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ミケランジェロ:謎を持つ「未完の大作」と復活を遂げた「最新作」 - フォーサイト編集部

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 イタリア・フィレンツェの《ダヴィデ》、サン・ピエトロ大聖堂の《ピエタ》、システィーナ礼拝堂の《天地創造》《最後の審判》、《サン・ピエトロ大聖堂クーポラ》《カンピドーリオ広場》など、彫刻、絵画、建築の各分野で誰もが知る大作を後世に残したルネサンスの巨匠ミケランジェロ・ブオナローティ(1475~1564年)。

 彼はどの分野でもその才能をあますことなく発揮させ、存命中からすでに神格化されていたほどだったという。

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 実際、弟子であるジョルジョ・ヴァザーリ(1511~74年)は、自身が執筆した『美術家列伝』(初版は1550年)のなかで、「過去の者も当代の者も含め、あらゆる芸術家のなかで栄光を獲得し、他のすべてを凌駕し圧倒するのは、神のごときミケランジェロ・ブオナローティである」と述べている。加えて、「彼が君臨する領域は3つの芸術のうち1つだけではなく、これらすべてなのである」とミケランジェロの多才ぶりを称えるが、彼自身は「彫刻家」であることに誇りを持ち、絵画の仕事を受けたくないと、たびたび周囲にこぼしていた。

 だが、ミケランジェロ芸術の真髄とも言える大理石彫刻作品は、40点ほどしか現存していない。さらに、「浮彫」ではなく、全体像を彫り出す「丸彫り」の作品は三十数点のみ。だからこそ、「至宝」たるミケランジェロの彫刻が所蔵元を離れて海外に貸し出されることは、非常に難しいという。

 しかしこの度、国立西洋美術館で開催されている「ミケランジェロと理想の身体」展には、2点もの丸彫り作品が初来日した。それが、《ダヴィデ=アポロ》と《若き洗礼者ヨハネ》である。

聖書の英雄とギリシャの神

 「88歳で長寿をまっとうしたミケランジェロにとって、大理石彫刻作品が約40点というのは、未完も含めてのことですから、少なく感じますね。そのなかでもある程度の大きさを持った丸彫り作品ということを考えると、この展覧会では非常に貴重な2点を展示することができたと思います。また、ミケランジェロが20歳のころに彫った《若き洗礼者ヨハネ》は、等身大の立像としては第1作となる作品で、《ダヴィデ=アポロ》は50代につくられたもの。神童としての技がいかんなく発揮された前者と、円熟の極みを見せる後者。それぞれの異なる魅力を鑑賞できます」と解説するのは、展覧会監修者である国立西洋美術館の飯塚隆主任研究員。実はこの2点、約500年前の一時期、同じ所有者の下にあったと考えられている。それぞれ数奇な運命をたどり、現代の日本で“再会”を果たしたのだという。

 2つの作品が展示されている会場に入ると、まずは巨人ゴリアテを倒した聖書の英雄とギリシャの神の名を持つ《ダヴィデ=アポロ》が目に入る。未完作であるにもかからず、ヴァザーリに「たぐいまれなる」と評された彫像だ。

 「主題が2つあるのは、どちらなのか特定できていないからです。医術や弓術、音楽の神であったアポロであれば、背中にまわした左手は矢筒から矢を引き抜こうとしている姿ですが、ダヴィデもまた投石器でゴリアテと戦っているので、背中の塊が彫り込まれていない以上、どちらとも判別がつきません。また右脚を乗せている丸いふくらみはゴリアテの頭とも考えられます」

 1527年、神聖ローマ皇帝(兼スペイン王)カール5世の傭兵隊がローマを襲う「ローマ劫掠(ごうりゃく)」が起きると、その混乱に乗じてフィレンツェではメディチ家が追放され、共和制が樹立した。共和国軍に参加したミケランジェロは築塞総監督に就任し、戦時中に幾何学的で美しい要塞プランを考案している。しかし、それは彼にとって幼少期より恩義を受けたメディチ家を裏切ることも意味した。

 わずか3年後の1530年、フィレンツェ共和国は教皇と皇帝の連合軍に敗れ、再びメディチ家の支配下に置かれる。共和国政府の戦友たちが粛清されていくなか、ミケランジェロだけは刑を免れ、教皇軍総裁バッチョ・ヴァローリから彫刻の注文を受けていた。それがこの《ダヴィデ=アポロ》。教皇クレメンス7世との和解を取り持ってもらうため、ミケランジェロがヴァローリの気を引こうとしたとも言われるが、反対に共和国軍を裏切ることになった彼の心中は、どのようなものだったのだろうか。

 「《ダヴィデ=アポロ》は1532年、ヴァローリから手紙で催促されているので、この段階で完成していないということがわかっています。1534年には教皇に呼び出され、ミケランジェロはフィレンツェからローマに移住しているので、必然的に作業が進められなくなり、未完のままヴァローリの手に渡ったと思われます」

 フィレンツェ公コジモ1世の代になると、政治思想を変えたヴァローリは、反メディチとなって1537年に斬首された。弟子のヴァザーリはこの彫刻について、「バッチョ・ヴァローリのための大理石像で、アポロが矢筒より矢を取り出している」と述べているが、処刑後、コジモ1世に没収された財産目録では「ブオナローティの未完のダヴィデ」として、と記されている。ミケランジェロの心中とともに、この像の「主題」もまた今もって謎のままだ。

 が、未完とはいえ、否、未完だからこそ、「鑿(のみ)の跡による表面のざらつきが、人を惹きつける“不思議な陰影”を醸し出している」と飯塚研究員は言う。

 「基本形は片足に重心をかける古代ギリシャ彫刻の古典的なポーズ“コントラポスト”ですが、右膝を曲げ、左腕を高く掲げて体にひねりを加えることで体の線が螺旋状となり、観る角度によって“姿”が違って見えます。男性的でも女性的でもあり、たくましいと見える場所もあれば、割と線が細いと思うところも。穏やかな感じがすると思えば、躍動的だったり、純真な清らかさを湛えていたかと思うと、次にはなまめかしかったり。角度や観る人の心の有様によって、表情がまったく異なる。相反するようなものをこの彫像に託し、見事に調和させているのは、ミケランジェロの意図によるものだと思います。顔の表情、特に目元が最後まで仕上げられていないこともまた、この彫像を神秘的にしています。落ちついているのか、物思いに耽っているのか、陰鬱な表情を湛えているのか……。

 《ダヴィデ=アポロ》を観ると、私たちは自然とこの像に引き寄せられ、像に沿って1周したくなります。それは取りも直さず、私たちがこの像の重力に取り込まれているということ。良い彫刻作品というものは、鑑賞する人間も含めて、その場の空気までも支配するのです」

 まさしくこの彫刻は、ミケランジェロが50代半ばでたどり着いた美の境地といえるだろう。

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