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ポルトガルは「反緊縮」路線に転じたのか?――2015年総選挙と社会党少数派政権の意味 - 横田正顕 / 比較政治学

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「余震」の中の“PIGS”とポルトガル

ユーロ危機(欧州債務危機や欧州危機などとも呼ばれる)からすでに8年が経過しようとしている。そうしたなか、かつて粉飾財政問題によって危機の発端を作ったギリシアでは、急進左派連合のツィプラス政権が続行する緊縮政策に抗議し、今年5月29日に同政権下8度目のゼネストが決行された。6月1日にはスペインで人民党のラホイ政権に対する憲政史上初の不信任決議が成立し、イタリアでは3月の総選挙以来の混乱の末に、「五つ星運動」と「同盟」に支持されるコンテ政権が発足した。

2010年代前半の最悪の財政・経済状態を脱したとはいえ、その後遺症に悩まされる“PIGS”では、このようにヨーロッパの新たな危機の火種がくすぶり続けている。ユーロ危機当時、その頭文字から“PIGS”と皮肉られた南欧4国(ポルトガル、イタリア、ギリシア、スペイン)は、今もなおユーロ危機の長い影の下にあるようである。

こうした中にあって、他の“PIGS”諸国と比べて何かと話題性に欠けるポルトガルが、昨年来にわかに注目を集めていることは、日本ではあまり報じられていない。やや単純化して言うと、2015年秋に成立した社会党のアントニオ・コスタ政権が「反緊縮」路線に転じ、しかも財政再建の課題を大きく損なうことなく、順調な経済成長の軌道に乗ったというのである。果たしてこれは本当であろうか。

2017年5月、ポルトガルは、2009年12月以来のEDP(過剰財政赤字是正手続き)の適用対象から外れた。投資家向けの情報発信サイト「インターナショナル・アドヴァイザー」は、「ポルトガル:ブタから黄金の子どもへ」(Portugal: from pig to golden child)と題する記事(2018年5月15日付)でポルトガルの経済の好転を伝えた。“TINA: There Is No Alternative”(ほかに道はない)という言説が支配する現代において、なぜこのようなことが可能になったのであろうか。

緊縮政策のリレー:中道左派政権から中道右派政権へ

2009年秋の粉飾財政の露見によってユーロ危機の発端を作ったギリシアは、2010年4月に「トロイカ」(欧州委員会[EC]、欧州中央銀行[ECB]、国際通貨基金[IMF]の3者)の救済案を受け入れた。ポルトガルのソクラテス政権(社会党)は、このトロイカの直接監視下に入ることを避けるため、3次にわたる独自の緊縮パッケージ政策を打ち出し、「ポルトガルはギリシアではない」と訴え続けて1年近く何とか持ちこたえていた。

しかし、すでに2009年の総選挙で議会少数派に転落した社会党の政府が、景気後退の中で緊縮路線を推し進めたことへの反発は大きく、⾸相周辺の贈収賄・資⾦洗浄疑惑の続発(ソクラテスは2014年11⽉逮捕、2017年10月起訴)がこれに拍⾞をかけた。2011年3月、すべての野党が第4次緊縮パッケージ案に反対したことでソクラテスは首相辞任を表明し、本来の予定より2年以上も繰り上げて2011年6月に総選挙が実施されることになった。

選挙管理内閣となったソクラテス政権の置き土産は、780億ユーロの救済資金と引き換えに、トロイカとの間で結んだMECPE(「融資の政策条件に関する覚書」、以下「トロイカ覚書」)であった。6月総選挙では、社会党が23議席を失って第2党(230席中73議席)に転落する一方、社会民主党と民主社会中道党はあわせて30議席を加え(それぞれ108議席と24議席)、実業界出身の社会民主党党首ペドロ・パッソス・コエーリョの中道右派連立政権が成立した。

トロイカ覚書には、財政赤字の削減に直接関わる方策だけでなく、労働市場改革など、ポルトガル経済の体質強化を大義名分とする構造改革の提案が数多く含まれていた。この覚書に沿って、パッソス・コエーリョ政権は、付加価値税や所得税の増税のほか、公務員給与の削減や公共サービスの廃止を推し進めた。年金制度に関する抜本的な改革はなされなかったが、保険料の増額や給付額の削減、無拠出型年金の受給資格審査の厳格化、定年の66歳への引き上げなどが矢継ぎ早に打ち出された。

こうした緊縮努力の成果として、ポルトガルは2014年5月にはトロイカ支援からの「卒業」宣言に至った。国債の募集が再開されたという意味では成功である。しかし、1人当たりGDPが2010年から2014年にかけて4.9%下落したことや、総雇用数が490万から450万に減少したことなどに見られるように、マクロ経済的には、経済問題はむしろ深刻化した。パッソス・コエーリョ政権下最初の2年間で医療サービスや社会保障が大幅にカットされ、公教育支出は23%切り詰められた。企業倒産は2012年に41%増加する一方、失業率は2013年に17.5%に達した。

2015年総選挙とポルトガルの「壁」崩壊

パッソス・コエーリョ政権は、2013年までに7度も改定されたトロイカ覚書の中に、当初はなかった独自の民営化政策や規制緩和政策を滑り込ませていった(Moury and Freiré 2013, p. 44)。外圧を利用した強硬な緊縮・構造改革路線に対して、当初は主流3政党(社会党、社会民主党、民主社会中道党)の間に合意が存在していたかに見える。しかしその合意は、2012年9月に年金保険料の引き上げ案に反対する大規模な抗議運動が起き、社会党が2013年度予算案に明確な反対を表明するとようやく崩れ始めた。

2014年5月の欧州議会選挙で、連立与党の選挙連合「前進ポルトガル」(Portugal à Frente)が3議席を失って21議席中7議席に留まったことは、この間の緊縮・構造改革路線の痛みが許容範囲を超え始めたことを意味していた。一方の社会党は、1議席を加えて8議席を確保したものの、中道右派と代わり映えのしないこの党への見方は厳しかった。予測を下回る選挙結果の責任をとって党首アントニオ・セグーロ(ソクラテス前首相の後任)は辞任した。

任期満了に伴う2015年10月の総選挙で、景気回復の兆しを追い風と受け止めた連立与党・前進ポルトガルは、過去4年間の実績を強調し、財政規律化条項を憲法条文に取り入れることや、社会保障改革の実現を選挙綱領に掲げた。統一民主同盟(共産党と緑の党の選挙連合)や左翼ブロックなどの急進左派はこれを強く批判したが、前リスボン市長アントニオ・コスタを新党首に迎えた社会党の立場は、曖昧なままであった。

しかし、異例の選挙結果が社会党に明確な選択を迫ることになる。前進ポルトガルが大幅に後退する一方(132→107議席)、社会党は86議席まで何とか回復するに留まった。こうして単独で議会多数を制する政党が不在となった。他方で、左翼ブロックの躍進によって(8→19議席)、左派陣営全体は過半数(合計122議席)に達していた。社会党がどう振舞うかが次期政権のカギを握った。社会党は社会民主党との大連立を念頭に置いていたが、2015年10月末にこの連立交渉は不発に終わった。

組閣交渉第1段階の失敗によって、アニバル・カヴァコ・シルヴァ大統領は、比較第1位の会派を率いるパッソス・コエーリョに続投を依頼した。社会党は野党に留まるか、急進左派との協力関係を進めるかのどちらかの選択を迫られた。この時に障害となったのが、1974年のポルトガル民主化の過程で明らかとなった社会党と共産党の不和、すなわち国内冷戦構造の遺産(ポルトガル版「ベルリンの壁」[muro de Berlim])であった。

結党以来最高の55万票を獲得した左翼ブロックは、共産党からの分離派を抱えながらも、歴史的対立とは無縁の社会運動型の新興政党である。左翼ブロックと共産党との間には、緊縮政策への反対の度合いにも温度差があった。にもかかわらず、同党は社会党と共産党を仲介し、中道右派政権の継続を阻止するための合意を実現した。2016年度予算案の否決という形で第2次パッソス・コエーリョ政権に事実上の不信任を突きつけた左派陣営は、総選挙から約2か月の迷走を経て社会党単独のコスタ政権の誕生に力を貸した(Lisi and Fernandes 2016; Freiré and Pereira 2016)。

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