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家族のために会社を辞めて起業。上場したのに社長を辞めちゃう新しい価値観元IT社長・家入一真氏

「こんな僕でも社長になれた」家入一真著を読んだ。社長自慢や上場自慢する経営者本、特にITベンチャー企業の成功話は、勇気はもらうし、おもしろいけど、自分はそんな風になりたいとはまったく思わない。

やっていることは新しくても、老害経団連企業と同じで、ただ自分の時間も家族の時間も社員の労働時間も考えず、長時間労働に物言わせて、売上の数字だけ倍倍ゲームして一体何が幸せなんだと。

ところがこの本を読むと、この人の生き方・働き方は、そういう旧来のITベンチャー社長像とは違い、新しい生き方・働き方だなと思ったのでおすすめしたい。

ただし、ご存知の方はご存知だと思うが、この著者は今年一番の炎上事件、というか炎上では済まされない、かなり問題だった学費支援サイト「studygift」を立ち上げた人。私はその人とはぜんぜん知らずに読んだので、あくまで下記は本の純粋な感想で、学費支援サイトのあまりお粗末な対応を肯定するものではありません。

ひきこもり、高校中退、社会に出ても、まるっきりダメな人間の典型で、人とまともにコミュニケーションとれず、ろくに仕事もできず、すぐに職場を放棄してしまう、ダメダメな半生だったにもかかわらず、メル友で知り合った女子高生と、本人が22歳、彼女が19歳の時に結婚し、2ヵ月後に妊娠が判明する。

その時は会社勤めでプログラミングの仕事を任され、これまでのダメな人生から脱却し、やっとまもとな生活になりかけていた。ところが彼は妊娠を機にこう考える。

子供や家族のために一緒に過ごす時間を大切にしたい。でも子供が生まれるので、より資金を稼がなくちゃならない。そうだ、会社を辞めて、起業しよう!

えっえっ!!!と多分ほとんどの人は思うだろう。子供が生まれるっていうのに22歳で起業なんて。しかも今までろくに定職についたこともないのに。

でも彼の説明はものすごく真っ当だ。家族との時間を犠牲にすることなく、十分食べていけるだけのお金を稼ぐなら、自宅で仕事ができるネット関連の事業を自分で起業しようと。

起業した理由が家族と一緒の時間を過ごすため、というのがすごく新鮮だった。だって起業とか独立とかって、家族がどうのとかっていうより、大金稼ぎたいとか有名になりたいとか、一山あてたいとか上場して大企業にしたいとか、私からすると「それって幸せなの?」って思うことが理由で起業するイメージがあった。特に今のような時代ではなく、2001年のITベンチャーブームの先駆けとなるような時代にだ。

これまで高校中退などひきこもりのおかげもあって、パソコン、ネットには詳しい。そこで福岡でレンタルサーバー「ロリポップ」事業を始める。

今から考えると10年前ってまだまだダイヤルアップとかで、ネット黎明期でたった1人の個人が、たまたま自宅で1人で立ち上げたサービスが、大ヒットしちゃって後に大企業になるっていう、日本版ベンチャードリームがまだまだあった時代なんだなと、本を読んでいて懐かしく思う。

価格をライバル他社より1/4にするなどして大ヒット。でも個人でやって、まだ手作業とかでやっているから、苦情のメールとかもきたり、2ちゃんねるで叩かれたりとかいうのが、順風満帆な成功話とは違うリアリティというか親近感がわく。

その後はとんとん拍子。個人から人を雇うようになり、オフィスを借りるようになり、株式会社化する。

さらにITブームの時流にのってすごいことになる。ライブドア、GMO、さらにもう1社の3社から、買収話を持ちかけられるのだ。25歳にしてGMOに株式を一部売却して、半子会社化という形で東京に上京。さらに29歳でジャスダックに最年少上場する。

ひきこもり、高校中退のダメダメな人が、最年少上場するまでになるというサクセスストーリーに、メディアなど取材が殺到したという。

本書は2007年までの内容なので、ここで終わってしまうのだが、私が買ったのは炎上騒動に乗じて、注目されてなのかはわからないけど、2012年9月に発売された新装版。その後のことがほんの数ページ書かれているのだが、それを見てまた驚いた。

自分で立ち上げ、上場までした会社を辞めちゃったのだ。そして都内でカフェ事業を行ったり、ネット関連の新たなサービスを立ち上げたりしている。経営者には向かないし、自分がいなくても会社は回るということで辞めたようだ。

まあそのせいもあって、その後の新サービスとして立ち上げた学費支援サイトが、あまりにもずさんで炎上してしまったわけだけど、それはさておき、やっとこういう新しい価値観に基づく、生き方、働き方を実践する人が現われたことが、なんともうれしかった。

そもそも起業の立ち上げ理由が、家族と一緒にいたいからというところで、他のITベンチャー社長とはぜんぜん違う。

これはもしかしたらホリエモンだけかもしれないが、どちらかというと他のITベンチャー社長って、結局は従来の老害経団連大企業とかわらず、仕事がすべて、ワークライフバランスって何それ、とにかく仕事が楽しい、人生仕事しかない、売上を日本一にするとか世界一にするとか、グループ会社を何百社に増やすとか、未だに前近代的な労働価値観に基づいて、そこに人生の目標をおいているように思う。(違うかもしれないけど)

もちろんそういう価値観は否定しないし、老害大企業とは違い、既得権益のおこぼれをかすめとろうと、政官財の癒着をして、国民のためにならないサービスを温存するのではなく、むしろ既得権益を打破し、国民がより便利になるよう革新的なサービスを、従来の既成概念にとらわれず、ばんばん出していくというのはいいとは思うけど、四六時中仕事のことばかりしか考えず、会社の規模を大きくすることばかり考え、その原動力は若い人材の安賃金と長時間労働だとするなら、それは私にとって働き方としてぜんぜん魅力的ではない。

でもこの著者はどうも違うらしい。会社の規模を大きくするとかより、世間を驚かせるような、楽しませるようなサービスを、自分で作ってリリースして楽しみたいとか、家族との時間を大事にするとか、がつがつ働かないとか、そういう新しい価値観があるように思えた。

私はむしろそういう価値観が時代の主流になり、アホみたいに数字のスペックを上げることだけじゃなく、時間のゆとりとか豊かさみたいなことに、重点を置く社会になってほしいなと思ったので、本書のストーリーから感じられる、価値観に非常に共感した。

ただ前半部分はやたらだるい。読むのをやめようかと思ったぐらいつまらない部分が多い。第一章から第三章は読み飛ばして、第四章の起業前夜から読んでもいい。第一章から第三章がつまらないのは、・貧乏自慢が中途半端(それほど貧乏ではないのに貧乏自慢)・苛立つほどどうしようもないダメダメエピソードが、これでもかというぐらい詳細な記述とともに出てくるといった点が挙げられる。

著者のバックボーンを知る上では重要だが、この部分に130ページも割く必要はなく、20~30ページぐらいでコンパクトにまとめて、むしろ起業前夜、起業、買収、その後について、もっと詳細に書いた方がはるかにおもしろいと思う。

とはいえ現状の内容でも、第四章からはものすごくおもしろく一挙に読めた。

ひとまず学費支援サイト騒動とは切り分けて、本書は本書として読むと、生き方・働き方の考え方の参考になるのではと思います。

・「こんな僕でも社長になれた」家入一真著

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