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研究者には「オウムとは何だったのか」という問いに正面から答えることが求められている―宗教学者・大田俊寛氏インタビュー回答編

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地下鉄サリン事件時の様子(写真提供:共同通信)
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BLOGOSと、「知」のプラットフォームSYNODOSがタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。前回は、宗教学者の大田俊寛氏のインタビュー「オウム事件から「何も学ばなかった」日本の学者たち―宗教学者・大田俊寛氏インタビュー 」を掲載いたしました。今回は、読者からいただいた質問や意見に大田氏が答える回答編をお届けします。【BLOGOS編集部】

研究者に求められているのは、「オウムとは何だったのか」という問いに正面から答えること


前回のインタビュー につづいて、今回は回答編となります。よろしくお願いいたします。

当時のアカデミズムを批判的に捉えることに対して、「では、どうすればよかったのか」と疑問をもった読者もいたようです。「オウム事件に対して宗教学界(あるいは人文諸学界)はどのように反応することが“正しかった”のか」、あるいは、「現段階において“責任を取る”というのはどういうことなのか」という意見です。こちらについてのお考えをお聞かせください。


大田俊寛氏(以下、大田氏):この質問に関しては、すでに自著のなかでその回答に当たることを書いていますので、まずはそちらを引用させて下さい。
オウム事件をどのように総括するかということに対しては、それぞれの立場によってそれぞれの方法がありうるだろう。そして、これを学問的に総括するという場合には、当然のことではあるが、あくまで学の次元における総括が行われなければならない。すなわち、オウムとは何だったのかという問いに対して、可能な限り客観的な答えを見出すこと、そして宗教学の場合には、当時の代表的な宗教学者たちがなぜオウムの幻想の正体を見抜くことができず、その運動を後押ししてしまったのかという問いに対して、答えを見出すことが求められるのである。
(『オウム真理教の精神史』「おわりに」より引用)
オウムに対して研究者が行うべきことというのは、基本的には、今も昔も変わりません。すなわち、オウムの教義がどのような歴史的影響関係のもとに成立したのか、団体運営のメカニズムの特徴はどのようなものだったか、一見して荒唐無稽な宗教でありながら、国内外で数万人規模の信者を集めることができた理由はどこにあったのか、等々の問いに対して、可能な限り客観的な答えを提示する、ということです。現在でも社会には、「オウムとは何だったのか、いまだによく分からない。きちんと納得のいく説明をしてほしい」という要求が明らかに存在しているわけですから、宗教学者はそれに応えなければなりません。私の『オウム真理教の精神史』は、その要求に応じるために書かれたものです。

オウム真理教は、80年代の日本に出現した新興宗教の一つでした。言わばオウムは、歴史とてほとんどない、小規模な宗教団体にすぎなかった。しかし、その全体像を解明するということは、実はそれほど容易ではありません。私の考えでは、オウムの教義のフォーマットを形成していたのは「ロマン主義的宗教論」と呼ばれるものでしたが、その性質を明らかにするためにはまず、ロマン主義が形成された19世紀のヨーロッパにまで時代をさかのぼらなくてはならない。さらに、近代のヨーロッパにおいてなぜ「ロマン主義的宗教論」が台頭してきたのかを明らかにするためには、中世から近代に至るキリスト教史の流れを押さえておかなければならない。日本の一つの新興宗教を分析する際にも、実際には、宗教史全般に関する幅広い知識が求められるわけです。

私は前回のインタビューにおいて、「宗教学は、宗教を客観的に分析・研究するための学問である」と話しました。しかしこのことは、口で言うほど容易なことではありません。私はもともと、「グノーシス主義」と呼ばれる古代末期のキリスト教の異端を研究しており、キリスト教神学の領域に少しだけ足を踏み入れたことがありますから、そこにどれだけ膨大な学知が蓄積されているかということを、おおよそは知っています。それは、一人の研究者がそのすべてを知り尽くすといったことが可能な分野では、到底ないのです。そのことは、イスラム教、ユダヤ教、仏教、儒教といった、その他の宗教でも同様でしょう。そして宗教学は、究極的にはそれらすべての「宗教」を対象とし、客観的に比較分析しようというのだから、これはもともと「不可能なプロジェクト」と言うべきものなのです。私は前回、宗教に対する自分なりの定義を示しましたが、それは「もう宗教の本質は分かった」という意味ではまったくありません。おそらくこういう見方で研究を続けていけば、さまざまな宗教についてかなりの程度まで分析を進めることができるだろうという、出発点における暫定的な方針を示したものにすぎません。

しかし、諸宗教に対する客観的な研究など、およそ「不可能なプロジェクト」なのだから諦めるべきかといえば、そうもいかないでしょう。というのは、近代においては、国家が主権性=至高性の位置を確保し、その下で各人の「信教の自由」が保障されているため、さまざまな信仰を持った人々が社会のなかで共存していかなければならず、特定の宗教のことは、その信者だけが分かっていればよいというわけにはいかないからです。その宗教がどのようなものなのかを、外部から客観的・価値中立的に説明するという役割がどうしても必要になる。

それこそが、宗教学者の第一の職分であるということになります。そして、この意味で宗教学は、所詮は「近代主権国家の御用学」の一つでしかないのかもしれない。しかしだからといって、そういった職分を誰も担わなくてよいということにはならない。また、宗教学には、その研究を突き詰めていけば、近代の体制そのものを一つの「信仰」として相対化できるような、そうした潜在力を秘めているのではないかと、私は考えています。

私は前回のインタビューにおいて、以前にオウム論を執筆した研究者たち、具体的には、柳川啓一や見田宗介の学派に属する宗教学者や社会学者を批判しました。果たして彼らには、自らの職分に対する明確な自覚が備わっていたでしょうか。私には、そうは思われません。彼らは、自分の師匠からロマン主義風の宗教観やニューエイジ風の革命論・実践論を吹き込まれており、いまだにそのエートスをはっきりと自覚化できていないところがある。そして彼らの一部は、諸宗教に蓄積された学知に対する十分な敬意を持たないまま、かえってそれらに対する誤解を蔓延させるような、杜撰な「研究書」を書き散らしている。また、ひとたび日本社会に混乱が起きれば、研究者としての立場をかなぐり捨て、政治的なアクティビストとして行動しようとする。それは、彼らなりに「日本社会を良くしたい」と思っての行動なのでしょうが、私は長い目で見て、それぞれに与えられた本来の職分を放棄することによって社会が良くなっていくとは、まったく思いません。

最初のご質問に対するお答えとしては、かなり遠回りになってしまったかもしれません。「オウム事件に対して研究者がどのようにして責任を取るべきか」という質問にあらためて答えておけば、諸宗教に対して客観的な研究が行えるだけの理論的立脚点を自分がもっているかどうかを再検証すること、そしてそれを通して、「オウムとは何だったのか」という問いに正面から答えること、となります。

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