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「水の都」東京(2)

 徳川家康は、江戸市街地拡大のため、日比谷入江を中心に埋め立てていったが、その後の将軍も、江東区地方の海面などを埋め立てていった。江戸幕府の目的は、居住地、食料供給地、食料・建築資材などの貯蔵用地を拡大するとともに、ゴミ処理場を確保することにあった。

 時代は、明治、大正、昭和、平成と変わっても、埋め立ては継続されたし、今もなお続いている。

 佃島、月島は、明治39年から大正2年に品川台場の浚渫による土砂を使った埋め立てによって誕生した。

 芝浦は明治44年から大正9年にかけて(隅田川口改良第2期工事)、塩崎、枝川、豊洲、塩見は明治43年から大正12年にかけて(枝川改修工事)、晴海、豊洲、東雲は大正11年から昭和10年にかけて(隅田川口改良第3期工事)、天王洲は大正14年から昭和6年にかけて(目黒川改修工事)、作られた土地である。

 明治時代から今日(2013年3月時点)までで、実に5,827ヘクタールが埋め立てられている。東京のウォーターフロント、水辺は、まさにこの都市の発展の象徴なのである。

「水の都市」東京の魅力を倍増させるためにも、舟運の活性化は欠かせない。納涼のために、屋形船で川や海に繰り出していくというのは、江戸時代からの楽しみであり、現在も同じである。

 遊覧船に乗って隅田川の川下りをすると、スカイツリーなど現代東京の魅力を川面から楽しみながら東京湾に出て、浜離宮などに行くことができる。羽田から日本橋まで、高速クルーザーなら40分位で到着する。

 2015年2月26日、イギリスのウィリアム王子を羽田の港から浜離宮まで船でお連れしたが、たいへん喜んでいただいた。

 船の活用は、私の重要政策の一つであった。観光資源としても大いに意味があるし、防災、通勤手段などとしても位置づけられる。そこで、舟運活性化の一環として、2015年6月から、隅田川の両国防災船着場を、官のみから一般の船舶にも開放することにした。

 ここは、JR両国駅から徒歩3分で、国技館の前という好立地であり、現在の都の水上バスに加えて屋形船やクルーズ船が発着するようになり、舟運の活性化に寄与している。公益財団法人東京都公園協会が運営する水上バスの採算性は赤字であるが、民間会社の運営する観光船は黒字である。民間の活力にも学ばなければならないので、両国船着場の開放は、官にとってもよい刺激となろう。

 さらに言えば、両国船着場は寂しすぎる。しゃれたカフェやレストランなども整備して、賑わいを演出しなければならないが、これらは、民間に任せたほうがよい。

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