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勉強が苦手な人が今後より苦しくなる理由

単純作業はもちろん、管理や経営、記事の執筆と行った知的労働の分野にまで、AIの進出が予見されている。そんな中、早稲田大学ビジネスファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏は、新著『「超」独学法 AI時代の働き方へ』(角川新書)で、「新しい『勉強の時代』が到来している」と主張する。コンピュータやロボットに仕事を奪われないために、人間は「勉強」を通じて何を身につけるべきなのか――。


写真=iStock.com/PhonlamaiPhoto

■驚異的なスピードで進化するAI

人間の神経細胞(ニューロン)の働きをまねた仕組み(ニューラル・ネットワーク)をコンピュータに作り、大量のデータで学習させるディープラーニングと呼ばれる機械学習の技術によって、AIの進歩が加速しています。これまで人間がやってきたことを、コンピュータがより効率的に遂行できるようになりました。

従来、コンピュータやロボットが代替するのは単純労働が中心と思われていました。しかし、最近では、コンピュータが知的労働の分野にも進出しています。翻訳ができる。データを与えられて記事を書くことができる。作曲ができる。自然法則の発見もできる。ビジネスにおいても、ビッグデータを活用することにより、個人に合わせてアドバイスができるようになっています。

■管理者や経営者の仕事もAI化される?

また、ブロックチェーンの技術も、働き方に大きな影響を与えます。ブロックチェーンとは、仮想通貨の基礎になっている技術です。コンピュータの集まりによって情報を記録・管理します。管理者や経営者の仕事は、ブロックチェーンの技術を用いる「スマートコントラクト」というプログラムに置き換えて実行することが可能です。ビットコインが管理者なしに運営されているように、いずれは管理者や経営者がいない事業体が登場すると予測されます。

人間は、AIとブロックチェーンによって仕事を奪われることになります。専門家や経営者の仕事も安泰ではありません。こうしたことはこれまでもありました。例えば産業革命がそうです。しかし、今回はもっと影響が大きいでしょう。


野口悠紀雄(著)『「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ』(KADOKAWA)

■どこに人間の仕事を見出していくのか

では、そうした時代になると人間のやることはなくなるのでしょうか? 確かに、ある種のことについては、コンピュータの能力は、人間を上回っています。囲碁やチェスなどの分野で、人間がコンピュータと張り合っても無駄です。しかし、すべてのことについて人間が劣るかと言えば、そんなことは決してありません。実際、現在のAIが人間と同等以上にできるのは、特定の分野にかぎられています。これを「特化型AI」と言います。

多くの人がAIについて持っているイメージは「汎用(はんよう)AI」でしょう。人間以上の感覚と判断力を備え、人間と同じように考える「スター・ウォーズ」の「C-3PO」など、SFや映画の中に出てくるAIです。しかし、人類はそれを(少なくとも現在の時点では)実現できていません。

さらに重要なのは、AIが作業を代替することによって、価値が高まる人間の仕事もあるということです。これからは、「どこに人間の仕事を見いだしていくか?」を問い続けることが求められます。

AIの時代において重要なのは、「私が知りたいことは一体何なのだろうか?」、あるいは、「私がすべきことは一体何なのだろうか?」を問い続けることです。これこそ、知識の探求における、最も重要な課題です。そして、それは、その人がそれまで習得した知識と問題意識によって決定されます。

■新しいアイデアを発想するためには知識が不可欠

AIによって自動翻訳が発達すると、外国語の勉強は必要なくなるのでしょうか? 決してそんなことはありません。自動翻訳では微妙なニュアンスは伝えられないことが多いのです。また、正確な翻訳が必ずしもよいわけではありません。

文学作品であれば、翻訳された作品と本物は別のものです。ゲーテの『ファウスト』は、ドイツ語でしかその真価を理解することはできません。英語に翻訳しただけで、その価値が大きく減少してしまうのです。だから、いかに自動翻訳が発達しても、外国語を習得することには大きな意義があります。外国語を使える能力は、どんなにAIが発達しても要求されるでしょう。

グーグルの元CIO(最高情報責任者)は、「インターネットの普及で知識は簡単に手に入るようになったから、知識は経済的価値を失った」という趣旨の見解を自著で述べています。あるいは、知識は外部メモリにあればいいという意見もありうるでしょう。確かに、物知りの価値は低下しました。

しかし、私は、知識の価値そのものが低下したとは思いません。そう考える理由はつぎのようなものです。

新しい情報に接したとき、それにどのような価値を認めるかは、それまで持っていた知識によります。新しい情報に接しても、知識が少なければ、何も感じません。しかし、知識が多い人は、新しい情報から刺激を受けて、大きく発展します。

新しいアイデアを発想するためには、知識が不可欠です。既存の知識と問題意識のぶつかり合いでアイデアは生まれます。その場合、知識が内部メモリにあって、すぐに引き出せるようになっていないかぎり、それを発想に有効に使えません。したがって、アイデアの発想のためには、多くの知識を内部メモリに持っていることが必要です。

■疑問を抱く力で、人間はAIより優位に立てる

知識が必要だと考える第2の理由は、質問をする能力を知識が高めるからです。知識があるからこそ、何かを知りたいと思います。そして、質問を発することによって、探求が始まります。知識が乏しい人は、疑問を抱くこともなく、したがって、探求をすることもなく、いつになっても昔からの状態にとどまります。

ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て、「リンゴは落ちるのに、なぜ月は落ちないのか?」と疑問を抱きました。そして、ここから力学法則が導き出されました。創造的な人は、それまで他の人がしなかった問いを発することによって、新しい可能性を開きます。現在のAIがニュートンと同じような疑問を抱くことはないでしょう。ニュートンと同じような疑問を抱けるAIが将来作られる可能性は否定できません。しかし、そうした機械は、簡単には作れないでしょう。

同様のことはさまざまな場面について言えます。例えば、文章の執筆です。すでにAIは、「今日の株式市場の状況について書け」と命令されれば、その要求に応えます。データがあれば、スポーツ観戦記事を書くこともできます。しかし、文章執筆で最も重要なのは、「一体、何について書けばよいのか?」というテーマの設定であり、これは、質問を発する能力と同じことです。AIには、その判断ができるでしょうか?

「AIはすでにレコメンデーションやパーソナルアシスタントができるのだから、文章のテーマ選択など簡単にできる」と考えられるかもしれません。しかし、レコメンデーションやパーソナルアシスタントは、ビッグデータからもたらされるものであり、普通の、ありきたりの考えを基にしています。それで文章を書いても、一般の人の普通の要求に応えることにしかならないでしょう。

AIは、命令されれば株式市況やスポーツ記事を書くことができます。しかし、人間から命令されずに、『戦争と平和』の現代版を書くという気持ちにはならないのではないでしょうか?

■知識を得る過程そのものに価値がある

さらに、つぎのようなことも言えます。知識は、何かを生産するための手段として必要なものと考えられてきました。しかし、実は知識そのものが重要なのかもしれません。つまり、知識を得ること自体に価値があるかもしれないのです。これは知識に関する深淵(しんえん)な問いです。

人間は、子供のときから謎解きに挑みます。答えを得たところで何の役にも立たないと知っていても、謎解きの過程そのものが楽しいから、それに挑戦するのです。

以上のように考えると、AI時代においては、勉強の必要性がなくなるのではなく、逆にますます重要性を増すことがわかります。

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野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業。64年大蔵省(現・財務省)入省。72年イェール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て2011年4月より早稲田大学ビジネスファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。ベストセラー多数。Twitterアカウント:@yukionoguchi10
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(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口 悠紀雄 写真=iStock.com)

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