「75円63銭の時点で指示し、78円20銭のところでやめた」
「素人財務相」は10日の衆院予算委員会で、急激な円高に対応して昨年10月31日から11月4日まで実施した円売り・ドル買い介入についてこう述べ、防衛相の陰に隠れていた鬱憤を晴らすかのように、久しぶりにその「素人」ぶりを存分に発揮した。
相場に不必要な影響を与える可能性があるため、政策当局は具体的な介入水準を明らかにしないのが通例である。しかし、復興庁に対して「先例主義にとらわれずに」使命を果たすことを求めた野田総理の意向に応えるかのように、「素人財務相」はあっさりと「先例」を破ってみせた。
これに対して野党から「介入効果を損ないかねず、国際的な信用を失う懸念もある」と批判があがると同時に、日本の単独介入を快く思わない欧米当局からの批判も想定されるという懸念も報じられている。「素人財務相」は、「先例」を破って「洗礼」を浴びた格好。
民主党政権が介入に関して具体的水準に言及するのは「素人財務相」が始めてではない。2010年9月15日に政府が2004年以来6年ぶりの介入に踏み切った際、当時の仙谷官房長官は当日の記者会見で「82円が一つの防衛ラインか」との質問に対して、「財務相のところでそういうふうにお考えになったんだろうと思う」と発言し、当時の財務相が「82円を防衛ライン」と置いていることを暴露してしまったことがある。ちなみに、当時の財務相というのは、野田総理である。
「82円が防衛ライン」としていたはずの政策当局は、その後「防衛ライン」をあっさり放棄し、75円台まで円高を放置することになる。
政策当局が為替介入に踏み切る理由として挙げるのは「過度な相場変動を抑える」というコメントに代表されるように為替市場の「変動」が一般的である。それは、為替水準自体に意味を持たせることが難しいからである。
「75円63銭の時点で、日本経済に危機的な状況が及ぶということで介入を指示した。78円20銭のところでやめた」
今回「素人財務相」はこの様に述べたが、こうした発言は、「素人財務相」が、「75円63銭では日本経済に危機的な状況が及ぶが、78円20銭では日本経済に危機的な状況は及ばない」と認識しているということを示唆するものである。
従って、「何故75円63銭では日本経済に危機的な状況が及ぶが、78円20銭では日本経済に危機的な状況は及ばない」と考えているのか、「日本経済に及ぶ危機的な状況とはなにか」といった、介入実施に対する説明責任を果たさなくてはならない。特に「素人財務相」は、為替介入に際して、「納得いくまで介入させてもらいたいと思う」と発言しており、何故「78円20銭で納得したのか」を説明する義務がある。
その根拠を示せないとなると、為替介入は「素人財務相」の気分で実施されることになってしまう。「素人財務相」は、介入水準の言及に続いて、日本単独での介入に米欧から批判が出ていることについては「私の判断で必要であれば断固たる措置を取らせていただく」と述べている。
こうした発言は、「素人財務相」は、「私の判断」という「曖昧な基準」で介入水準を決めることが可能で、「私の判断」によって日本が「国際的孤立リスク」を負うことも厭わないと考えていることを示したものである。しかし、説明も出来ない「素人財務相」の「曖昧な判断」に日本の国益を委ねるような危険なことを望んでいる国民は殆どいないはずである。
本来、政策当局による為替介入は、「絶対に負けてはならない戦」である。何故ならば、為替介入の資金は、外国為替資金証券という短期国債を発行する(殆どは日銀が直接引受けているとされる)こと、要するに「財政再建原理主義者」の忌み嫌う「国の借金」を原資としているからである。
この外国為替資金証券に関しては、「為替市場のいかなる動向にも十分な余裕をもって機動的な対応を行いうるようにするため、外国為替資金証券発行等限度額を、23年度当初予算における150兆円から165兆円へと引き上げる」ことが決定している。
「素人財務相」が国会で為替介入の具体的水準に言及した10日、財務省は国債や借入金を合わせた国の借金が、2011年12月末時点で過去最大の958兆 6385億円になったと発表した。そしてこの事実を「財政再建原理主義者」の日本経済新聞は、「今年1月1日時点の日本の総人口(1億2773万人)で割ると、国民1人当たり約750万円の借金を抱えている計算になる」と、お得意の「必要のない不安感を煽る新興宗教的手法」で報じている。
しかし、こうした主張は「我田引水」である。
958 兆6385億円の内、外国為替資金証券を含む政府短期証券の残高は123兆7889億円と、「国の借金」全体の約13%を占めている。また、政府が決定した外国為替資金証券発行限度額165兆円というのは、昨年末時点での「国の借金」の17%強である。つまり、「国の借金」の13~17%程度が、増大する社会保障費とは殆ど関係のないものなのである。
問題は、増大する社会保障費とは関係のない「国の借金」が、「素人財務相」の「曖昧な判断」のリスクに晒されていることである。
外為特会は、1円の円高進行で1兆円前後の評価損が生じるとされ、財務省の試算では外為特会が抱える評価損は2011年11月末で40兆円超(1$=77円で算出)と、2010年12月末の35兆円(同82円)から拡大したことが報じられている。
この外為特会が抱える40兆円超という損失規模は、現状の消費税収入の約4倍、つまり消費税率に直して20%分に相当するものである。
国の「財政再建」が喫緊の課題だと国の財政を憂うのであれば、「財政再建原理主義者」は「素人財務相」の言動を、もっと厳しく追及すべきである。「素人財務相」の「曖昧な判断」によって、隠れ借金が積み上がるようなことを容認してはならない。「素人財務相」の「曖昧な判断」で実施された介入によって、「国の借金」は必要以上に膨れ上がっている。そのツケを、「国民1人当たり約750万円の借金を抱えている」と煽り、「増税」という形で国民に負担させようとするやり方は、余りに姑息である。
財務相という重要なポストを、「市場を注視する」「必要な時には断固たる措置をとる」という2つのフレーズだけを覚えれば誰でも務まるような「軽い存在」にしてしまったことで、国民は「重い負担」を負わされる羽目になっている。こうした「馬鹿げた構図」を改めることが、「財政再建」の第一歩である。
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ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つ