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奇襲とインテリジェンス

先週の韓国の李明博大統領による竹島上陸は、韓国側から事前の通告もなく青天の霹靂でしたが、これはインテリジェンスや安全保障の分野では奇襲攻撃を許した形に近い状況だと思います。古今東西、軍事的な奇襲攻撃に甘んじる度にその原因が議論されてきましたが、今回の電撃訪問に関して予測はかなり難しかったと思います。

インテリジェンスの世界では予測する対象を「シークレット」と「ミステリー」に分けて考えるようにしていますが、前者は「あることはわかっているが、そこへのアクセスが難しいもの」、例えば敵国の戦闘機やミサイルの配備数などがそれにあたります。後者の「ミステリー」は「あるのかないのかさえわからないもの」で、これから相手の指導者がどのような行動に出たり、戦略を打ち出すのかはかなり不明確なところがあると思います。インテリジェンスが予測しなければならないのは前者の「シークレット」であり、「ミステリー」まで予測しろというのはやや酷な批判でしょう。何とっても「ミステリー」はこれから行う作戦や政策に関わることですから、当事者にとっても曖昧なところがあるからです。

ただ古今東西の奇襲の事例から言えるのは、全く情報がなく奇襲攻撃に甘んじた事例よりも情報はあったのにそれが曲解されたり握りつぶされたりした結果、奇襲攻撃を受けた事例の方が多いように思います。奇襲とインテリジェンスの関係について多くの論考があるコロンビア大学のリチャード・ベッツ教授は、奇襲を許すのは情報機関の問題というよりは、政治や心理的な問題にあるというスタンスを取っており、私も概ね賛同しています。我々は「情報の政治化」と呼んでおりますが、情報があっても政治家や軍人が相手を過小評価したり、自国の備えを過大評価したりして、的確な情勢判断や情報が歪められるケースは多々あります。

恐らく今回の場合も情報があったとしても、大統領の竹島訪問を事前に防ぐ手段はなかったのだと思います。この場合、事前情報だけで大胆な外交政策に訴えるのはリスクが高いと判断されるためであり、ちょうど30年前にフォークランド問題を抱えていたイギリスも同じような問題に陥っていました。イギリスはアルゼンチンが英領フォークランド諸島に侵攻してくるかもしれないという情報は得ていましたが、事前の不確実な情報を頼りに部隊を先に派遣するというのはリスクが高いと判断しました。その結果、事態の推移を傍観するしかなく、結局、アルゼンチンが侵攻するまで待たなければならなかったということです。

しかし事前の情報があれば、対策を練っておくことはできます。イギリス海軍はいつでも機動部隊を出動できるよう、世界中に展開していた艦隊をイギリス近海に集め、またサッチャー政権への根回しも行っており、実際にアルゼンチンが侵攻してくるタイミングで機動部隊を派遣することができたわけであります。諸島奪回のポイントは、相手が上陸し、体制を整える時間を与えないことにありますから、情報に基づいた迅速な危機管理と意思決定は必要不可欠な要素です。イギリスの場合、本土からフォークランド諸島まで機動部隊を派遣するのに2~3週間かかるわけですから、なおさら迅速な対応が求められたわけです。

他方、国際政治学の観点から言えば、通常、このような二国間の関係はお互いが合理的な行動、すなわち有利な立場にある者(今回の事例では韓国)がさらなる優位を求めず、また不利な立場にある者(今回の事例では日本)が敢えて挑戦しないことで関係を安定させるのがセオリーなのですが、明らかに今回の韓国側の行動はこのようなセオリーを無視した非合理的なものであったわけです。

確かに国際司法裁判所に自らの正当性を訴え続ける、というのも正論だとは思うのですが、相手がセオリー無視である以上、あまり現実的な効力は期待できそうにありません。理論上、相手がエスカレーション戦略をとるのであれば、それに対して経済制裁のような思い切った対処法を断行せざるを得ないのですが、これは日韓関係を破綻させてしまいますので、こちらも現実的には難しいでしょう。こういう時こそ外交以上、軍事未満に位置づけられる対外情報機関があれば…とも歯がゆく思うのですが。

やや話が逸れてしまいましたが、今回の李大統領による竹島訪問の情報は、事前に入手できてもおそらく行動を止めることはできなかったが、情報があるのとないのではその後の対応が大きく変わってくるだろう、ということが言えます。英米は1941年7月に日本が南部仏印に進駐する際、情報を得たものの事前の抑止は無理だとの判断からその後の対応を練って、日本が進駐したと同時に対日経済制裁を断行しました。今後、大統領の訪問というカードが切られたことで、韓国側は行動をエスカレーションさせていくことが予測できますから、今回の一件から学ばなければならないことは多いと思います。

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