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自分を信じて、人と違うことをやろう!

2012年02月13日 11:13

田原総一朗

2月6日、渋谷の映画美学校に行った。
テレビドキュメンタリーについて話をするためだ。
僕の話の前に、「テレビに挑戦した男 牛山純一」というドキュメンタリー映画が
上映された。

牛山純一さんはテレビプロデューサーだ。
日本のテレビ草創期の立役者のひとりである。
僕が東京12チャンネル(現・テレビ東京)に入ったとき、すでに牛山さんは、
僕らにとって憧れの人だった。
僕が初めて見た牛山作品は「鷹匠 老人と鷹」である。
日本テレビの「ノンフィクション劇場」というシリーズで、1962年に放送された。
驚くほど完成度が高かった。
鷹匠の老人と鷹とのふれあいを撮った作品で、カンヌ映画祭でも賞をとった。

牛山さんが早稲田大学を卒業後、就職したのは、開局したばかりの日本テレビだった。
1953年のことである。
当時、テレビ局は、まだNHKしかなく、日本テレビは、日本初の民放テレビ局だった。
だから、何もかもが試行錯誤だ。
テレビ番組というものを一から生み出していた時代だったのである。
そのような時代の中で、牛山さんは生放送の迫力を次々に全国に知らしめていった。

たとえば1959年、今の天皇である皇太子のご成婚パレードである。
牛山さんは、パレードのコースに沿ってレールを敷き、その上にカメラを設置した。
パレードの車列の動きに合わせてカメラを走らせるためである。
そうすることで、美智子さまが乗った馬車の横から花嫁の顔をとらえ続けることが
できたのである。この発想は、ほかのどのテレビ局にもなかった。
ご成婚パレードの中継合戦は、日本テレビの圧勝だった。

60年代はベトナム戦争の時代である。
当時、ドキュメンタリーを手がける者にとって、ベトナムは絶対に行かなければ
ならない場所だった。もちろん、牛山さんもベトナムへ行く。
そこで「南べトナム海兵大隊戦記」を撮った。
ところが、その第1部を放送したとき、大騒動が巻き起こった。

牛山さんは、南ベトナム政府軍を追いかけていた。
その中で、「ベトコン」狩りで少年たちが捕虜となる。
この「ベトコン」とは、南ベトナム解放軍のゲリラ部隊を指す言葉で、アメリカと
南ベトナム政府側による蔑称である。
少年たちは尋問され、その末、一人の少年は首を切り落とされた。
牛山さんは、この凄惨なシーンをすべてフィルムにおさめ、テレビで放送したのである。
このシーンが残酷すぎると、大きな社会問題になり、日本テレビに抗議が殺到した。

ベトナムで取材する日本人を守っていたのは米軍であった。
ベトナムに行ったジャーナリストはたいてい米軍のそばを離れない。
「ベトコン」が怖いからである。
実は、僕もベトナムに取材班を送った。
ところが、カメラマンが持って帰った映像は、望遠レンズで撮ったものばかりだった。
牛山さんの映像と比べると、距離が決定的に違った。

牛山さんが南ベトナム政府軍の活動を間近で撮ることができたのは、牛山さんの交渉力が
並外れたものだったからだ、と僕は思う。
「南べトナム海兵大隊戦記」の中のナレーションでも、南ベトナム軍の兵士に向かって、
人間対人間として呼びかけていた。
牛山さんは、自分と同じ人間として、兵士たちに接したのだ。
だから、日本人の取材チームが受け入れられたのだろう。
大問題になったあのシーンも、すぐそばで撮ることができたのである。

今回のドキュメンタリー映画、「テレビに挑戦した男 牛山純一」を見ると、
残酷さだけを訴えたものではなかったこともわかる。

「南ベトナム海兵大隊戦記」は第3部まで放送する予定だった。
しかし、第2部と第3部は、結局、放送されなかった。
テレビプロデューサーとしての牛山さんはもう終わりだろうと、そのとき僕は思った。

ところがである。
その翌年、牛山さんは「すばらしい世界旅行」という新しいドキュメンタリー番組を
始めたのだ。
当時の日本人がよく知らなかった世界各地の文化や暮らしを紹介する番組である。

僕はびっくりした。そして感心した。
深刻なテーマだけではなく、明るく人間的なドキュメンタリーも牛山さんは作ることが
できるのだ。こういうところが、彼の素晴らしいところだと僕は感動したのである。

「なぜ撮るのか?」
あるドキュメンタリー映画作家に僕は質問したことがある。
彼の答えはこうだった。
「君は俺に、なぜメシを食うのかと聞くのか。聞かないだろう? それと同じだ」

このドキュメンタリー作家とは土本典昭さんである。
水俣病のドキュメンタリーで知られる映画監督だ。
この答えを聞いたとき、土本さんは正直な人だなあ、と僕は思った。

僕が、テレビドキュメンタリーを撮り出した頃、土本さんや牛山さんなど、
生きのいいドキュメンタリー作家が大勢活躍していた。
そういう時代だった。
彼らは、メシを食うように撮る。いや、ドキュメンタリーを撮るためにメシを
食っていたのだ。
気骨あるドキュメンタリー作家の作品は面白い。
もちろん批判もいっぱい受ける。
そこがドキュメンタリーのいいところだと僕は思う。

最近のテレビドキュメンタリーはお涙頂戴の感動ものばかりである。
いろいろな規制などで、撮りたいものを自由に撮れなくなっているのだろう。
昔とは違うということもわかる。
だが、それでも僕は、やろうと思えばできると思う。
たとえば、僕は撮影中に2回、逮捕されたことがある。
それでも、2回ともちゃんと番組は放送された。

人と同じことをやっても、面白くない。自分が面白いと思うことをやる。
そんな意志と思いから本当に面白いドキュメンタリー作品が生まれるのだ。

なお、この「テレビに挑戦した男 牛山純一2月11日(土)から24日(金)まで、2週間限定でオーディトリウム渋谷で上映されます。

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雑誌『オフレコ!』の責任編集長も務める不屈のジャーナリスト

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