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ヒップホップ・モンゴリア、あるいは世界の周縁で貧富の格差を叫ぶということ - 島村一平 / 文化人類学・モンゴル研究

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貧富の格差や政治腐敗といった社会問題にするどく切り込むドキュメンタリー『モンゴリアン・ブリング』が、今月17日渋谷にあるミニシアター、アップリンクファクトリーで初めて上映される。日本初公開にあわせ、今をざわめくモンゴル・ヒップホップとその厳しくも驚くべき社会・文化的背景を解説しておこう。

ヒップホップ・モンゴリア

「ヒップホップの発祥地は、モンゴルなんだよ」

映画の冒頭、民族衣装(デゲル)で身を固めた中年の男が大真面目に語る。どこかの国のとんでも起源説みたいだと切って捨てるのはたやすい。しかし、そう思わせるような文化的背景がモンゴルにあるのは事実だ。実はこの男は、れっきとした伝統的な口承文芸の担い手、ユルールチ(祝詞の語り部)である。

彼の「ヒップホップ・モンゴル起源説」については、あとで検討するとして、まずはヒップホップがモンゴルという国の「固有の文化」と呼べるくらい進化をとげている、という事実は認める必要があろう。そのライムのテクニックにおいても、歌われる内容においても、びっくりするくらいクールで個性的だ。レゲエがジャマイカという国の代名詞であるように、ヒップホップがモンゴルの代名詞だと言われる日も近いのではないか、と思えるくらいだ。もはや遊牧民やモンゴル相撲、馬頭琴だけが、「モンゴル文化」ではない。――そう、この国は、ヒップホップ・モンゴリアなのである。


http://5th-element.jp/event/mongolianbling_tokyo_screening/2018-06-17

そんなモンゴル・ヒップホップの今を世界に向けて初めて発信したのが、オーストラリア人のベンジ・ビンクス監督によるドキュメンタリー映画「モンゴルアン・ブリング」(2012年)である。このタイトルは「モンゴル語の/モンゴルスタイルの韻踏み」を意味する。韻を踏みながら、モンゴルのラッパーたちは、貧富の格差や環境問題、政治腐敗といったローカルかつグローバルなイシューにするどく切り込む。愛だの青春だの友情だのといったことしか歌わない、どこかの国のヒップホップ風フォーク歌手たちとはわけが違う。


Mongolian Bling trailer

モンゴルのゲットー「ゲル地区」出身で、舌鋒するどく政治批判をするMヒップホップの帝王、Geeとそのライバル、エリート出身のQuiza。Sasha Go Hardを彷彿とさせるような透る声で畳みかけるような高速ライムを刻むスラム出身の女性ラッパー、Geniie。そして彼女を世に送り出した、モンゴル・ヒップホップのオリジネーターの一人で、今は亡きエンフタイワン。本作「モンゴリアン・ブリング」は、ヒップホップのアーティストたちの姿を通してみた現代モンゴル像である。従来の牧歌的なモンゴル・イメージがきっと覆されるに違いない。

ところで筆者の専門は文化人類学で、とりわけシャーマニズムを中心としたモンゴル文化の研究をしてきた。そうした中でシャーマニズムや口承文芸といった伝統文化に通ずる性格を持つモンゴルのヒップホップに注目してきた。この原稿では、この映画の舞台となったウランバートル(UB)とヒップホップの故郷たるゲル地区やヒップホップの歴史、シャーマニズムや口承文芸との「文化的連続性」などを紹介することで、この映画を理解するための補助線を引くことにしよう。

グローバル都市UBの光と影

映画の舞台は、モンゴルの首都ウランバートル。人口146万人。人口310万人のこの国の約半分が首都に集中している。モンゴルといえば、大草原と遊牧民イメージで語られることが多いが、2018年現在、実は遊牧民はもはや総人口の10%にも満たない。


ウランバートルの高僧ビル群 2016年 撮影 島村一平

急激な人口流入とグローバル化が進むこの都市では、高層ビルの建設が進み、街の中心部には高級ホテルや高級レストランが立ち並ぶ。ブランドに身を固めたおしゃれな女子たちがGUCCIやLouis Vuittonの専門店で新作を物色する。グルメだってフランス料理やイタリアン、インド料理や中華はもちろん和牛ステーキや寿司だって食べれる。

2000年代以降、豊富な鉱山資源の開発が進み、この国の経済は急速に成長した。その結果、煌びやかな都市文化が花開いていった。その陰で貧富の格差は拡大し、明日のパンにも困りゴミを漁って暮らす人々すら出てきたのである。

UBは、政府庁舎のあるスフバータル区を中心に東西に細長く広がる街である。周囲を四つの“聖なる山”に囲まれた盆地に位置する。政府庁舎のある街の中心部周辺は、高層ビルが立ち並ぶ。社会主義時代に作られたソ連式の集合住宅(日本の昭和の公団住宅と似たテイストの建物)の合間にタワーマンションも林立しはじめた。

タワーマンションや集合住宅にはセントラルヒーティング(注1)が完備されており、-30度を超える真冬でも室内は常に+20度ほどに保たれている。しかしこうした快適な暮らしを享受するのは、この都市の市民の半分弱に過ぎない。残りは、「ゲル地区」と呼ばれる暖房や上下水道の整備されていないスラムで暮らしている。

(注1)火力発電所で発生した熱で温水を作り、都市の集合住宅に温水菅で分配することで部屋を暖める暖房のシステム。

そんなUBを悩ますもう一つの大きな問題は、世界最悪レベルの大気汚染である。そもそもウランバートルとは「赤い英雄」という意味をもつ。社会主義時代、コミュニズムのシンボルカラーから名づけられた。しかし今や「オターンバートル(煙の英雄)」だと皮肉られるようになった。冬季の大気汚染は、なんとWHOが定めた国際安全基準値の133倍(PM2.5が3320㎍/㎥)(注2)

(注2)UNICEF MONGOLIA’S AIR POLLUTION CRISIS: A call to action to protect children’s health February 2018
https://www.unicef.org/mongolia/Mongolia_air_pollution_crisis_ENG.pdf

とある海外のニュースサイトでは「もはやディストピア・レベル」だなんて表現していたけど、残念ながらその通りだと思う。その一方で政治家や会社経営者といったモンゴルの金持ちは、大気汚染の影響が少ないUB南部のボグド山麓に豪邸を建ててくらしている。

そんな高まる貧富の格差と社会不安の中、2000年代中頃よりカルト的なシャーマニズムがUBを跳梁しはじめた。少し状況は落ち着いたものの2010年代前半には、UBの人口の1%がシャーマンになるほど、現代モンゴル人はシャーマニズムに傾倒した。それについて筆者はシノドス誌で「シャーマニズムという名の感染病――グローバル化が進むモンゴルで起きている異変から 」「地下資源に群がる精霊たち――モンゴルにおける鉱山開発とシャーマニズム」という論考を発表しているので参考にしてもらいたい。

本作の登場人物Geeは熱心なシャーマニズトであるし、モンゴル・ヒップホップのオリジネーターでもあるグループIce Topのメンバーの中にはシャーマンになった者もいる。

モンゴルのゲットー、ゲル地区

そんなUBでヒップホップの震源地となっているのが、「ゲル地区(Ger Khoroolol)」と呼ばれるスラム街である。ゲル地区は、UBの中心部から東西および北に向かってスプロール化している。(煙の来ない南部は金持ち地区なのでゲル地区がない。)ゲルとは遊牧民の移動式のテントのことだが、自然災害で家畜を失って食い詰めた遊牧民たちや仕事のない地方都市や村の出身者が都市へ次々と流入しているのである。


ゲル地区 2014年 撮影 島村一平

治安が悪く、近所づきあいのないゲル地区(注3)は「ハシャー」とよばれる2m以上の高い柵で区切られており、路地は細く、昼間からアル中のおじさんがたむろする。未舗装の道路には汚水が流れ出していることも少なくない。上下水道が整備されていないからだ。

(注3)ゲル地区の住まいの在り方に関しては、以下の専論を参照のこと。
滝口良、坂本剛、井潤裕「モンゴル・ウランバートルのゲル地区における住まいの変容と継承」『住総研研究論文集』43(0):173-184、2017年。https://doi.org/10.20803/jusokenronbun.43.0_173

電気はかろうじて来ているが、セントラルヒーティングも来ていない。したがって暖をとるためにゲルの中でストーブの燃料として石炭を使うので、その排煙がUBの大気汚染の大きな一因となっている。中には石炭が手に入らないので、廃タイヤを燃やす家庭もあったりする。ダイオキシンが発生する。しかし廃タイヤは熱効率がいいし、ただ同然で手に入るのでなかなかやめられない。最近、ゲル地区のインフラ整備も行われはじめたが、その膨張に追いついていない状況だ。

市の中心に住むUB市民たちは、地方から流入してきたゲル地区の住民を見下す。彼らは、大気汚染や車の渋滞、都市の犯罪の増加やモラルの低下といったUBの社会問題の原因をすべてゲル地区の地方出身者のせいにする傾向が強い。そんな地方出身者は「オルク(ork)」と呼ばれる。これは、モンゴル語で地方出身者を意味するオロン・ノタギーンハンの短縮形からきた語だそうだが、同時に/むしろハリウッド映画「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」に登場する「オーク(ork)」(ゴブリン、醜く残虐な人間とは異なる種族)からつけられたといったほうが正しい。

確かに草原の遊牧民の暮らしは13世紀にマルコポーロが「東方見聞録」で報告した頃からさして変わっていない。その一方でグローバルな現代都市としてのUBがある。しかし、それを人間以外の種族として呼ぶのは、あまりに浅ましい。さらに「地方出身者」の名誉のためにいっておくと、ここ20年、UBは地方の遊牧民から税金を取り立てるばかりで、地方のインフラなどほとんど構ってこなかった。

筆者も2000年代の初頭、延べ1年近く地方の草原で暮らした経験があるが、政治家たちは選挙のときにだけ自分の名前入りのカレンダーや茶わんを配るくらいだった。またUBからやってきた商売人は、牧民たちに生活必需品を高く売りつけ、ヒツジや牛を安く買いたたいていた。当時、牧民たちは現金をもっていなかったので、ヒツジ一頭と粗悪な中国製の靴一足(実際の相場ではヒツジ一頭の十分の一)が交換されるなんてことが当たり前のように横行していた。だからUB市民はむしろ地方を搾取しつづけてきたことを忘れてはいけない。

いずれにせよ、そんな「ゲル地区」こそが、モンゴリアン・ヒップホップの揺籃の地の一つだと言っても過言ではない。本作の主要な登場人物であるモンゴル・ヒップホップ界の帝王Geeは、ゲル地区について以下のようにライムする。

Geeのすみか、ゲル地区について話そう

本物のラッパーたちだらけの俺のすみか、

洋服じゃなくて知恵でおしゃれをする俺たちのことをおまえらは理解できるか?

泥棒たちだって誰が隣人かは知っている。泥棒にだって人情があるのさ

戦争映画じゃねえが、俺たちの現実の暮らしの中で、経験したこともいっぱいある。

俺たち日焼けした者たちの地区に招かれずに行って、あわてんなよ。

木の板の塀で囲われた細い通り道で拳を握って見張っているぞ。

 (Gee “G-khoroolol ”より)

●Gee “G-khoroolol”
https://www.youtube.com/watch?v=Uun9wPcH4a0

ゲル地区には、UBの中心部からは想像がつかない、荒涼とした、そして都市富裕層に対するルサンチマンが充満した世界が広がっている。ここは、モンゴルのゲットーなのである。

モンゴル・ヒップホップの歴史

さて、そのヒップホップがいつモンゴルで始まったのか。そもそもモンゴルのポピュラー音楽の歴史は浅い。1924年からおよそ70年の間、モンゴルはソ連の衛星国として社会主義体制下にあったので、言論や表現の自由が厳しく制限されていた。しかし1989年11月、ベルリンの壁が崩壊すると、モンゴルにおいても民主化を要求するデモやストライキがあちこちで組織されるようになった。映画でも触れられているとおり、ポピュラー音楽は、モンゴルの民主化運動で重要な役割を果たしている。

ロック・バンドのホンホ(鐘)は、「鐘の音よ、我々を目覚めさしてくれ」と歌ってソ連の軛から解放を呼びかけ、東ドイツに留学していた学生たちが結成したバンド「チンギス・ハーン」は、社会主義時代、その名を語ることできなかった民族の英雄の名を称賛した。ロックが民主化と新しい時代の始まりを告げたのである。このとき、ほとんどのモンゴル市民はヒップホップの存在を知らなかった。

ともあれ1990年7月、自由選挙が行われ、1992年2月にモンゴル人民共和国は社会主義を放棄した。国名も「モンゴル国」と改め、市場経済・自由選挙を導入した民主主義国家として再出発することなった。この頃、モンゴルにロック、ポップス、ヒップホップ、といった「西側の音楽」が洪水のごとく流入してくるようになった。それに呼応する形で、様々なジャンルのバンドが結成されるようになったのである。

こうした「西側のポップスの流入は、1995年~96年、FMラジオ局の開局とケーブルテレビの放送が開始によって加速した。特に安価なケーブルテレビの普及は、モンゴルの人々に海外の数百チャンネルを視聴可能にしたことは重要だ。その結果、MTVに代表される音楽チャンネルが毎日、降るかのごとく放送されるようになり、FMでも欧米のポップスが常に流れるようになった。

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