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電子書籍が切り開く個人出版の新たな地平~『Gene Mapper』作者・藤井太洋氏インタビュー~

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撮影:濱田敦子
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『Gene Mapper (ジーン・マッパー)』 というSF小説が注目を集めている。この作品は、著者である藤井太洋氏が、企画から執筆・編集、各種フォーマットでの電子書籍制作、Webサイトの制作まで1人で行ったという。既存の出版社からの協力は一切なしの個人完結型の電子書籍出版ながら、一時はAmazonの紙の書籍を含めた「文学・評論」ジャンルで一位に躍り出るなど、従来では考えられなかった成果を上げている。毎年、「今年こそ電子書籍元年」と言われながらも普及が進まない電子書籍および個人出版の可能性について、『Gene Mapper』の著者であり発行人でもある藤井氏に話を聞いた。(聞き手:田端 信太郎・構成:永田 正行【BLOGOS編集部】)

執筆以外のすべての業務にプロとして携わってきた


―まず最初に確認しておきたいのですが、藤井さんはプロの作家なのでしょうか。そうでなければ執筆歴はどれぐらいあるのかを教えてください。

藤井太洋氏(以下、藤井):私は現在、イーフロンティアという会社で、「Shade」という3DCGソフトの開発指揮などしているサラリーマンです。イーフロンティアで、様々な業務に2年単位くらいで携わってきましたが、執筆とは直接には関係のない仕事ばかりです。ただ、イーフロンティアは出版事業を手がけていた頃もあるので、実際に出版社が、どのようなビジネス感覚で、本を出しているのかを知る機会はありました。

それ以前は、グラフィックデザイナーをやっていましたが、これも小説の執筆とはほぼ関係のない世界です。さらにその以前、社会人としてのキャリアは印刷会社で始めました。幸運にも、そこで印刷関係の基本的な知識と業務経験を得ることができました。私が入社した1997年は、DTPの導入がちょうど始まったところで、従来工程と言われていた写植や活字、フィルム・銅版での製版などといったアナログ工程を担当している部署がある一方で、WindowsDTP、UNIXを使ったデータベース・パブリッシングみたいなものまであった時期でした。ですから、従来工程に携わっている職人さんに対して、DTPの教育するという業務をやったり、逆に私も職人さんたちから印刷の知識を学んだりしていました。

その後、社内で編集プロダクションを立ち上げるといったことがあったので、記事は書いていませんが編集業務も2年ほど経験があります。また、本を実際に売りに行ったことはないですけど、書店員のバイトをやったことはあります。

つまり、私は今までのキャリアで「出版」と言う事業における執筆以外の部分は、基本的にすべてやった経験があるのです(笑)。

―なるほど。しかし、その「執筆」というのは、一番ハードルが高いのではないでしょうか。処女作である『Gene Mapper』を出される以前に、出版社への持ち込みや新人賞への応募といった経験はあったのでしょうか?

藤井:ありません。ちょうど去年の夏ごろに、小説を書いて出版してみたいなと思い、初めて書き始めたんです。

―執筆を始めたのには、何かきっかけがあったのですか。

藤井:『Gene Mapper』のリリースにも書いたのですが、執筆のきっかけは東日本大震災です。震災と福島第一原発事故をめぐる報道の中で、科学技術やサイエンスというものが非常に蔑ろにされているように感じていました。メディアにおいて、きちんと放射能のデータを検証するようなサイエンスの話が、ほとんどできてない。出てくるグラフの数字も何なのか全然わからないといった状態で、その時に「本当にこの国は駄目なんじゃないか」という気持ちになっていました。

しかし、現場で啓蒙活動をやっているサイエンス系の方々のセミナーに出席したり、科学系の編集者の友人が書いたブログなど読んで、「やはり、声を上げていくことを、やり続けなければ行けないんだな」と思い直したんです。私はサイエンスの専門家ではないので、自分が信じる未来と科学の姿をフィクションという形で表現することにしたのです。

―Kindleダイレクト・パブリッシングの登場など電子出版プラットフォームの可能性が広がったことが、執筆活動に影響を及ぼした部分というのはあったのでしょうか。

藤井:そうした要素がないわけではないですね。一番フックになったのは、KindleのSingles(Kindleストアで短編記事・小説や小冊子など短いコンテンツを売るための仕組み)です。1ドルくらいでプロの作家が短編を書いて投稿しているという話を聞いて、「そういうサイズもありだな」と感じました。

電子書籍や電子出版の話は以前から追いかけていましたから、「自分で書いたら電子書籍で…」というのは自然の流れだったと思います。

―藤井さんのケースを見て、「個人でもここまでやれる」という期待感が広がったと思います。ただ、藤井さんは様々なデバイス・フォーマットに最適化したePubファイルを用意されたり、ご自身で著書のマーケティングができるような専用のサイトを立ちあげるなど、プロ的な気構えで、かなり力を入れてやっているという印象を受けました。

藤井:多くのフォーマットをそろえたのは、単純に読んでくれる人を増やしたいからです。データフォーマットの作成を始めたのは5月くらいなのですが、その頃はまだKindleの縦書き版が出るのかどうかも分からず、koboは楽天が買収した後は何も音沙汰が無いという状態でした。NOOK(アメリカ最大の書店チェーンBarnes & Nobleが手がけるタブレット端末)は日本に来る気配がなく、iBooksは横書きのePub。

そんな中で、日本で馴染みのある縦書きの小説スタイルで、電子書籍を読んでもらう方法というと、紀伊国屋のKinoppy(キノッピー)、SONYのReaderくらいしか個人で手に入れられるものはありませんでした。それ以外の隙間を埋めるために、青空文庫やpdfなどを増やしていった結果、今では8つのパッケージングされた電子書籍のフォーマットと、クリエイティブ・コモンズのテキスト原稿が置かれています。

また、サイトについては、世の中で一般的とされているレベルのWebマーケティングを普通に実行するために立ち上げました。WordPressでプラグインを買いながらやっています。アドワーズとヤフーのリスティングといった広告手法も、ある程度やり方は知っていて、効果も概ね予想できたので使いました。

―そこまで来ると、「趣味の延長」とは言えないと思います。プロかアマかという言葉自体、あまり意味のない時代なのかもしませんが、ご自身は、「プロの作家」だと思っているのでしょうか。

藤井:これで食えているのかというと食えていないので、そういう意味ではプロフェッショナルではないでしょう。ただ、作家としてはアマチュアかもしれませんが、出版という立場で見ると、お金をもらって作品を届けている。”商品を届ける”とことはしているので、ここは事業者であるという自覚がはっきりあります。名刺には、出版、編集者、著者という3つの肩書きを入れていますが、この3つはまったく違う役割ですね。

―現在もソーシャルメディア上で話題になっていますし、Amazonのランキングで上位に表示されていた時期もありました。ここまで注目が集まることは想定していましたか

藤井:していませんでしたね。Koboでランキング上位をとった時は、Books朝日.comさんのニュースで取り扱ってもらい、ぐっと順位を上げました。その後、アルファブロガーさんに取り上げていただいたため、1週間くらいの間、当日売上のトップ5にいたのですが、その後はすっと消えていきました。しかし、Kindleの場合、買いやすさが全然違うので、知った人が手にとっていただける数が違います。

―様々なプラットフォームの中でもKindleの手応えはまったく違うと。

藤井:Kindleはまるで違います。NDAのため具体的な数字は控えさせていただきますが、電子書籍、それも文字ものの小説としては相当な数が売れていくのですが、そのうち9割くらいの方は、Twitterにもfacebookにも一言も残さずに買っていく。どこで調べて、作品にたどり着いているのかも分からない。広告を踏んでくれれば分かるのですが、それも何もない。トラッキングもできないような方々が9割くらいになっているというのは、今まで利用したプラットフォームとは、まるで違う体験ですね。Koboの場合、3割くらいはトラックできていたんですよ。Kindleは端末がない段階でここまで出ているというのは、驚きました。

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