仙台に来て思うのは、何故復興庁を仙台に置かなかったかだ。
東日本の復興の先頭を担う覚悟があるのだったら関係者は皆、東北に来ればいい。
復興関係者が1万人いるのか10万人単位なのかそれとも30万人もいるのか分からないが、復興の現場を見ないで復興のことを語るべきではない。
復興大臣を予算委員会に貼り付けておくような無駄なことは止めるべきだ。
復興関係の審議は全部仙台でやればいい。
永田町の国会議員も復興関係の予算や法律案の審議をしようというのであれば労を厭わず仙台に来ればいい。
JR東日本は東北新幹線を増発すべきである。
この際上野駅は外して、新幹線のスピードアップと運賃の低廉化に努めるべきである。
出来れば東北新幹線の経由ルートを池袋、新宿、渋谷を経由して品川に直結するする新・新幹線ルートを開いて欲しい。
そうすれば東北はもっと近くなる。
仙台にいて日本を考えればそういうアイデアが生まれてくる。
皆、自分のところが一番いいと思っているだろう。
東京の永田町にいると、永田町は動けないと思えてくる。
霞ヶ関にいると、霞ヶ関が一番いいと思えてくる。
思い切って、みんなで仙台に来ることだ。
ここで東北にどっぷり浸って東日本の復興のことを考えればいい。
そんなことは宮城県や岩手県、福島県に任せればいい、などと思われるかも知れないが、そうではない。
地元に長くいると地元のことにばかり目が行って全体を見渡すことが難しくなる。
蟻の目と鳥の目と魚の目が必要だと言われるが、もう一つおまけに必要なのが心の目だ。
野田総理は惜しいことをした。
仙台に復興庁を置けば、野田総理は霞ヶ関の論理を跳ね返す力を持った政治家だったと評価されるところであった。
この記事を筆者のブログで読む

元衆議院議員。弁護士としての立場から社会事象を分析する。