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橋下市長VS週刊朝日論争の不毛な結末 「部落、差別、人権」をめぐる議論は深まらなかった

軽い。あまりにも軽すぎる。週刊朝日の河畠大四編集長はいったい、どんな覚悟でノンフィクションライターの佐野眞一氏の原稿を使ったのか語ってほしい。将来の首相候補の一人、橋下徹・大阪市長の身ぐるみをはがす覚悟で、タブーとされてきた被差別部落出身という出自を報道したのではなかったのか。

週刊朝日は「2回目もご期待ください。1回目、まだ読んでない方は是非!」とツイートしていたが、その舌も乾かぬうちに「同和地区を特定するような表現など、不適切な記述が複数ありました。私どもは差別を是認したり、助長したりする意図は毛頭ありませんが、不適切な記述をしたことについて、深刻に受け止めています」という『おわび』を出した。

橋下市長は「謝罪されればノーサイド」とツイートしたが、報道機関としてわびて済む話と済まない話がある。

仮にも、人権を旗印に掲げてきたはずの朝日新聞系列の週刊朝日が、そんな軽い覚悟でこの問題に踏み込んだのかと思うと愕然とする。

筆者は、橋下市長と朝日新聞が「部落」「差別」「人権」「政治権力の検証と監視」「表現の自由」、そして家族と社会、国家における「血の論理」「契約の論理」を徹底的に議論すれば、停滞する日本を覚醒できるのではないかと期待していた。それだけに、週刊朝日のこの軽さはいったい何だろうと思う。

大阪市西成区出身の筆者は、橋下市長が「西成区を特区に」と言ってくれただけでうれしく思う。

5年ぶりにロンドンから帰阪した西成区は、老人ケアの施設、ケア仲介・相談所、葬儀屋ばかりが目立ち、パチンコ店も潰れる窮状だ。大阪はひったくり日本一を返上できたが、町全体が活力を失い、ある小学校では一クラスの半分以上が生活保護家庭である。

橋下市長は「今の政治で一番重要なのは独裁だ。独裁といわれるぐらいの力だ」と述べたことが、後々、「独裁者」と批判を浴びるきっかけとなった。

筆者はロンドンで暮らすようになって5年以上になるが、在英政治研究家の菊川智文氏を中心に留学中の若手官僚、政治志望の若者らと勉強会を重ねてきた。そのおかげで少し英国の政治制度に明るくなった。

議会制民主主義、政党政治の本家本元とされる英国には、橋下市長がいうように「選挙で選ばれた者による独裁(elective dictatorship)」という言葉がある。「民主独裁」と訳すこともできる。

単純小選挙区制をとる英国は勝者総取りのシステムで、下院の過半数を得て、いったん政権を獲得すれば、与党党首の首相は法案を思うままに通すことができる。与党の無役議員は党議拘束に縛られ、余程のことがない限り内閣の政策に反対することはできない。

日本と違って、下院を通過した金銭法案について上院は否決することはできない「下院万能」の世界なのだ。

戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指導で日本国憲法をつくるとき、日本は英国型の、下院の優越が明らかな二院制を導入しようとしたが、「民主独裁」と呼ばれる強い政治のリーダーシップが生まれるのを恐れて、GHQは参院に強い拒否権を与えた。

だから、今の政治停滞はGHQが植えた「時限爆弾」ということができる。橋下市長の「独裁」発言を聞いて、筆者は「独裁者」のにおいより、政治的知性さえ感じた。

そして、今回の「血脈主義」「血の論理」という指摘である。

日本国憲法制定時の金森徳次郎・憲法担当国務大臣の著作「憲法うらおもて」を読んでいて、「日本の一部の人のいう家族は親子を中心とする考えであるのに、外来思想の家族は男女を中心としている」という下りに目を開かされた。

日本で政治指導者を選ぶとき、若さは「経験不足」「未熟」という弱点にみられることが多いのに対し、英国で年齢がリーダー選びの主な基準になるようなことはない。

日本では血縁、地縁がいまだに重視され、「世襲」と決別すると約束した自民党はこりもせず「世襲」候補の擁立を進めている。英国では「世襲」議員はほとんどおらず、「世襲」は時代遅れ、マイナスとみられている。

突き詰めて考えると、日本の家族が親子という血でつながった関係に重きを置いているのに対し、欧米の家族では夫婦という契約関係が重視される。政治でも「世襲」という「血の論理」がはびこる日本に対し、欧米は有権者と政治家は投票と政策実現という「契約の論理」で結ばれている。

長くなって恐縮だが、筆者が駆け出しの産経新聞ロンドン支局長時代、助手として支えてくれたトム・ウィルソンさん(29)は2009~2011年、関西大学人権問題研究室で部落問題のフィールドワークを行った。

日本に行く前、元駐日英国大使から「部落研究はやめた方がいい。研究しても発表できないぞ」と脅されたが、筆者はウィルソンさんに「日本人は何にでもタブーをつくってしまう。部落問題にその本質があるような気がする。部落問題を理解できれば、日本への理解も深まるんじゃないか」と部落研究を勧めた。

留学前に2人で、部落研究で知られるイアン・ニアリー教授をオックスフォード大学日産日本問題研究所に訪ねたこともある。

週刊朝日の出自報道について、英国人のウィルソンさんの目にどう映っているか、気になって連絡を取った。四国を自転車で旅行中だったが、「部落問題を公に議論するきっかけになるんじゃないか」という筆者の問いに、ウィルソンさんは「日本には部落問題についてオープンに議論できる準備はできていない」と答えた。

被差別部落出身者、部落解放同盟、人権学者、ジャーナリスト、NGO(非政府組織)関係者30人以上と面談したウィルソンさんは「就職差別、スラム街など公の場の部落差別はほとんど残っていないが、心で感じる部落差別はまだ解決されていない」と印象を語った。

ウィルソンさんがインタビューした26歳の日本人女性は「もし交際している男性が被差別部落出身者だったら父親は結婚に反対するかもしれない」と打ち明け、母親が部落解放運動の活動家だった26歳の青年は「社会人になって一度も差別を気にしたことがない」と話したという。

若者世代は被差別部落出身者かどうかを気にすることは少なく、その親世代にはまだ差別意識が残っているようにウィルソンさんは感じたという。

「まだ日本では被差別部落出身であることを隠そうとするでしょ。被差別部落出身であることを誇らしく語れるようになったら部落差別はなくなったということができるでしょう」

ウィルソンさんは「日本のマスコミはこの問題をオープンに議論できないでしょう。週刊朝日の報道にしても被差別部落出身というバックグラウンドが橋下市長の政策に影響しているというのなら意味があると思うが、そうじゃない。日本のコメンテーターもジャーナリストも部落、在日、マイノリティーを含めた人権の概念を理解しているとは思えないから」と手厳しかった。

結局、橋下市長の中傷を目的にしていたとしか思えない週刊朝日の軽薄な出自報道は、部落問題の解決を遅らせただけではなく、「政治権力の検証と監視」というメディアの責務をぶち壊しにする自殺行為に過ぎなかった。(了)

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