記事

政権移行期の中国を読む

1/2
尖閣諸島国有化に対する反日デモなどの中国の過激な反応は、わが国にとって衝撃であったのはもちろん、国際社会全体に対しても不可解な印象を与えたのではないかと思います。日中関係の冷え込みにより、経済に与える影響も小さくないはずです。

来月8日から開催される共産党大会では、過去10年にわたって中国を率いてきた胡錦濤総書記が引退し、「第5世代」の習金平体制が始まることが確実視されています。ただしその内部がどんなメカニズムで動いているかはさっぱりわかりません。

しかしこの不思議な世界を読み解かないことには、日中関係の修復はもとより、今後の世界経済の行方を見通すこともままならない。最近の研究を援用しつつ、想像力をたくましくしつつ政権移行期の中国内部に迫ってみたいと思います。

中国の対外政策に関する画期的新研究

筆者は一応、アメリカ・ウォッチャー業界のはしくれということになっていて、米大統領選挙がある年には、研究会や講演会が随所で行われるので、必然的に同業者の「寄合」が多くなる。2004年、2008年、2012年と同じことを繰り返している。

ところが2012年は、「10年に1度の中国の政権移行期」と重なっている。それも11月6日(米大統領選挙投開票日)と11月8~15日(中国共産党大会)がほとんどニアミスしかけている。かくして、アメリカ・ウォッチャーとチャイナ・ウォッチャーが共同作業する、という珍しい機会が増えている。筆者の場合は、霞山会の「政権移行期の米中関係――『冷戦』と『協調』の均衡をめぐって」という研究プロジェクトに参加している(『東亜』2012年10月号~2013年3月号に掲載予定)。

まだ始まったばかりの研究会なのだが、ここで見聞きする話が筆者にとっては非常に新鮮なのである。2つの超大国研究はあまりにも違うことが多いので、「あっちの世界」の常識にいちいち驚いてしまうのだ。なかでも感心したのが、「中国の対外政策に関する画期的な文献」が2010年に誕生した、という話である。

それがスウェーデン発であった、という点が面白い。リンダ・ヤーコブソンによる”New Foreign Policy Actors in China”で、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の「中国と世界の安全保障」プログラムの産物である*1。日本の中国研究者にとっては、この研究がほとんど日本の文献を参照していない(わずかに「毒ギョーザ事件」を伝える英文の共同電が引用されている程度)ことがショックであったりもするのだそうだ。

情報は常にあふれんばかりにある、というアメリカ・ウォッチャー業界とは対照的に、チャイナ・ウォッチャー業界においては、信頼できる情報源が限られていて、なおかつそれを表沙汰にすることができないという制約条件がある。また研究者が『親中派』として、中国から何度も招待されるようになると、それによってますます中国側から得られる情報に依存するようになる、という悪循環もある*2。そんな中で、党幹部、政府代表、解放軍幹部、金融機関・国有企業代表、研究者、ジャーナリスト、ブロガーなど71人へのインタビューを通して得られたのがこの報告書である。

その結論部分を抜き出すと、以下の3点に集約することができる。

○SIPRI Policy Paper No.26 結論部分の要旨
1<権限の細分化> 対外政策に関する権限(authority)が細分化(fractured)されている。外交部の権限は弱まり、国務院内では商務部、国家発展改革委員会、中国人民銀行などが有力なプレイヤーとなっている。国家安全部、人民解放軍の役割変化は分かり難い。実業界、学術界、ネチズンなども政策決定に関与している。
複数の集団の対抗関係や、管轄権の重複に注意する必要がある。

2<国際化への多様な見解> すべての関与者の間で見解が異なる。商務部、地方政府、大企業、研究者などは国際化を指向するが、国家発展改革委員会は対外依存に警戒的であり、国家安全部も憂慮。解放軍、ネット社会も領土や主権問題での対外的な妥協を恐れている。
相手が一枚岩の、安定した戦略を持つものではないとの認識が必要。

3<「核心的利益」の擁護> 全ての関与者の間で、中国は国際的により積極的に国益を追求すべきだという見解が優勢になっている。国際的により大きな責任を負うべきだ、という意見は.数派。先進国は、中国の台頭を遅延させようとしているという意見が主流となっており、中国は「より従順でない」立場をとるべきだと要求する声がある。
中国の国力が今後も増大すれば、国際社会の譲歩をさらに要求するだろう。

*1 http://books.sipri.org/product_info?c_product_id=410 で英文は入手可能。邦訳『中国の新しい対外政策 誰がどのように決定しているのか』(岩波現代文庫オリジナル版)もある。
*2 上掲書の解説、岡部達味氏の指摘による。

独裁体制とは程遠い実態

結論部分だけを読んでも、「どこが画期的なのか」ピンと来ないかもしれない。そこで同報告書が描いているディテールのうち、筆者が驚いたポイントを具体的に紹介しておこう。

* 25人の党中央政治局は不定期の会議を開くのに対し、常務委員会は7日か10日ごとに開催されている。議題や協議は公開されない。最終的承認を与える場である。

* 胡錦濤と温家宝が対外政策決定の中核である。他の政治局常務委員も、とかく議論の多い問題、日本、北朝鮮、ミャンマー、米国などと関係する問題で、異なる意見を述べることがある。北朝鮮問題が最も意見が割れる問題と言われている。

* 重大な対外政策決定のほとんどは党外事指導小組で行われ、政治局常務委員会はそれを正式に承認するだけである。常務委員は対外政策問題の詳細には不慣れであり、指導小組の対外政策専門家の経験に依存している。小組の主要メンバーは戴秉国国務委員、王家瑞党国際部長、楊潔チ外交部長、陳徳明商務部長、梁光烈国防部長、耿恵昌国家安全部長。

* ここ10年来、外交部の力は衰退した。国賓の外国訪問などで、楊部長の儀典上の順位は5番目か6番目になる。2009年コペンハーゲンで行われたCOP15では、温家宝首相が外交部の立場(他国との妥協)を支持したとき、国家発展委員会の上級委員たちが反対した。それが西側で「コペンハーゲンの失敗」と考えられる結果になった。

* 中国の政策決定には「合意形成」(満場一致)を必要とする。合意の形成に失敗すると、しばしば決定を延期することで合意する。官僚は将来の妥協を容易にするために曖昧な言葉を使う。胡錦濤すら十分に調和のとれた「合意」を追求せねばならない。 * 個人的関係は重要であり、公職を去った後にも継続される。江沢民にはいまも政治局のすべての文書が届けられ、ときには文書にコメントを記すことがある。

* 2008年9月の週末に深夜まで開かれた研究者と政策決定幹部の非公式討議では、胡錦濤に対する不満が大っぴらに語られた。このときは胡錦濤と福田首相の妥協(東シナ海ガス田における共同開発)に石油企業や軍の代表が驚かされた。

* 世論に対する中国当局の態度はambivalentである。官僚は世論をコントロールしようとしている。過激な民族主義的な意見、特に日本と米国に関するニュースは当局の行動を制約する。世論が割れているときは無視するが、絶対的多数を占めるときは慎重に行動する。

とりあえず「中国=独裁国家」という毛沢東時代以来の思い込みは、早急に捨て去る必要があるだろう。喩えて言えば今の中国指導部は、「急成長しながら、内部対立と硬直化が同時進行している閉鎖的大企業の取締役会」のようなものである。このような意思決定プロセスからは、明快な方針や首尾一貫した戦略は生まれないだろう。なおかつ、根強い対外的不信感を抱いているので、攻撃的な態度に出やすいという困った組織なのである。

次期取締役会をめぐる派閥抗争から…

上記のような認識をベースに、今回の尖閣問題に関する中国の動きを推理してみよう。

すなわち中国は独裁国家ではなく、営利企業のチャイナ株式会社であると考えてみる。10年ぶりに、社長以下の取締役がほぼ総替えに近い状態になる。共青団を率いる胡錦濤から、太子党出身で上海閥に近い習近平へ。すなわち職能部門出身の社長が引退し、営業部門出身の次期社長が誕生する。次期社長人事については、5年前に営業部門の大ボス、江沢民前社長が影響力を行使した結果と見られている。となれば、次の取締役会の勢力分布が気になるところである。

そうでなくても難しいこの時期に、春に失脚した薄煕来の処罰という難題も残っていた。薄煕来はかつての営業部門のエースだが、決定的な不祥事を起こしてしまい、会社の危機を招いてしまった。職能部門は厳しい処罰を、営業部門は穏便な扱いをと望んでいる。のちに薄煕来の処罰が決まった直後に、党大会の日程が発表されたことを見ても、これがいかに困難な決定であったかが窺われよう。

8月4日から行われた北戴河会議(次期取締役を決める人事会議)は、胡錦濤の思惑通りに進んでいた。8月16日にネット上で流れたのは以下の「常務委員7人説」である。

○十八大人事布局竞猜*3
1習近平(国家主席) 習近平(国家主席) 59 歳 太子党
2李克強(総理) 57 歳 共青団
3兪正声(全人代委員長) 兪正声(全人代委員長) 67 歳 太子党
4張徳江(政治協商会議主席) 張徳江(政治協商会議主席) 張徳江(政治協商会議主席) 66 歳 太子党
5李源潮(国家副主席、中央書記処第一) 李源潮(国家副主席、中央書記処第一) 李源潮(国家副主席、中央書記処第一) 62 歳 共青団
6王岐山(第一副総理) 王岐山(第一副総理) 64 歳 太子党
7汪洋(中央紀律委、軍事員会~?) 汪洋(中央紀律委、軍事員会~?) 汪洋(中央紀律委、軍事員会~?) 汪洋(中央紀律委、軍事員会~?) 57 歳 共青団

合議制の常務委員会において共青団が3人のみとなると、多数決では太子党が有利になる。次期社長の習近平としては合意が得やすく、「ありがたい」ということになるだろう。従って、「太子党の影響力が強い人民解放軍をコントロールするためには、この体制が有利なのであろう」という消息筋の解説がついていた。

ところがこのメンバーで行くと、5年後に状況が一変することになる。すなわち、兪正声、張徳江、王岐山の3人は「68歳定年ルール」に引っかかるが、共青団側の李克強、李源潮、王洋の3人は全員残る。となれば、5年後に勢力は逆転して習近平は孤立する。2017年以降はどうしたって共青団の天下になるという図式である。

さすがは辛抱強い胡錦濤社長、遠大な構想を掲げたものである。察するに、江沢民前社長の影響下で苦しんだ過去10年の思いが込められてるのかもしれない。

*3 http://boxun.com/news/gb/china/2012/08/201208162141.shtml

あわせて読みたい

「中国共産党大会」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ZOZO田端氏の残業代ゼロ論は呪い

    国家公務員一般労働組合

  2. 2

    早稲田の名物教授にセクハラ疑惑

    PRESIDENT Online

  3. 3

    大地震でも災害モードならぬ日本

    AbemaTIMES

  4. 4

    新幹線を叩くマスコミに違和感

    MAG2 NEWS

  5. 5

    加計理事長のドサクサ会見は卑劣

    宮崎タケシ

  6. 6

    朝日の信頼度が5大紙で最下位に

    島田範正

  7. 7

    香川が名乗り 仲間も予想外のPK

    文春オンライン

  8. 8

    脱退2年活動禁止 NMB48奴隷契約

    文春オンライン

  9. 9

    日本人のW杯会場ゴミ拾いに称賛

    BBCニュース

  10. 10

    ドンファンが語っていた新妻S

    MAG2 NEWS

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。