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金持ちより貧乏人のほうが「誠実」なのか

カネや名声を求める生き方は「不誠実」なのだろうか。2018年度から小学校の正式教科になった道徳の教科書には、清貧さを尊んだ手品師の物語が紹介されている。そして「誠実に生きるとは、どのようなことでしょう」という問いがある。教育行政に詳しい寺脇研氏は「教科書で特定の価値観を押し付けてもいいのか」と疑問を投げかける――。

※本稿は、寺脇研『危ない「道徳教科書」』(宝島社)の一部を再構成したものです。

2018年から小学校の新たな教科として「道徳」がスタートした。写真は検定が終わった道徳の教科書。(写真=時事通信フォト)


■少年のためにビッグチャンスを捨てた手品師

次に紹介するのは、8社の教科書がすべて採用した定番教材である「手品師」という話である。原作者の江橋照雄(1932-1999)は道徳教育の専門家として知られた元小学校教諭で、全国幼稚園長会会長もつとめた人物だ。

【手品師】

あるところに、うではいいのですが、あまり売れない手品師がいました。もちろん、くらし向きは楽ではなく、その日のパンを買うのも、やっとというありさまでした。

「大きな劇場で、はなやかに手品をやりたいなあ。」

いつも、そう思うのですが、今のかれにとっては、それは夢でしかありません。それでも、手品師は、いつかは大劇場のステージに立てる日の来るのを願ってうでをみがいていました。

ある日のこと、手品師が町を歩いていますと、小さな男の子が、しょんぼりと道にしゃがみこんでいるのに出会いました。

「どうしたんだい。」

手品師は、思わず声をかけました。男の子は、さびしそうな顔で、お父さんが死んだあと、お母さんが働きに出て、ずっと帰ってこないのだと答えました。

「そうかい。それはかわいそうに。それじゃおじさんが、おもしろいものを見せてあげよう。だから元気を出すんだよ。」

と言って、手品師はぼうしの中から色とりどりの美しい花を取り出したり、さらに、ハンカチの中から白いハトを飛び立たせたりしました。男の子の顔は、明るさを取りもどし、すっかり元気になりました。

「おじさん、あしたも来てくれる。」

男の子は、大きな目をかがやかせて言いました。

「ああ、来るともさ。」

手品師が答えました。

「きっとだね。きっと来てくれるね。」

「きっとさ。きっと来るよ。」

どうせ、ひまな体、あしたも来てやろう。手品師は、そんな気持ちでした。

その日の夜、少しはなれた大きな町に住む、仲のよい友人から、手品師に電話がかかってきました。

「おい、いい話があるんだ。今夜すぐ、そっちをたって、ぼくの家に来い。」

「いったい、急にどうしたというんだ。」

「どうしたも、こうしたもない。大劇場に出られるチャンスだぞ。」

「えっ、大劇場に。」

「そうとも、二度とないチャンスだ。これをのがしたら、もうチャンスは来ないかもしれないぞ。」

「もう少し、くわしく話してくれないか。」

友人の話によると、今、評判のマジックショーに出演している手品師が急病でたおれ、手術をしなければならなくなったため、その人のかわりをさがしているのだというのです。

「そこで、ぼくは君をすいせんしたというわけさ。」

「あのう、一日のばすわけにはいかないのかい。」

「それはだめだ。手術は今夜なんだ。あしたのステージに、あなをあけるわけにはいかない。」

「そうか……。」

手品師の頭の中では、大劇場のはなやかなステージに、スポットライトを浴びて立つ自分のすがたと、さっき会った男の子の顔が、かわるがわる、うかんでは消え、消えてはうかんでいました。

(このチャンスをのがしたら、もう二度と大劇場のステージには立てないかもしれない。しかし、あしたは、あの男の子が、ぼくを待っている。)

手品師は、迷いに迷っていました。

「いいね、そっちを今夜たてば、あしたの朝には、こっちに着く。待ってるよ。」

友人は、もう、すっかり決めこんでいるようです。手品師は、受話器を持ちかえると、きっぱりと言いました。

「せっかくだけど、あしたは行けない。」

「えっ、どうしてだ。君が、ずっと待ち望んでいた大劇場に出られるというのだ。これをきっかけに、君の力がみとめられれば、手品師として、売れっ子になれるんだぞ。」

「ぼくには、あした約束したことがあるんだ。」

「そんなに、大切な約束なのか。」

「そうだ。ぼくにとっては、大切な約束なんだ。せっかくの、君の友情に対して、すまないと思うが……。」

「君が、そんなに言うなら、きっと大切な約束なんだろう。じゃ、残念だが……。また、会おう。」

よく日、小さな町のかたすみで、たった一人のお客さまを前にして、あまり売れない手品師が、次々とすばらしい手品を演じていました。

■手品師の葛藤は簡単に払拭できるのか

この「手品師」の話は学習指導要領の「正直、誠実」の項目に対応しており、「誠実に、明るい心で生活すること」を子どもたちに学び取らせる狙いがある。だが、手品師が最後、男の子の前で、心から明るい気分で手品を披露しているようにも思えない。ビッグチャンスを捨てなければならなかった痛恨の思いが簡単に払拭できるとしたら、そのほうが不自然な話であるからだ。

■「結論」を誘導する質問

この「手品師」の話の後には各社、それぞれ「学びの手引き」として、子どもたちへのいくつかの質問が掲載されている。ある教科書にはこうある。

<手品師のすばらしいところはどこでしょう。みんなの意見を聞いてみましょう。>
<誠実に生きるとは、どのようなことでしょう。自分の考えをまとめて発表しましょう。>

こうした質問は、往々にして、読み手にあるひとつの「結論」を誘導する役割を果たすことがある。

この美談仕立ての「手品師」を読んで「誠実に生きるとは何か、答えなさい」と言われたら、たいていの子どもは「チャンスを捨ててまで約束を守った手品師のように生きること」と答えるだろう。しかし、それでは手品師の内心の葛藤は何だったのかが議論されないままに終わってしまうことになる。

■「チャンスを無駄にしたくない」思いは不誠実か

この話ではあえて説明されていないが、手品師を迷わせた「大きなチャンス」とは、具体的に言えば、経済的な利益や自身の名声のことである。

「誠実に生きる貧乏人」と「不誠実に生きる金持ち」がいたとしたら、どちらがよりよい生き方なのか。そしてその場合、どちらの心が明るくて、どちらの心が暗いのか。手品師にはもっと、別の問題解決の選択肢はなかったのか。そもそも、人生におけるチャンスを無駄にしたくないという思いから、約束を守らなかったとして、それは「誠実に生きる」ことと矛盾するのか――。

そうした答えのない問いに対する議論が起きれば良いが、「手品師」というタイトルの横に「みなさんは誠実に明るい心で過ごしていますか」とリード文が付けられている教科書では、ひとつの価値観を押し付けていると言われても仕方のないものである。

■低学年に「節度・節制」を教え込むという問題

また、低学年用を中心に、すべての教科書に採用されているのが「かぼちゃのつる」という話で、原作者は児童文学作家の大蔵宏之(1908-1994)である。低学年向けゆえ、多くは絵やイラストを使用した、紙芝居風の作品となっている。

【かぼちゃのつる】

おひさまが、ぎんぎら ぎんぎら まぶしい あさです。

かぼちゃの つるは、ぐんぐん のびて いきました。

(ミツバチ)かぼちゃさん、こっちは ひとがとおる みちだよ。

(かぼちゃ)そんな こと かまうもんか。

(ミツバチ)かぼちゃさん、 あなたの はたけは、 まだあいていますよ。

(かぼちゃ)ほっといて くれ。ぼく、そっちへ のびたいんだい。

(スイカ)かぼちゃさん、 わたしの はたけに はいらないで。

(かぼちゃ)すこしくらい いいじゃ ないか。けちけちするなよ。

(小犬)かぼちゃさん、ここは みんながとおる みちだよ。これでは とおりにくいよ。

(かぼちゃ)またいでとおれば いいじゃ ないか。

ぶるるるる。

トラックが とおりました。そして、あっというまに、かぼちゃの つるを きって しまいました。

おひさまは、あいかわらず、ぎんぎら、ぎんぎら、てりつけて いました。

(かぼちゃ)いたいよう。いたいよう。ああん、ああん。

この「かぼちゃのつる」は、学習指導要領の「節度、節制」の項目に対応している。指導内容に「わがままをしないで、規則正しい生活をすること」とあり、この話におけるかぼちゃは、周囲の忠告も聞き入れず自分の「わがまま」でつるを伸ばしていったところ、最後はトラックに轢かれてつるを切られてしまうという「問題児の悲劇」といった描かれ方だ。

だが、これは「かぼちゃは悪い」という話以外にはなりようがない。小学校低学年とはいえ、「とにかくわがままはいけません。でないとかぼちゃのようになってしまうよ」と、葛藤も救いもない話で「節度、節制」を教え込むのは問題がある。

■なぜ「つるを伸ばしたかった」のか

この「かぼちゃのつる」の話で抜け落ちているのは、なぜ、かぼちゃがそれほどまでにつるを伸ばしたかったのか、という点である。

人間の行動には動機があり、一見わがままに見える行動にも、必ず理由がある。たとえばブランコに乗る順番を守らず、列に並ばないで割り込んだ子どもがいたとしたら、それは待つのが嫌で、一刻も早くブランコに乗りたかったという動機がそこにはある。その動機が、果たして他者の権利とどうぶつかり合うのか、それを考え、他者と議論することが重要である。

同じ学習指導要領には「個性の伸張」「希望と勇気、努力と強い意志」という項目もある。多様な個があって公があるという考えに立てば、自分がやりたいことをやるという「わがまま」が、いつなんどきであっても絶対に悪いとは言えないだろう。

つるを伸ばすことは、心身の成長とも考えられる。かぼちゃがなぜ、それほどまでにつるを伸ばしたかったのか。そうした説明もないまま「悪いかぼちゃ」を描く教科書では、分かりきった結論を言う子どもしか出てこないはずである。

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寺脇 研(てらわき・けん)
京都造形芸術大学 客員教授
1952年生まれ。東京大学法学部卒業後、75年文部省(現・文部科学省)入省。92年文部省初等中等教育局職業教育課長、93年広島県教育委員会教育長、1997年文部省生涯学習局生涯学習振興課長、2001年文部科学省大臣官房審議官、02年文化庁文化部長。06年文部科学省退官。著書に『国家の教育支配がすすむ』(青灯社)、『文部科学省』(中公新書ラクレ)、『これからの日本、これからの教育』(前川喜平氏との共著、ちくま新書)ほか多数。

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(映画評論家、京都造形芸術大学教授 寺脇 研 写真=時事通信フォト)

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