だろう。復帰後も基地は集中し、治外法権的な地位協定は残る。今なお「占領よ、さようなら」と言えずにいる人は少なくあるまい▼「日本には長い占領期間があったことも知らない人が増えている」と安倍首相は言う。その通りだろうが、4・28は沖縄などを「質草(しちぐさ)」にしての主権回復だった。沖縄では日の丸も自由に掲げられなかった▼安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、沖縄への想像力を持たずしてこの日は語れない。万歳三唱で終わるなら、やる意味もない。
 末尾近くの、
「安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、」
唐突なこの一節は何だろうか。
 この流れでこんな話を持ち出す必要があるのだろうか。

 いや、筆者の意図はわかる。
 安倍晋三が岸信介の孫であることを改めて思い起こさせること。
 その岸信介はA級戦犯容疑者として拘束され、釈放された後も主権回復までは公職追放されていたことをも思い起こさせること。
 まるで祖父の公職追放解除を祝いたいのだろうと言わんばかりだ。

 こんな下衆な文章を大新聞の1面コラムに載せていいのか。「天声人語書き写しノート」なるものも販売されているというのに。
 あるいは、こんな下衆な文章が書けないと大新聞の論説委員は務まらないのか。

 同じ日の夕刊のコラム「窓 論説委員室から」は川戸和史が「満州国と安倍バブル」と題して次のように述べている。
〔前略〕東大教授の安富歩さんは、バブル経済と満州事変などの戦争が似ていると指摘してきた。
 「安倍バブル」に1980年代のバブルの熱気はないが、今の閉塞感はむしろ事変の当時により近いかもしれない。安富さんに聞いた。

 「社会の倫理が崩壊して暴走の歯止めを失うプロセスはバブルも戦争も同じなのです。過ちを犯さないためには、政治家が本質的な問題は何かを国民に率直に訴え、ごまかさずに正面から取り組むことです。しかし、往々にして政治家は話をすり替えて国民に安易な逃げ道を示し、大失敗する。満州国は新興財閥を動員して大陸に王道楽土を建設すると、良いことずくめの話でしたが、結果は破滅的な損失でした」 

 満州国を取り仕切った一人が安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相であったことはさておき、アベノミクスも一歩間違えば政府の誘導と民間の依存心の悪循環を生む危うさが漂う。

 「既得権益を破って成長産業を育てるという真の課題から逃げ、脱デフレの期待をあおるのでは、逆に問題を悪化させます」と安富さん。

 気をつけよう、王道楽土の甘い期待は高くつく。
 祖父が取り仕切った満洲国は破滅したから、「安倍バブル」もわが国を破滅させるおそれがあると言わんばかりである。
 満洲国が破滅したのは必ずしもその構想自体が誤っていたからではなく、もっと別の要因によるものだと思うが。

 朝日には、安倍首相と戦中・戦後の歴史をセットで語る時には、必ず岸信介に触れなければならないという決まりでもあるのか。
 しかも、「それはともかく」「であったことはさておき」と、あたかも本筋ではなく、ただちょっと触れてみただけという逃げの姿勢がまたいやらしい。

 こういうことを言うと、いや安倍は自ら岸の孫であることをウリにしているのだから、岸の負の面も継承すべきであるといった反論があるのだが、私はそれはおかしいと思う。

 本人が自分の出自や祖先を語るのはよい。自分にまつわることであり、その発言の責任は自分がとればよいのだから。
 しかし、他人が、ある人の出自を、その人を批判する材料として用いるのはよくない。
 何故なら、人は親を選べない。先祖が行ったことは本人の責任ではない。
 その人の責任ではないことで、その人を批判するべきではないと思うからだ。

 誤解しないでいただきたいのだが、私は公人の出自を全く明らかにすべきではないと言うのではない。
 公人が、出自はもちろん、家族や学歴、職歴、趣味嗜好、交友関係など、ある程度プライバシーをさらけ出さなければならないのは仕方ない。それがその人物を判断する材料に成り得るからだ。
 しかし、本人のあずかり知らないことや、本人ではどうにもならないことを、本人を批判する材料として用いるのはよくない。それは、アンフェアだからだ。

 安倍晋三が岸信介の孫であること。岸信介が満洲国を取り仕切ったこと。A級戦犯容疑者として拘束され、釈放後も主権回復まで公職追放されていたこと。

 これらはいずれも安倍本人にはどうしようもないことである。その人自身ではどうしようもないことを、その人を批判する材料として用いるべきではない。

 主権回復の日に疑問を呈すのに岸信介に触れる必要はないし、満洲国と「安倍バブル」を論じるにしても岸信介に触れる必要はない。上で引用した2記事は、いずれも岸信介の箇所がなくても成立するものだ。それを敢えて触れるというのは、それによって安倍政権にマイナスのイメージを与えようという意図があるからにほかならないだろう。

 公人の出自をもって、公人本人を批判する人に対しては、ではその批判者自身の出自はどうなのかと問いたい。
 批判者自身の先祖はどうなのか。戦中・戦後はどう過ごしたのか。一族郎党はどのような人物なのか。
 そうした点を明らかにしないまま、立場上プライバシーを明らかにせざるを得ない公人の出自をもって、その公人を批判するとすれば、それはフェアとは言えないのではないか。
 暗闇から石を投げるようなものではないか。

 半年ほど前に、朝日新聞社の子会社が発行する雑誌が、「出自を根拠に人格を否定するという誤った考えを基調とし、人間の主体的尊厳性を見失っている」記事を載せて問題となり、朝日新聞社自身も「前例のない深刻な事態として、非常に重く受け止めています。差別を許さず、人権を守ることは朝日新聞社の基本姿勢であり、」「この基本姿勢を当社内にも改めて徹底する」と述べているのだが、どうも全く懲りていないように見受けられる。

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