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豪雨に負けない森はどこへ…。今国会で成立「森林経営管理法」が日本の山と林業を殺す=田中優

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山と共存する「自伐林業」

昔のきこりたちは山から木を伐り出してくるために、木馬道(きんばみち)を作っていた。それはなるべく斜面を削らず、高低差のある所では伐採した木材を積み上げて、橋のような構造物を造り、そこにレールのように木材を並べて運び出していた。そこまでして山の斜面を削らずに運び出していたのだ。

こうした山を傷めない施業方法は今、「自伐林業」と呼ばれる施業に引き継がれている。山には重いものは入れず、「チェーンソーゃワイヤー、フォワーダ(小さな木材運搬機)や2トンロングトラック」程度しか入れない小径を造っていく。その小径からさらに葉脈のように小さな道をつけていく。そのトラックの入る道路もまた、斜面の側に落ちるように傾斜をつけて作ってある。そうすることで、豪雨の時に道が雨の流れで削られないようにしているのだ。その林道を車で走ると、車が斜面の下側に傾くので落ちそうな感触になって怖いのだが、そのことも手伝ってトラックも轍をつくらずに走るようになると言っていた。

台風の日に徳島県の「橋本林業」が管理する自伐林業の山を見せてもらったことがある。豪雨の後だというのに、全く崩れることもなく林道が続いていた。その日の作業は、道路に塞がるように落ちている枝葉を作業靴で崖下に落とす作業が中心だった。

このような伐採方法を「自伐林業」と呼んでいる。

山に負担をかける「森林組合型林業」

「自伐林業」と対になるのが、「森林組合型林業」だ。森林組合では効率的に経営しようと思うあまり、一斉に木材を皆伐して市場に出し、山に負担をかけてしまうやり方をする。

今でこそ皆伐はしなくなったが、多くの森で横一列に伐採する「列状間伐」をする。ところがその列の幅はいつの間にか広めに取られるようになり、皆伐と変わらないような伐採のされ方をしている現場も多いのだ。そうすると豪雨で水害を招くような森の現場になってしまう。

日本の山は経済的に壊滅してしまう

木材については質の高い方からA材(建築用材)、B材(合板や集成材など)、C材(紙生産のためのチップ)、D材(バイオマスとして燃やすための材)がある。今回の「森林経営管理法」で恩恵を受けるのは、中心となる素材生産業者は主に膨大な生産量で稼ごうとする巨大企業である。B材(合板など)、C材(チップ)、D材(バイオマス)の取引が多くなるからだ。

ところが、日本の山は放置されてしまった荒れ果てた山を除けば、意外なことにA材(建築用材)、さらに超A材とも呼ばれる最高級建築用材もたくさん育っているのだ。

これに対して全体の網掛けが、低質材中心になっていることがおかしい。「森林経営管理法」によって低質材中心に集められ、そこに交じり込んだA材を市場に横流しすれば、素材生産事業者は儲かる。今ただでさえ価格が低迷して困っている林業者が山を保全しながらA材を生産しようとしても、素材生産事業者が横流しするA材に市場価格が暴落させられれば、もはや山は「打つ手なし」の経済的崩壊状態になってしまうだろう。

たとえば「間伐材だから低級材」になるわけではない。木材の質によるのだ。間伐材でも丈が短いだけで木材市場で十分A材として販売できるものもある。これまで一所懸命に山を大事にしてきた「きこり」さんのような人たちの利益を、「素材生産事業者」の横流しが奪う結果になりかねないのだ。

「森林経営管理法」が日本の林業をダメにするワケ

自伐林業では、ほとんど「択伐」によって選ばれた木だけを市場に出す。常に森には木が育ち、択伐した後の空間にだけ再度植林をしていく。

そうすると、まっすぐ上にだけ択伐した木のあった光の射す空間ができるため、広葉樹であってもまっすぐ空に向かって育とうとするのだ。その結果、通直(木目もくめなどが縦にまっすぐに通っていること)に伸びる広葉樹を育てることもできていた。

こうして一本一本を択伐して市場に運び、販売していく方法だ。どんな木でもいいから市場に運び出す「森林組合的林業」とは全く違う。

今回の「森林経営管理法」は全くもって「森林組合的林業」の延長線にある。B材C材を中心に「一山いくら」の販売をして、素材加工業者である製材所に届けるだけの林業となるからだ。

山をただのカネとして見ていない「森林経営管理法」

そうではなく、森を保全する最前線にいる「きこり」の人たちの利益になる仕組みにしていくべきだ。

今の改正案は、大きな力を持つ「素材生産事業者」を中心にした仕組みになっている。そして、山を本当に保全できる人たちを排除し、素材生産事業者の作る勝手な市場価格が暮らし方を決めていくことになる。

木々はもっと樹齢を重ねていくことで、もっと貴重な性質を持った材となり、山は多様性を持った生物たちの作り出す豊かな空間になれるのに、この改正案は山をひたすらカネの場に変えてしまおうとしているのだ。

生物としての木ではなく、カネになるコンクリートや鉄骨が育っているだけの場所のように認識している。「環境」も「災害防止」もカネと直接関係ないからと無視されれば、今よりさらに山は荒れるだろう。

強引な拡大造林計画で自然林を人工林にして荒らしてしまった後に、木材自由化によってその価格を著しく安いものにしてしまった。それを一部の心ある人たちが森の環境を改善してきた矢先に、今回の「森林経営管理法」がそうした現場での努力を無視して大きな「素材生産事業者」に利益を分配する仕組みにするのだ。

「森林払い下げ疑獄事件」に発展する?

この「森林経営管理法」の問題点について、東大大学院教授の鈴木宣弘氏は以下のように述べる。

「経営意欲が低い」と判断されると、強制的に経営権を剥奪され、受託企業がそこの木を伐採して収益を得ることができる。無断で人の木を切って販売して自分の利益にするというのは、盗伐に匹敵するほどの財産権の侵害で、憲法に抵触する。

そして仕上げとして、来年には国有林についても、その管理・伐採を委託できる法律が準備されている。これは国の財産を実質的に企業にタダで払い下げることである。

出典:林業改革の問題点 林家よりも企業優遇 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏 – 日本農業新聞(2018年7月24日配信)

これは恐ろしい話ではないか。いわば「平成の森林払い下げ疑獄事件」とも呼べるような事態が進められることになる。

かつて日本の財閥と軍が日本を帝国主義的な専制国家にしたという反省に立って、戦後に「財閥解体」が進められた。それによって「農地解放」と同時に進められたのが「財閥解体」だった。その戦後解体された財閥には、チップなどのために世界中の山を破壊してきた「製紙会社」もあったことを思い出すべきだ。その製紙会社などが「チップ材」や「合板・MDF材」「バイオマス材」など低質木材の購入者として再び権力を持つのだ。

それら財閥に、再び豊かさを取り戻しつつある日本の森が、タダで明け渡される状態になっているのだ。

子孫のために森を守ってきた「きこり」を蔑ろにしてよいのか…

かつてきこりたちは、荒れた山に土嚢をかついで登り植林をし、山を再生させてきていた。

その木材は育つまでに百年以上かかるため、自分の利益のための努力ではなかったのだ。子孫のため、未来世代の人のために努力してきたのだ。百年後に木を売って利益が得られるとしても、自分の世代ではなかったのだ。その努力を横から出てきてかすめ取る。それがこの法によって実現させられようとしているように見える。

今やっと育ってきた木を、もっと樹齢を重ねた豊かな材にしてはどうか。遮二無二伐採して木材の齢級を平均化させるのではなく、古くからの森と新たな森が共存していても毎年伐採する木材の量を平均化させることはできるはずだ。

山を壊すのは林業政策の失敗であって、重すぎる「高性能林業機械」を入れるために削り取った林道だ」と知ったうえで、今を見てほしい。じっくりと私たちの生涯以上の長さで変化していく山を監視していてほしい。

新制度は「山殺し」でしかない

私たちは宮城県の山で、山を保全して使い続けていくための林業を実施している。

皆伐はせず、択伐しながら広葉樹の自然林を造ろうとしている。そこにつける道路は極めて小さな小径を細かに入れ、運び出すのも「高性能林業機械」ではなく、かつて盛んに使われていたウマに頼っている。ウマなら自分で小径を選んで作り、林道を壊すこともない。しかも夏場には最も費用の掛かる下草狩りを、頼まなくても食べてくれる。最初一回の下草刈りだけで、後の下草刈りはウマとウシとがやってくれる。彼らは炎天下でも自由に動き回り、下草を食べ、植林木への栄養を届けてくれる。

本来の林業はこうした人間を含めた生き物たちの場が育んでいく場ではなかったか。もともと林業は工業生産ではない。その対極にある生命の営みに合わせた時間のかかる生産なのだ。

それを現場も知らない見にも来ない人たちに管理させるのがおかしい。もっと謙虚になって自然に起きることに学びながら進めなければ、結局「林業」とは名ばかりの利権の奪い合いの場にされてしまうのだ。

林業者の側から見ると、勝手に「所有した」と名乗る人たちによる「山殺し」でしかないのが、「林業の再生」という名目の新制度である。山という場は、たくさんの生き物が交錯して暮らす場で、カネになるためのものを育てる場などではない。そこには仲間としての生き物に対する敬意がないとうまく進められないし、無理な使い方を考えるのではなく、無理のない利用法を昔に遡って教わるようでないと実現できない。

それを水が売れるからと買収して水源を奪ったり、高値で売れるからと伐採して輸出したりするのが間違っている。あくまで天然素材はその地に付随する豊かさとして存在するだけであるので、販売したり輸出するためのものではない。

大自然の美しさは、決しておカネに変えられない

最近、近くの山の木材が皆伐されて、そこに太陽光発電が設置された。こんな破壊が自然に優しいはずもないし、持続可能なはずもない。近くの他のメガソーラーは今回の西日本豪雨によって土砂崩れを招いて壊れた。

山をカネの尺度で考えたら、そうした利用法を考えることになるのだろう。カネの尺度でしか考えられない人たちに、どう説明したらいいのかと考えると、言葉を失う。そこにある自然の美しさは、誰のものでもない。

前述した「自伐林業」をしている橋本さんの山に入って、雨上がりの森を見て息を飲んだ。「山紫水明」とでも言うべきか。そんな山づくりをしたいと思う。

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