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日本なくして中国人の生活は成り立たない―福島香織(ジャーナリスト)

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ジャスコのセールに客が殺到


10月中旬に入って間もなくのこと。「深センのジャスコがまた反日デモの暴徒に襲われているよ!」と、中国人の友人からメールがあった。えっ!? と驚いて添付のアドレスをクリックすると、売り場で大勢の若い男女が商品を奪い合い、壊れた備品や商品が散らばっている写真が目に入った。

私はちょうど10月3日に広東省深セン市を訪れ、9月16日に地元警察が催涙ガスを使ってデモ隊を鎮圧して守った科学館駅近くのジャスコをみてきた。外側の「JUSCO」の看板は隠されていたが、中は普段どおりに営業していて、やや緊張感が漂うものの、そこそこ買い物客で賑わっていたので、ホッとしたところだった。

「なのに、またもや」と思いながら、その写真をよくみると、どうも様子が違う。彼らは反日暴徒ではなかった。じつは、広州ジャスコが10月8日から23日まで催した在庫一掃10元均一セールの最初の週末に殺到する買い物客の写真だったのだ。友人に担がれた。

しかし、商品の入っている段ボールを勝手に引っ張り出し、中身を引きずり出し、買い物用のカートに山盛り積んでいく様子は、山東省青島ジャスコや湖南省長沙の平和堂など日系スーパーに対する反日暴徒の略奪のすさまじさに匹敵した。この国の人たちは、略奪も買い物も同じテンションなのだろうか。日用雑貨はもちろん、ベビー用品、下着や飲食料品、普段なら十数元から数十元するものすべてが10元均一。セールは深センのほか広州、東莞、珠海など広東全域のジャスコで同時に行なわれたという。

景気の底冷えが始まっている中国では、カルフールやウォルマートなど外資系を含める量販店で倉庫費節約のための在庫処分セール、1~5元均一セールを催すことが頻繁になっている。だが、ここまで殺人的に客が殺到するのは、やはりジャスコというブランドのおかげではないか。ジャスコは本来、ほかのスーパーより若干、高めだ。その代わりに質がいい。そこがセールを行なうというので、普段ここで買い物をしない人たちまで殺到し、こんなカオスな状況が生まれるのだろう。

このセールに関して、母親専用掲示板「広州ママ」にこんな書き込みもあった。

「(ジャスコで買い物をすると売国奴だという人がいるけれど)ジャスコの10元均一商品を買ったら、誰が傷つくというの? 物価が馬鹿みたいに上がって、小市民の生活は圧迫されているのよ。30~40元するベビー服が10元で買えるのよ。愛国の本土企業が同じことできる? ナントカ島(尖閣諸島のこと)なんて私には関係ないわ。ただ子供にきちんとした服を着せたいし、毒入りミルクを飲ませたくない。買い物から帰ってみたら、自分の家が(土地の強制収用のために)撤去されているんじゃないか、なんて心配をしたくない。会員が8000万人もいる利益集団(中国共産党のこと)が私たち庶民に実質的なことをしてくれて、私たちのことを尊重してくれるようになってから愛国を説くなら、聞いてあげるわ!」

彼女の発言に似たような庶民の本音を、私は直接的、間接的にいろんな中国人から聞いている。そのため、徹底的に日本製品や日本ブランドが嫌いという中国人はかなり少数派であると考えている。反日デモの暴徒たちもじつは、日本製品が嫌いなわけではないだろう。日本製品をもっている中産階級層が羨ましくて、彼らのもっている車やカメラをたたき壊すのではないか、と推測している。自分たちがもちたくてももてない他人のものを破壊すれば、多少溜飲が下がる。お金を出して買う人も、日貨排斥を叫んで略奪する人も、じつは日本製品が好きなのではないか。

存在感が突出する日本製品


中国において、日本製品がどんな存在であるか、あらためて考えてみよう。

ちょうど手元に、北京で買ってきた雑誌がある。『博客天下』という、インターネット上でアクセスが多かった記事や話題を編集するというコンセプトの比較的新しい週刊誌だが、9月25日号は「日本の製造在中国」という特集テーマだった。わざわざ「の」というひらがなを入れている。「の」は、中国で日本的な何かを示すために、商品名や宣伝文句にあえて入れられる文字である。この特集中の記事で「中国における日本製品の複雑さ」が解説されている。

「日本製とタグのついている服は、じつは中国の工場でつくられている。……日本産品およびその文化は、もっとも商品価値のあるものの一つ。ゲーム機からわさび豆に至るまで、日本製品には生活様式が付帯している。ウォルマートで買い物する人はじつに多様多彩だが、伊勢丹の客は一目でわかる同一性がある……」

たしかに、伊勢丹の買い物客は伊勢丹らしさがあり、ユニクロの買い物客はユニクロらしさがあり、それは日本的である。これは感覚としてしかいえないが、ZARAやH&Mで買い物する客がスペイン的、あるいはスウェーデン的な雰囲気をまとっているかというと、そうではない。そもそも、ZARAがスペインのブランドと認識されていないことのほうが多い。だが、ユニクロや無印良品は日本ブランドとして知られ、「シンプル」という日本的ライフスタイルを付帯している。

地球最後の巨大市場と呼ばれる中国では、日本製以外に米国製、ドイツ製、フランス製、スペイン製と世界各国の製品がひしめく。そして、それらの製品はグローバルサプライチェーンのなかで製造され、部品や素材が各国から集められ、多くは中国の工場で中国人によって仕上げられている。

日本製品はシェアからいえば、米国やドイツ、フランスに負けている分野も多々あるが、商品に付随する日本的ライフスタイル、らしさ、などの付加価値は、かなりはっきり意識されている。もちろんルイ・ヴィトンやディオールなどのブランドは、そのような付加価値が付随しているもので、消費者はその付加価値を好んで買うわけだが、日本製の場合、そのような付加価値など必要ない普通の実用品でも、日本らしさをブランドとしてまとう。

たとえば、日本の家電や自動車に付随する「耐久性」や「エコ」は日本らしさで、ライフスタイルだ。日本の家電製品は「耐久消費財」だが、この言葉は中国製や米国製に使用されることはない。米飯のおいしさを劇的に変えた日本製炊飯器、高級住宅でじわじわ普及したウォシュレットのような洗浄便座なども、一部の中国人のライフスタイルに影響を与えた人気商品だ。

ハローキティやたれパンダなど、日本キャラクター製品に付随する「kawaii(可愛)」も日本らしさ。中国語の「可愛」ではなく、「カワイイ」と発音される。これが米国キャラクターのミッキーマウスなどに使用されることはない。「カワイイ」は、中国では子供のものだったキャラクターグッズを妙齢の女性のライフスタイルに取り込んだ。

日本のアニメや漫画は、「萌」という価値観を一部のオタク青年たちに広げた。この「御宅族」も、日本語由来の新中国語だ。しかも御宅族は、日本語のオタクにあるようなコミュニケーション能力が低いといったネガティブなイメージはなく、むしろ日本のサブカルチャーを象徴する存在として使われる。

「ヘルシー」という付加価値がつく日本料理は食に保守的な中国人が最も好む外国料理で、おそらく日本料理屋のない省都はない。北京・上海の日本食レストランの数の多さは、他国の料理店の群を抜いている。ちなみに中国のレストランで開店前に従業員が店の前で点呼し、スローガンを叫ぶおなじみの風景も、日本的習慣を導入したものだといわれている。

本屋でいちばん売れる場所に平積みになっている外国の小説は、たいてい日本の村上春樹作品である。反日デモのあと、村上作品が一時的に店頭から消えたといわれたが、北京の書店をいくつか回ってみたところでは、10月初旬には以前のとおり『1Q84』が目立つ場所に置かれてあった。今年のノーベル文学賞を受賞した中国人作家・莫言作品を読んだことのない中国人の友人たちも、『ノルウェイの森』は読んでいる。中国における村上春樹はプチブル(プチブルジョワ)小説。村上春樹の影響を受けてプチブル・インテリの私小説風作品を書く若い作家たちを「村上チルドレン」と呼ぶ研究者もいる。

こんなふうに見返すと、中国の市場における日本製は、耐久財からカルチャー・コンテンツまで、その存在感は突出している。産業別にみればトップシェアでなくとも、一部の中国人のライフスタイルへの影響力は、米国やドイツ、韓国製品の比ではない。

 しかし、それは中国人全体からみて、日本人や日本に対する「親しみ」に繋がるかというと、『博客天下』記事では、「日本は最も熟知はしているが遠い国」であり「中国人と日本人は、中国人と米国人よりもはるかに似ていない存在」(李萍・人民大学哲学系副教授)と指摘する。日本、日本人とはこうである、ということは熟知していて、憧れたりもするのだが、それが中国人の暮らしのなかで同化はしていない。ドイツのフォルクスワーゲンが「大衆」の名で中国の大衆車になりきっているのと比べると、日本車は実用車であっても日本らしさをまとい続ける。

「第二代農民工」の不満


ところで、日本製品に限ったことでないが、中国で製造・販売される外国製品の主な市場ターゲットは、中国における社会階層においては、かなり上の限られた層だ。いわゆる「中産階級」「プチブル層」である。

一方、外国製品をつくっている中国の工場で働いているのは、若い出稼ぎ農民。「第二代農民工」と呼ばれる彼らは、農村戸籍でありながら農業はやったことはなく、都市の豊かな消費生活を目の当たりにしている。そしてインターネットに親しみ、情報収集や情報発信に長けている。

2010年に広東の日系自動車工場などで連発した賃上げ要求ストライキの主役も、彼らだった。このとき、私は現地で何人かの工場労働者の若者たちに話を聞いたが、自分たちの製造する日本車に憧れも愛着もあるが、自分たちの給与では買えない車だ、と口惜しそうにいった男性がいた。外資企業(国内企業もだが)の多くは、農村出身出稼ぎ者がつくりプチブル層に売るという、中国の社会階層差を利用して利益を得ている。中国は国内に農村という植民地がある、としばしば揶揄されているが、外資系企業は支配階級側に属する存在なのだ。

もちろんストライキ頻発で賃金は急上昇し、なまじっかなホワイトカラーより日系自動車工場の熟練工のほうが、月給がよいケースもある。ただ、自家用車のナンバープレートを一枚取得するにもコネや賄賂が必要であるなど、ちょっとやそっとの経済力では乗り越えられない階層の壁も存在する。出稼ぎ農民は経済力が増したぶんだけ、いろいろな局面で都市のプチブル層との差を思い知らされる。

どんなに頑張っても中産階級の都市民のようなライフスタイルが手に入らないことに気付いた低層の若者たちの不満の矛先が、都市のプチブル層のライフスタイルの象徴として、やたら存在感のある日本製品に向かっても不思議ではない。ましてや当局から反日デモの動員がかけられたとあれば、そうなるのが自然だろう。弱者は刃向かいやすい相手を敵視するのだ。

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