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金融政策は、国民の”可能性”を広げる政策である―片岡剛士氏インタビュー前編

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BLOGOSが「知」のプラットフォームSYNODOSとタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。

自民党総裁である安倍氏が首相に就任して以来、その経済政策「アベノミクス」が注目を集めている。なかでも「次元の異なる金融政策」をめぐっては、賛否両論様々な意見が寄せられている。その政策の内容と、金融政策が好景気を導くメカニズムについて、三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員の片岡剛士氏に話を聞いた。(取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)

インフレが給料に好影響を与えるまでにはタイムラグがある


―金融政策によってインフレになると、通貨の価値が下がって、物の価格が上がるわけですから、実質賃金が下がることになります。また、ワイドショーなどでは、原油価格の上昇や輸入品の値上がりに悩む主婦の方の声が紹介されたりします。インフレと好景気の間には、どのようなメカニズムがあるのでしょうか。

片岡剛士氏(以下、片岡):まず、インフレと景気回復や賃金上昇といった現象の間にタイムラグがあるのは事実です。ただ過去15年程、食料やエネルギーの国際価格が一時的に上昇したことでインフレ率が上昇した場合を除くとマイナス1%からゼロ%近傍のデフレが生じている状況から2%程度のマイルドなインフレ率が安定的に生じるという状況へと変わるのは、景気が回復し、失業率が改善し、さらに賃金が緩やかに上昇していくような形にならないと難しいでしょう。

金融緩和政策はどのような形で2%程度のマイルドなインフレ率と好景気をもたらしていくのでしょうか。今回のように、安倍首相が2%のインフレ目標政策を含む政策パッケージを打ち出すことで、これまでとは異なる大胆な金融緩和策が将来行われ、デフレから脱却できるのではないかと人々が期待すると、まず為替や株価といった資産価格が上昇します。これは昨年の11月14日に当時の野田首相が解散に言及し、安倍総裁が積極的な金融緩和策の実行を言及しはじめた以降の為替レートと株価の動きを見れば一目瞭然でしょう。

そして為替レートが円安になれば、一定期間を経て輸出が増えていきます。株価が上昇すれば企業の資金調達が容易になる上に、保有資産の額が増加するわけですから企業としては利益の見通しが立ち、懐具合が暖まってくることになります。企業業績が好転しつつあるという報道も最近目にするようになりました。こうした動きが、一定期間を経て賃金に回ってくるというのが典型的な一つの流れです。

ただ現在は、失業率がある程度高止まりをしていて、賃金も上がらないという状況です。企業が、「景気回復は一時的なものでまた元に戻ってしまう」と考えるのならば、人手が必要であっても容易に新たに人を雇おうとはしないでしょう。むしろ人手が足りないのであれば、現在雇っている人の労働時間を増やしたりするでしょう。また景気が悪化から好転していく初期のタイミングでは、それまで不景気で職を探すのを諦めていた人々が職を探そうとする動きも生じます。こうした動きがあって景気の回復に遅れる形で失業率の改善が生じていきます。

そして、景気回復に伴い失業率が改善していくといっても、大多数の人々の賃金上昇にまで結びつくには時間がかかります。失業率の回復は、今失業している方が職を得る、あるいは非正規雇用の方の待遇が良くなるという形で、徐々に徐々に一番困っている方から改善していくと考えられます。今までと同じ賃金水準で新たに人を雇うのが難しくなると、今度は既に働いている人の賃金を上げることで待遇を改善しないと企業はより働いてもらうのが難しくなります。ですから、いわゆるサラリーマンの方の賃金がすぐに上がるかというと、そこまでにはタイムラグがあるでしょう。

また、確かに円安になると円ベースでみた原油価格が上がるといった現象が生じますが、日本の場合は輸出企業が主体です。生産性が高い産業という意味でも、自動車などの輸出関連企業の影響力は未だ健在です。輸送機械産業、電気機械産業といった産業の特色は、製品を作るために必要な様々な部品や機械を他の企業・産業から多く調達しているという点です。ですから、円安が進むことで輸出企業が売り上げを伸ばし、利益を上げれば当然その影響は他の産業にも及びますし、大企業のみならず中小企業にも波及していきます。

当然、円安が進めば海外からの輸入製品と競合している国内産業にとっても恩恵は大きいですね。確かに円安によるマイナスの効果もあるので、それによって悪影響を被る産業もあります。ただし日本経済全体で言えば、このように円安によって悪影響を被る産業よりも恩恵を被る産業の比重が高いため、日本経済全体としては良くなっていくということだと思います。

―断定的な言い方は難しいと思うのですが、実際に給料が上がるというような効果が現れるまでにどの程度の時間が掛かるものなのでしょうか?

片岡:早くて大体1年~1年半程度といった所ではないでしょうか。まず生じるのは、”今現在”インフレになるのではなく、「将来インフレになるだろう」という予想です。

経済のプレーヤーは予想に基づいて行動します。近い将来、今よりもお金の価値が低くなっていくと予想すれば、お金をお金のまま持ち続ける、もしくは即座に現金化でき、金利の低い資産に投資するのではなく、高い利回りの資産への投資や、株式のように価格変動が激しい資産への投資を進めるようになります。さらに将来インフレになるという予想が強固になれば、今欲しい商品を買うことが得になります。こうして商品を買うという行動を起こし始めるのです。

行動を起こし始めると、一定のタイムラグを経て、実際に売り上げや利益の増加という目に見える結果が出てくる。その結果を見れば、「景気が良くなったな」という実感が生まれるわけですから、この調子でいけばもっともっと景気が良くなるのだ、という形で人々の期待が膨らんでいく。膨らんでいくとまた需要が出てきて、それによって売り上げがどんどん増える。

先程の質問の答えの繰り返しになりますが、需要が継続的に増加していくと、いつか生産が追いつかなくなり、人手が足りなくなって企業は新たに雇わなければいけなくなります。今までであればすぐ人を集めることができたけれども、もっと良い条件を提示しなければ雇えないという状況が色々な産業で生まれれば、賃金の上昇につながっていきます。賃金が上がれば当然所得が増えるわけですから、「これからインフレになっていくのであれば、もっと物を買った方がいいのだ」という話になり、それが更に需要を後押ししていく。予想ではなくて実際にインフレ率が上がる。こうして物価が上昇に転じつつ景気が上向いていくのです。

―金融政策に対する反論として、円安・株高になり企業の財務内容に余裕が出てきたとしても、国内に需要がないため生産は増えず、銀行もニーズがないので、貸し出しも増えない。よって好景気につながらないというものがあります。この点については、いかがでしょうか?

片岡:確かに即座に銀行の貸し出し額が増えるといった状況は起こりにくいと思います。

例えば80年前の昭和恐慌の日本や世界大恐慌の時のアメリカもそうだったのですが、インフレの予想が生じて、それが現実のインフレ率の上昇へと転換する過程では、当初銀行の貸し出しは増えないのです。その理由は、企業が多くの内部留保を抱えているからです。

つまり元々需要がない状態から需要が緩やかに増えていくので、当初企業は自分の財布にあるお金を使って投資をし、銀行からの貸り入れを増やそうとはしないのです。しかし、自分の手持ちのお金がなくなるぐらい需要が増えれば、銀行からお金を借りようという話になります。

また、銀行は貸し出しを行う際に担保を取りますが、多くの場合、担保というのは土地や株式といった資産です。今の日本は資産価格が低迷しているわけですから、銀行側からすれば、担保を取って貸し出しをしても担保価値自体がどんどん下がってしまう状況なのです。そういう状況下では、銀行はお金を貸したいと思いません。そうすると銀行は、担保価値が安定しているような超優良企業への貸し出しに限定したり、利息が確定している国債に投資をするといった行動に出てしまう。

しかし、「将来インフレになるだろう」という予想が生まれ、そのことで資産価格が上がり始めると、今お話ししたような現象とは逆の現象が生じるわけです。将来担保価値が上がっていくということになれば銀行側から見ても低リスクで貸し出しができるようになりますし、企業側から見ても増産しないと増加する需要に対応できず、内部資金で資金調達を行うのが困難という現象が生じます。つまり、金融緩和政策が目指しているのは、借りる側と貸す側の両面にとって良い循環が生まれてくることです。

現在は日本銀行がコントロールできる政策金利がほぼゼロで下げようがない状況ですから、金利が下がることで貸し出しが増える、もしくは銀行から企業がお金を借りるといった間接金融を通じた動きは即座には出てこない。しかし、為替や株式といった直接金融を通じて影響を与えるというルートもあるのです。間接金融を通じた動きが即座に出てこないからといって、金融緩和策が無効であるということにはなりません。ここにもタイムラグがあるわけです。

―金融政策が受け入れられづらい理由の1つに、「そんな単純な方法で現在の不景気が解決するはずがない」という素朴な思いがあるのではないかと思います。また、金融政策よりも規制緩和など、いわゆる「構造改革」を重視する意見の方もいますが。

片岡:問題が深刻であればある程、問題に対応したもっともらしい解決策がないと困るということですね。問題に対応したもっともらしい解決策を提示した方が皆さん安心する。そういう役割として、財政政策や成長戦略が必要となる局面もあるのかもしれません。

また金融緩和策は現在生じている円安や株高を助長するだけで、所得が上昇するまでには至らないという可能性がゼロであるとは言えません。公共事業に限らず、減税や給付金といった形での積極的な財政政策で冷え切った需要を温めるための呼び水を作り出すことや、政府の厳しい規制によって民間が十分に参入できないような場合に、政府の規制を緩和するといった政策も必要です。

ただ成長戦略については国民全員が納得のいくような素晴らしいビジョンを描くということが今の日本では非常に難しいことを指摘する必要があるでしょう。つまり価値観が多様化している中で、全員が「これだ!」と思うような成長戦略を描くことは非常に難しいのではないでしょうか。これまで何回か成長戦略が策定されてきましたが、日本経済はそのことで十分な成長を遂げたとは言えません。成長戦略が有力企業や産業からの要望をパッケージ化したものであったとすれば、有力企業や産業からの評価は高まるでしょうが、実際の経済成長に結びつくことはありません。デフレで成長の芽が乏しいと指摘しつつ、返す刀で政府が掲げる成長戦略が必要という主張は論理矛盾ではないかと感じます。

また、成長戦略もしくは財政政策を有効に生かすためにもやはり金融政策というのは重要なのです。なぜかと言うと、デフレの現状からマイルドなインフレを目指す金融政策の目的は、お金の量を増やすことによって人々が物を買いやすくする、もしくは経済活動を円滑にする、という可能性を高めることにあるからです。事業を始めたいけれど、お金もないし銀行から融資を断られてしまうといったことをなくして、可能性を高めるという政策なのです。やりたいことができるような環境作りというような意味合いで捉えるべき話だと思いますね。さらに言えば、金融政策よりも規制緩和を、金融政策よりも財政政策を、というのではなく、金融政策、財政政策、成長政策のベストミックスをどう考えるかということが重要でしょう。

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