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「韓国には2つの北朝鮮がある」 歴代最高位の北朝鮮亡命外交官・太永浩氏インタビュー ~北への純粋な視点を欠く韓国~ - 菅野 朋子

 北朝鮮情勢が目まぐるしく動いた今年、韓国では北朝鮮関連本の売れ行きが好調だ。

『太永浩の証言 3号階書記室の暗号』 ©共同通信社

 なかでも、ベストセラーになっているのが、元駐英北朝鮮大使館公使を務めた太永浩氏の『太永浩の証言 3階書記室の暗号』だ。

 故金日成主席が核を開発することに至る舞台裏や北朝鮮特有の目眩まし外交戦略、そして金正恩統治に至るまでをつぶさに記したノンフィクションで、5月中旬に出版されてからこれまで14万部を突破し、「韓国で北朝鮮ものは売れないというジンクスを覆したといわれています」(全国紙記者)。

 太氏は、2016年8月に英国から韓国に亡命した、北の亡命外交官の中では歴代最高位。

 今年5月末に所属していた大韓民国国家情報院傘下の国家安保戦略研究院を辞め、8月初めにブログ「太永浩の南北動向フォーラム」をオープンした太氏に自身の活動や今後の米朝交渉の展望などについての話を聞いた。

――まず、ブログを立ち上げた経緯について教えてください。

「北朝鮮のそのままの姿、事実を知ってほしいと思ったからです。

大使館公使時代、国際社会での北朝鮮はひとつしか存在していませんでしたが、韓国に来てみると、2つの北朝鮮がありました。ひとつは、実際にある北朝鮮と、もうひとつは韓国の中で作り上げられた虚構の北朝鮮です。

 例えば、『平壌に実際に行ってみたら、ビアホールなどの娯楽施設もあり、ソウルと同じような生活をしている。太氏の本(『太永浩の証言 3階書記室の暗号』)では北朝鮮住民は独裁者のもと奴隷と化していると書かれているが、それは偽りではないか』と主張した韓国の方がいました。平壌にはもちろん娯楽施設がいくつかありますが、それを享受できる国民がどれだけいるか。

北朝鮮を語る時は施設の有無でも文化などの側面からでもなく、システムで語らなければなりません。指導者と国民がどういう関係にあるのか、社会主義という名分の下、国民が奴隷になっていることについて目を向けなければいけませんが、そうした事実は韓国では受け入れられない時がある。

 さらには、韓国では保守派と進歩派それぞれ北朝鮮へのアプローチ(接近)方法が異なっていて、純粋なアプローチがありません。

 オンライン上ならより多くの人にありのままの北朝鮮の姿を伝えられ、知ってもらうことができ、考えてもらえる。そして、それをもとにたくさんの人と意見を交換し合い、討論できます。そんな思いからブログを開設しました」

――ご自身は北朝鮮でも難関の平壌外国語学院(中・高等教育課程)から平壌国際関係大学に進み、外交官になられ、英語、中国語が堪能です。「南北動向フォーラム」で視聴できる講演の一部には英韓中の3つの言語バージョンもありますし、ブログにも英語や中国語で読める機能がついています。海外からの反応はありましたか?

「英語圏の方から、激励のメールをいただきました。

 日本の方にも読んでいただきたいので、今、日本語でも読めるよう準備を進めていて、8月末~9月頃には完成する予定です。

 ブログもこれから、自由討論の場を設けて、さまざまな意見交換をしたいと思っています。ほかには、私自身が韓国に来て体験したことや、新しく発見したことなどの話や、今や3万人を超える脱北者の中には大きな成功を収めた人がたくさんいますから、そうしたサクセスストーリーなども紹介していこうと思っています。

 日本の多くの方にアクセスしていただけるとうれしいです(笑)」

――5月に本を出された後、北朝鮮は名指しで批判をしました。また、7月末には国家安保戦略研究院を退職されたことを、「(太永浩は)北朝鮮の強硬措置により追い出された」とし、「それでも反北の謀略活動を続けている」と批判しました。

「こうした批判は、逆に私の本の存在を海外にいる脱北者に広報してくれた格好となりました(笑)。また、北朝鮮は、私を研究院から追い出せるほど韓国を動かせると主張して、〈韓国に脱北してもみすぼらしい身の上となる〉と北朝鮮国内で喧伝しているようですが、事実は私を実際に見ていただければ分かることです。

 研究院を退職することはずいぶん前から考えていたことで、それはやはりこうした活動を広く進めていきたかったからにほかなりません。

 現在、ブログや国民統一放送での講演などのほかには、統一を担う世代となる南北の大学生を集めてアカデミーを開校しています。統一のためには、まず互いの国をよく知ることがなにより大事ですから、統一のための人材育成の一環です。

 YouTubeでも放送を始める予定で、準備を進めているところです」

――北朝鮮は核を手放すことはないと『文藝春秋』(2018年7月号)のインタビューでもおっしゃっています。膠着している米朝交渉をどう見ていますか。

「そもそも、シンガポールでの米朝首脳会談では、非核化についての過程と方式の認識に齟齬がありました。

 米国は、まず非核化、次いで信頼構築、制裁解除を順序としていて、方式はCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)としていますが、北朝鮮の順序は先に信頼構築をした後、非核化に進み、その方式も自発的なものとしています。シンガポールでの米朝宣言では、米国は非核化を焦点にして語ったつもりが、北朝鮮では信頼構築の上での非核化とそれぞれ意味するところが異なっているのです。

 北朝鮮は、米朝首脳会談後の7月初め、朝鮮労働党の幹部を集めて『核は先代首領が残してくれた高貴な遺産であり、われわれには核がなければそれは死だ』という講演を行っています。米朝首脳会談後、金正恩がとったミサイル試験場の解体や米兵の遺骨送還などはただのパフォーマンスで、非核化とはほど遠いものばかりです。その意志がないということにほかなりません」

――9月には今年3回目となる南北会談が開かれる予定です。何が焦点となるのでしょうか。

「文大統領としても非核化が進まなければ、北朝鮮が言う『終戦宣言』にこぎ着けることは難しくなります。

 まず、北朝鮮の非核化のスケジュールが明らかにならなければいけません。スケジュールがでれば、朝鮮半島の平和と非核化も進展し、制裁も解除されるという、非核化の順序を正しく認識するところから始めるべきでしょう。

 ですから、9月の南北会談では、終戦宣言の採択と北朝鮮の非核化のスケジュールの設定、核施設リストの作成を同じ“籠”にいれて話し合いを進めるべきです。

 3回も南北が会談を持ちながらも非核化への明らかなロードマップが出てこなければ、米国、ひいては国際社会の北朝鮮への猜疑心は再び膨らんで、北朝鮮への制裁は解除されず、同じことが繰り返されることになります」 

 太氏のインタビューは、ソウル市内のある一室で行われ、その狭い部屋には警護員が同席した。教室でいえばすぐ後ろの席にいるような距離感に座っていて、時々、彼らのひそひそとした声が耳に届いた。

 いつになれば、太氏にそんな警護のつかない日が来るのだろうか。

(菅野 朋子)

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