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フランスの同性婚法制化に政治の普遍をみる 吉田徹

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バレンタインデー間近の2月12日、「みんなのための結婚」と呼称されていた法案がフランス下院で採択された。法案の正式名称は「同じ性別のカップルの婚姻を可能とする法律」。同法案は今後上院で審議されるが、与党が多数派の元老院でも可決される公算は高い。法案が成立した後、その合憲性が審査されることになるため予断は許さないが、もし法制化されればフランスでも同性同士が法的な婚姻関係を取り結ぶことが可能となり、さらにそのカップルが養子を迎える権利も認められることになる。アメリカの少なくない州で同性結婚が認められ、オバマ米大統領が同性婚を支持する発言を行い、ヨーロッパでもベルギー、オランダ、ノルウェーといった国々では同性婚が法的に可能になっている。フランスもこの大きな流れのなかに含まれることになるだろう。



伝統的な婚姻制度は、個人の「属性」にもとづく法律上の「差別」を温存した制度だ。フランスの今までの法がそうであるように、そして日本国憲法でそう記されているように、つまるところ結婚とは、男性と女性とのあいだだけで成立するものとされてきた。しかし、近代という時代が個人のさまざまな「属性」からの「解放」を求める原理であり、もっといえば、民主主義が「属性」からの「解放」(それゆえに成人であれば政治に参加する資格は自動的に与えられる)と「包摂」(共同体の一員であるかぎり制度の恩恵を被る権利がある)を目指すものであるかぎり、同姓婚が近代民主制の原理に添うもののひとつであるとみなすことは間違いではないだろう。あるいは、結婚のための資格基準に「性」ではなく「愛」が据えられることは、政治的にも社会的にも大きな意味があるように思える。もちろん、こうした個人の解放の原理は、機械的に制度化されるものではなく、それぞれの時代と国の文脈によって初めて実現するものである(だから国によって制度化のばらつきが存在する)。ここでは、フランスではなぜ同性婚が法的に認められるようになったのかを、政治的な次元から説明をしてみたい。



■同性婚法の前史

もちろん、フランスの同姓婚法制化の動きに文化的な素地があったことは否定できない。たとえば、文化トレンドの発信地であるパリのマレ地区や新オペラ座の裏にあるバスチーユ地区に行けば、レインボーフラッグ(LGBT歓迎のサイン)を掲げたバーや居酒屋がたくさんあることに気づく。夏には、セーヌ河畔で甲羅焼きをするゲイが眼に入るが、夏の風物詩「パリ・プラージュ(パリの浜辺=セーヌ河畔に砂場を敷き詰めた遊技場)」は、ゲイであることをカミングアウトしたドラノエ市長のイニシアティヴで実現したものだ。

ただし、リベラルな社会がそのままリベラルな制度を生み出すとはかぎらない。「フランスだからさもありなん」といった類の文化還元主義に陥ってしまえば、保守的な社会ではリベラルな制度を生み出すことはできないという運命論に埋没することになってしまう。だからこそ、政治的な対立の変遷とその対立の場をめぐる闘争を可視化する必要があるのである。

フランスで同姓婚が政治的アジェンダとなった直接のきっかけは、1990年代後半に求められる(もう一点、重要な要素として1968年の学生・労働運動を機に生まれたいわゆる「68年世代」のムーヴメントがあるが、ここでは紹介しきれない)。このとき、保守シラク大統領が議会を解散したものの、経済緊縮を嫌った国民が議会多数派に選んだのは最大野党の社会党であった。

1997年に誕生したこのジョスパン政権(1997~2002年)が成立させた目玉法案のひとつが「PACS(市民連帯協約)」だ。同法の趣旨は、協約を結んだカップルには届出婚と同じ市民権(相続権や税控除)が認められるというものだったが、ホモセクシャルのカップルにも権利が与えられることから、保守派は既存の婚姻制度を貶めるものと猛反発した。しかし、その後、同性愛者のみならず、一般市民にも同制度が広く利用されることになり現在では、届出婚とほぼ同数のPACSのカップルが誕生、それも9割以上が異性間のものになっている。

今回の同性婚をめぐって、世論の約6割が肯定的な意見だが、これはこのPACSという経験値があったことが大きい。事実上の同性婚があっても、それが保守派の主張のように、既存の家族の崩壊や社会秩序の変化にはつながらなかったことが証明されたからである。そうした意味では、今回の同性婚を認める法案で論争的なのは、同性同士による養子縁組を可能にしたことにある。世論はこの養子縁組については是非が二分されている。しかし婚姻を認めておきながら、子どもを持つ権利を論理的に否定することはできない。



■欧州左派の変容

フランスではもともと事実婚が一般的であり、離婚手続きが煩雑なためにPACSが定着したという事情もあるが、留意すべきは、当時のジョスパン政権のおかれていた時代状況である。

90年代後半は、イギリスの「ニューレーバー(新しい労働党)」と「第三の道」が注目を集めたように、欧州社民の刷新の時代でもあった。この時代に生まれた社民は、大まかにいえば、経済政策では新自由主義に、社会政策ではよりラディカルになる方向へと転換した。ブレア政権が「人間の顔をしたサッチャリズム」などといわれたように、このときの社民政党はポスト冷戦の状況が一巡したことで、経済政策では市場主義を完全に受け入れ、グローバル化に棹差すことを目指す一方、保守政治に対する新たな対立軸として社会・文化政策でより尖った争点に特化していった。フランスのジョスパン政権でいえば、ユーロ導入に伴う緊縮策を認め保守政権以上の民営化を進めつつ、他方では上述のPACSのほか、「パリテ(男女同権法)」や「普遍的疾病保護(CMU)」、「週35時間労働制」など、いくつかの革新的な法律を策定していった。

簡単にいえば、この時代に社民主義勢力は、それまでメインとされていた経済政策の対立軸づくりを放棄し、左派らしさをアイデンティティおよびライフ・ポリティックスに求めることになったのである。それは、旧来の社民が限界を露呈したことで新自由主義が誕生し、グローバル化を追認せざるを得なくなったとき、では左派としての基盤や動員資源をどこに求めるのかという切実な問いの結果、生まれたものだった。

政治学者キッチェルトは、80年代以降の政治社会で、それまでの「資本主義―社会主義」の対抗軸に加えて、「リバタリアン-権威主義」の対立軸が勃興していると指摘し、個人の自律性やジェンダーの役割変化などを重視するクラスターと、反対に父権主義や社会的同質性を重んじるクラスターの二分化が進んでいることを実証した(H.Kitschelt,The Transformation of European Social Democracy,1992)。そしてリバタリアンの極に近い人々は、総じて高学歴で専門職に従事しており、反対に権威主義の軸には低学歴で肉体労働に従事する人々が多いことを証明した。

簡単にいえば、脱工業化が進んで人々の意識は党派性や支持政党というよりは、むしろ自己の社会的な関係性のなかで価値観を育むようになる。したがって、既存の左派政党も、再分配の次元だけではなく、環境、科学技術、健康保健、女性問題といった「文化的消費」の次元の拡大に対応せざるを得なくなったのである。実際、多くの西欧諸国においては、社民政党が「左派リバタリアン」の軸に接近する一方で、極右政党が労働者階級・低学歴若年層に支持されるという構図がほぼ確定的なものになってきている。こうした広義の政治的対立軸の変容を抜きに、今回の同性婚法制化の動きは理解できない(この時代の政治的変化については、たとえば小野耕二『転換期の政治変容』日本評論社、賀来健輔・丸山仁編『政治変容のパースペクティブ』ミネルヴァ書房などを参照)。



■政治のみが持つ力

この度下院で可決された同姓婚法は、2012年に選出された社会党候補のオランド大統領の公約にあったものだが、オランドもまた、経済危機の最中にあって、経済財政政策での緊縮路線を明言する一方、安楽死や障害者支援の法定化、違法ダウンロード罰則廃止などを約束して、支持者をつなぎとめようとした。これは、高齢者に支持者の多い保守派候補サルコジに対して、若年層からの支持調達の戦略でもあった。これも、キッチェルト世代間の対立が政党政治の次元においても重みを増すことになるという指摘と合致する。

現在の社会党とその他左派の連立与党の特徴は、たとえば閣僚人事にもみられる。オランド大統領のもとでのエロー政権は、閣僚数を男女半数とし、アジア系(韓国)を含む移民出身の政治家を登用、世代も下は34歳、上は69歳と、それ自体が左派リバリタリアン的価値を体現するものになっている。同性婚法の直接の所轄大臣となり、実現を精力的に進めているのは、クリスチアーヌ・トビラ国璽相という、仏領ギアナ出身の政治家である。彼女が無所属から社会党議員団に加わったのはやはりジョスパン政権のときだが、2002年に奴隷貿易が人道に対する罪とする法案を成立させたことで、その名が知られるようになった。2012年に閣僚入りしてからもセクシャル・ハラスメントを処罰化の方針を言明するなど、やはり社会的争点を重視する姿勢を示している。

冒頭で指摘したように、政治とは社会的コンセンサスのたんなる反映ではなく、あり得るべき社会をどのように実現するかについての想像力であり、手段のことである。紹介したドラノエ氏は、「政治における闘いは、言ってみれば道徳を問う闘いであるに違いない」と言い、「その時々の現実から生まれ、何よりも心を動かされる問題と対峙する時ほど民主主義が力を発揮することはない」と主張している(八木雅子訳『リベルテに生きる』ポット出版)。もちろん、フランスでも同性婚法への反対が少ないわけではない。リバタリアン的価値が定着しているのは、パリといった一部の大都市でしかない。それがまた、新たな中央と地方の対立軸を生んでいく。しかしだからこそ、新たな時代にあって特定の文脈を抽出し、それをいかに普遍化していくのかの努力が政治という営みにつながっていく。同性婚の法制化に普遍的な何かが見出せるのは、そこに政治だけが持つことのできる力が宿っているから、とするのは言い過ぎだろうか。

吉田徹(よしだ・とおる)1975 年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、日本貿易振興機構(ジェトロ)を経て東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学法学研 究科/公共政策大学院准教授、仏EHESS連携研究員およびニューヨーク大学客員研究員。専攻はヨーロッパ比較政治、フランス政治史。著作に『ミッテラン 社会党の転換』(法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(NHKブックス)、編著に『ヨーロッパ統合とフランス』(法律文化社)など。

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