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05月16日 14:50
日本の法律はガラパゴス

国交省は、関越道で7人が死亡したバス事故を受けて、バスなど公共交通の安全を確保するための「検討チーム」を設置し、どういう方向性で取り組むべきかの協議を始めたと言う。 子供でもあるまいし、今更「ど...

父上は厳しくても、愛情が深かった。「三代世襲」にはもともと否定的でした。祖父(金日成主席)に容貌だけ似ている弟の正恩が、どれだけ北朝鮮の人々を満足させられるか、疑問です。世界的スクープ!インタビュー7時間+メール150通。人は見かけによらぬもの、とは言いますが、この本を読んで、その言葉をあらためて思い知らされた気がします。
私の自身のマカオ生活……私のマカオ生活に対して誤解が多いようです。金正男さんは、スイスへの長期(9年間)の留学経験もあり、そこで、さまざまな「資本主義経済の国から来た友人」たちとも交流していたそうです。
まず私のギャンブル狂い説です。私が一角で報道されたニュースにように、マカオVIPカジノに毎夜、出入りしていたとすれば、多分いまごろ落ちぶれ、乞食になって通りに座っているでしょう。
過去マカオを観光で旅行する時、カジノのスロットマシン程度のゲームをしていましたが、マカオに住んでいても、カジノへの出入りはしていない点を明確にしたいです。
それではカジノもしない私がなぜマカオにしばしば現れるかとの疑問が必ず出るでしょう。
私が西側教育を受けて、小さい時から自由を満喫しながら、成長したという点はすでに知られた事実だと考えます。私は今やはり自由奔放さを好みます。
ところで一度考えてみて下さい。
北朝鮮の旅券を持ってビザなしで行ける国が果たしていくつあるでしょうか。もし北朝鮮旅券で全世界旅行が自由だったとすれば、私が幼稚にもドミニカ偽造パスポートを持って日本のディズニーランドを訪問しに行ったでしょうか?
私がマカオにたびたび行く理由は、家族が居住する中国の中で最も近く、自由奔放な地区ということです。
――日本には、結局何回来たんですか。正男氏がこんなに「日本の文化好き」だったことも驚きなのですが、金正日総書記の長男であっても、こんな生活が許されていたというのは、ちょっと驚きでした。
正男:5回だと思います。日本では新橋第一ホテルによく宿泊し、夜おでんを食べに行きました。おでん屋は銀座に近い一軒家でした。新橋駅に近い店でした。
――「お多幸」とか言いましたか? そういう名前の店が新橋の近くにあります。それと、赤坂に通ったそうですが?
正男:忘れましたね。新宿では焼肉の「瀬里奈」によく行きました。赤坂の高級クラブは特別な場所です。そこは民団系、総連系、一般の日本人もいます。みんなが一緒になって歌を歌い、お酒を飲んでいた。いつかこういうふうに壁がなくなればいいと思ったものです。
その他には熱海の温泉にも行きましたよ。「石亭」という名前でしたね。お風呂がすばらしく、忘れられません。その後もスイスなどで温泉に行きましたが、日本で入った温泉にはかなわなかった。
――なぜ日本に5回も来たんですか。
正男:日本文化に小さい時から関心があったからです。高倉健、真田広之の映画をよく見ました。全般的に日本の文化に関心があったんです。
「三代世襲」というのは、過去封建王朝時期を除いては前例がないことで、常識的には社会主義に符合することもないことは、世人が共感する現実です。正男氏の「複雑な立場」がうかがえるメールなのですが、少なくとも正男さんが知っている、父・金正日は、「三代世襲を望んではいなかった」ようです。
また三代世襲に最も否定的だった父親が、今日これを押し切ったのには、それくらいの内部的要因があったと信じています。個人的考えですが、いわゆる「白頭の血統」(故金日成主席の血統)だけを信じて従うのに慣れた北朝鮮住民たちに、その血統でない後継者が登場する場合、面倒なこともあったとだと考えられます。
(中略)
私は「三代世襲」は反対します。しかし北朝鮮内部の安定のために「三代世襲」を押し切らなければならなかったとすれば、これに従わなければならないといいました。北朝鮮の内部安定は皆に有益なためです、北朝鮮の内部混乱は地域の混乱を持ってくる可能性もある危険なことだと考えます。
当然兄として弟に協力する用意があります。あくまで弟が願う場合にですね。さらに「海外から」と条件をつけています。
北朝鮮が崩壊すると発言をしたことはありません。
弟正恩とは対面したことはありません。
正哲と外国で、何回か偶然に会ったことがあるだけです。
私は今、北朝鮮政治と関係ない人間です。党代表者会に参加する理由もなく名分もありません。
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