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「愛国心」は理性を狂わせる ‐ 鈴木邦男

 サミュエル・ジョンソンは、「愛国心は、ならず者の最後の避難場所である」と言った。これを初めて聞いた時は、ひどい言葉だと思った。「愛国心」をからかい、貶める言葉だと思った。だが、愛国心を持ってる人を全て「ならず者だ」と言った訳ではない。勿論、立派な愛国者はいる。ただ、時として、愛国心は利用される。悪用される。その危険性を説いたのだろう。

 又誰しも簡単に「愛国者」にはなれる。資格もないし、試験もない。届け出もいらない。「俺は愛国者だ」と言うだけでいい。サミュエル・ジョンソンが、どういう状況で、どういう時代背景でこの言葉を発したのか、よく分からない。私も調べているが、はっきりしない。この言葉だけが一人歩きしている。あるいは日本の右翼を思い起こす人もいるだろう。戦前の「国士」「壮士」と呼ばれる「愛国者たち」は、言論活動もしたが、かなり荒っぽいこともやった。

 さらに戦後、自民党政権や警察は、「共産革命」を阻止する為に、多くの人々、団体を集めた。特に60年安保の前だ。国会を取り巻く20万人のデモに対抗する為に、20万の「愛国者」を集めようとした。アイゼンハワー大統領の訪日を実現する為にも、警察の守りだけでは足りない。民間人の「愛国者」を集めようとした。アイク訪日は実現しなかったが、「愛国者」の結集は行われた。

 保守的な団体、保守的な宗教団体、さらに、ヤクザ、テキヤ…といった人々までが動員された。この時から、急激に「右翼団体」が増えた。街宣車も増えた。右翼の大親分たちが、ヤクザの親分たちに説いた。「小さなシマ(縄張り)を取った、取られたで命をかけるより、国のために命をかけようではないか」と。小さなシマではなく、大きなシマ(国家)に命をかけるのだ。それが愛国心だと説いたのだ。

 ヤクザから足を洗って、本当に右翼に専念した人たちもいた。又、二足のワラジの人もいた。それに、ヤクザは人数が多いし、結束力が強かった。だから、右翼運動史の中でも、いろんな事件を起こし、活動をしている。「ヤクザ右翼」「任侠右翼」と言われながらも、真面目に運動をしてきた人たちもいる。これは私も、長い運動体験の中で実感している。「ヤクザ右翼」と、白い目で見られることが多いから、かえって自制し、自ら厳しく律している団体も多い。

 それに今や、暴対法、暴排条例によってヤクザは徹底的に追い詰められている。右翼団体を作ることも出来ない。それに取って替わった、といっては表現が悪いが、ネトウヨ(ネット右翼)が増え、大問題になっている。『SAPIO』(8月22・29日号)では、特集が「ネトウヨ亡国論」だ。サミュエル・ジョンソンの言葉は、このネトウヨ現象にこそ、あてはまるだろう。もっとも、「ならず者」ではないかもしれないが、一人ひとりは、普通のよるべなき個人だ。それが「愛国心」でまとまると、何でも出来ると思い、暴走する。さらに、「よく言ってくれた!」とネットで絶賛する人も出る。テレビでも新聞でも紹介できない「差別的発言」をまき散らす。そして「抗議」し、自らネットで流す。

 右翼の黒い街宣車だって、車をとめて演説するとなれば、言葉を選び、自分達の「主張」を訴える。「こんなことは言うべきではない」という自制も働く。汚い言葉、差別的な言葉は使うまいとする。ところがネトウヨには、その自制がない。「主張」ではなく、「感情」の発露だ。聞くに堪えない言葉も口にする。

 『SAPIO』で、小林よしのりさんは、「お前たちは差別主義者だ」と断じていた。又、ネトウヨを取材して、『ネットと愛国』を書いた安田浩一さんは、こう言う。

 <ネトウヨとは何か? これは若者たちがのめり込む、「愛国」という名の階級闘争だ>

 つまり、愛国心を持った、善良な自分たちは、貧乏で、弱者だ。ところが、在日の人や、日本を危うくする連中は、いい思いをしている。これは許せない。「階級闘争だ」と、言うのだろう。

 普通のサラリーマンやOL、フリーターといった「弱者」が、「愛国」という言葉を手に入れると、巨大ロボットに変身したようになる。自分が「日本」そのものになる。中国、ロシア、韓国、北朝鮮を許すな! そんな国は攻めちゃえ! と言う。自分は一人の弱い人間なのに、巨大なロボットになったと錯覚するのだ。愛国心は、そう錯覚させる力がある。魔力がある。

 安田浩一さんは、ネトウヨの代表「在特会(在日特権を許さない市民の会)」を取材した。「在特会とは何ですか」と聞かれて、「それはあなたの隣人です」と答えている。どこにでもいる普通の人だ。それと共に、この隣人は、我々一人ひとりの心の中にもいる。何かあると「許せん!」と思い、(腹の中では)排外主義的な言葉を発してしまう。又、酒の席では、ついポロリと出てしまう。特に、今年の夏は、それを刺激する<事件>が多かった。ロシア大統領が北方領土に上陸した。韓国大統領が竹島に上陸し、さらに天皇陛下の謝罪を要求した。さらには香港の活動家が尖閣に上陸した。「ふざけるな!」「許せない!」「政府は何をしてるんだ!」という声が充満している。日本中がネトウヨ化している。日本中が「最後の避難場所」を求めて、ならず者化しているのかもしれない。

 他人のことは言えない。私自身もそうだ。愛国心の素晴らしさと同時に、その怖さも知ってるはずの自分でも、熱い感情に流される。野田総理は竹島に行け! 尖閣に行け! と思う。そこで闘え。談判しろ。話し合いはその次だ、と思ってしまう。「総理は命をかけろ!」と言う石原慎太郎知事の方が頼もしく思える。だから愛国心は怖い。理性を狂わせる。政治家の理性をも狂わせる。

 だって、韓国の李明博大統領は、元々は、理知的で、過去よりは将来を見つめる大統領だと思っていた。李大統領は2008年の就任前から、「(日本に過去をめぐる)謝罪や反省は求めない」と言明。08年4月の訪日の際に、天皇、皇后両陛下と会見し、韓国訪問を直接招請した。

 多分、この頃は、未来志向だったし、それだけ自信もあったのだろう。近い将来、韓国は経済的にも、文化的にも日本を追い越す。今度は、日本が韓国をうらやむ番だ。そんな自信があったのだろう。そんな時、日本の過去をいつまでも言ってられない。そんな時間はない。そういう明るい前向きの闘志がみなぎっていたのだろう。

 ところが、うまくいかない。さらに、実兄は逮捕されるし、大統領の基盤はガタガタだ。もう、「死に体」だ。そこで一発、博打を打った。「愛国パフォーマンス」だ。竹島に上陸し、さらに、天皇陛下への謝罪要求だ。テレビや新聞によると、韓国国内でも「捨て身のパフォーマンスだ」「愛国心に訴えかけた賭けだ」と冷静に見てる人もいる。そう発言する自由もある。しかし、このパフォーマンスで、支持率が一挙に上がったという。この事実の方が恐ろしい。愛国心は、「ならず者の最後の避難場所」ではなく、今や、「死に体」大統領の最後の避難場所になってしまった。又、他の国でも、民衆の不満を外に逸らす手段として、「愛国心」は使われている。

 でも、本当に国を愛しているのか。違うだろう。「国を愛する」と言いながら、本当は、自分の地位、あるいは自分の家族、仲間を守ろうとしているだけではないのか。自分を愛し、自分がかわいいだけではないのか。

 民間人や、あるいは活動家という人々が愛国心を煽るのは、まだ分かる。しかし、一国の責任者たる大統領や首相は、それを抑制し、国と国との外交、世界の平和を考えるべきではないか。それが、将来的にはその国の国益にもつながる。

 そうした大局的な見地がないならば、その国の責任者とはいえない。安易に「愛国心」を利用して、自分を守ろうとするのならば、それは大きな間違いだ。そんな気がする。

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