記事

日本を出て僕の人生観は劇的に変わった……サッカーで世界を渡り歩いた廣山望を駆り立てたもの

1/2

f:id:g-mag:20180606191039j:plain

かつて学習塾のCMに登場していたJリーガーがいた。

イメージが合致しただけでなく実際に通っていたそうだ。

今でも廣山望はそんな知的な雰囲気を漂わせる。

ところが廣山の行動は傍から見ると論理的ではなかった。

Jリーガーとして5年目でチームのリーダーになるかと思われた矢先

急にパラグアイへと移籍する。

2002年日韓ワールドカップの半年前には代表入りもしていたのに、

ブラジル、ポルトガル、フランスと渡り歩き

日本に一度復帰しながらも現役最後はアメリカで過ごした。

何が廣山を駆り立てたのか。

廣山が海外で見てきたものは何なのか。

飄々としながらも廣山の言葉は切れ味が鋭かった。

Jリーグで続けるのはよくないという危機感

僕に苦しかったときって、あんまりないですね。そう思えるようになった決定的なきっかけはたぶん2001年、パラグアイのセロ・ポルテーニョに移籍していったときで、自分が大きく変わる中で欠かせない要素だったと思います。

あのとき、とにかく海外でプレーするのならどこでもいいという考えだったんですよ。Jリーグで続けるのはよくないという危機感があって。同じ環境で続けるのはよくないと思っていて、そこから海外に出てやらなきゃいけないという、そういう焦りだけだったんで、正直、ある意味でどこでもよかったんです。

Jリーグというかジェフで自分が当時感じてたのは、悪い言葉で言えば日常に飽きたという感じです。今みたいに移籍の自由もなかったですし、5年間やったら、その次の年のある程度のことは予測できるようになって。

それは悪いことじゃないんですけど。でも、じゃあ次のもう1年を今年と同じ1年にするか、そうじゃなくするか。それは自分次第かもしれないんですけど、そうは言っても幅が決まってる中で得られるものと、それよりも他に得られるものがある可能性で決めたほうがいいかなって。

ただ、今、言語化するとそうなるだけで、当時はそこまで考えてたわけじゃないんですけどね。同じ状況で続けるんだったらゼロに振れたほうがいいかって、日本に残るというパーセンテージをほぼ残さないで考えたのが、南米に行けた理由じゃないですかね。

もしそこで、日本に残る可能性が何パーセントあって、じゃあヨーロッパや南米だったらその割合が減って、アジアだったらもっとJリーグで続ける可能性が増えたりとか考えたら迷うんでしょうね。海外移籍で迷う人って、行ってもないのにいろんなこと考えちゃう人が多いと思うんです。でも僕の場合は、Jリーグに残るのは「ゼロ」って考えられたのが大きかったですね。

23歳で下した日本を出るという決断

ジェフは間違いなくいいクラブでした。自分は元々市原市出身でしたし、市原の選手としてデビューから使ってもらって、もうホント文句もないというか。それで、ある程度の責任を任されてましたし、移籍を考えたときは23歳になる年だったから5年目で、下の選手もいて。中堅というよりリーダーとしてチームを引っ張っていってほしいという期待も受けて。それにある程度応える自信もある……とう感じでした。

求められれば応えられるという自信というか、過信だったかもしれないですけど、それをやらなきゃいけない立場だって自認はしてたんです。けれど、人から求められてるものと自分が求めてるものだったら、自分が求めてるものをちゃんとやっていかなきゃいけないと考えたんですよね。

2000年はケガしていて、いろいろ考えたりいろんな人に会う時間もあったんですよ。そこで自分にとって何が大事かっていう基準を考えられたというか。

海外に行く前って千葉大に通っていて、移籍するから辞めたんです。僕がプロ生活の傍ら千葉大に行くために協力してくれた人もいるんですが、でもそこで勉強を続けるよりも、海外に出て違うことをやるほうが絶対にいいと思ったからスパッと辞められたし。

行き先はどこでもよかった、と言うと当時移籍のために動いてくれた人に失礼で、自分のプレースタイルだったり、その後の可能性を考えてきちんとした移籍先を見つけてもらったんです。でも自分としてはまず日本を出るというところの決定があったんで。

日本から出てみてわかったんですけど、23歳って本来はまだまだいろんな経験をしなきゃいけなかったり、可能性がある年齢なのに、そのときは本来自分が一番やらなきゃいけなかったり大切にしなきゃいけないこと以外に、かなりパワーを使ってた状況だったんだなって。それは後から考えてですけど。そういうのを何となく皮膚的に感じてて、それで残るという可能性がゼロになったんでしょうね。

Jリーグが嫌だからじゃなくて、他のリーグに行かなきゃいけないという焦りですよね。その後自分がいろんなところに行くときに、ほぼ悩まずに次のステップに行ったりできてるというのと、まったく同じスタンスです。極端な性格なのかもしれないけど、それが自分の強みだと思いますね。

南米での生活がもたらした人生観の劇的な変革

南米に行く前とその後ではガラッと考え方が変わりましたよ。南米に行く前の自分はいかに余計なことにパワーを使っていたかっていうのがわかって。

それで基本的に苦労した覚えはないし、ネガティブな要素は一回もなかったと思います。あえて言うと、状況的に一番苦しかったのは2002年、ブラジルのスポルチ・レシフェに移籍したときですね。

ワールドカップのちょうど裏というか。その半年前の2001年10月にフランスであったセネガル戦、イングランドでのナイジェリア戦で代表に呼んでもらってたんですけど、パラグアイに戻るとその後、次のステップを探らなければならない状況で。

セロ・ポルテーニョでは前期も後期も優勝して、個人的には一番いい状態でした。それでも南米のもっといいチームの話は契約直前までいったけどできなかったり、やっと契約できたレシフェは当時の政治的かつ経済的な問題でビザが出ないという状況でした。

そのときに実際日本ではワールドカップをやっている。それをブラジルの一番外れで見なければいけない。自分はチームの試合に出られない。練習はできても試合でプレーできないという状況だったんですよ。

ところが、そこでの経験は自分にとってプラスになったというか、それぐらいでもへこたれないというか、何のストレスにもならないでいられる自分だったから。

それはレシフェがすごくいいリゾート地で、僕が住んだ海岸沿いはとてもきれいで、ブラジルのイメージを覆すくらいだったから(笑)。ブラジルのいいところはもちろん全部詰まってたし、サッカーはあったし。ワールドカップだからものすごく盛り上がってましたしね。

レシフェは観光地だから、お金をかけて警備するところは警備してあったんですけど、そうじゃないところは悪いところが全部集まってくるというか。でもそれが自然ですよね。そのメリハリがある中でちゃんと楽しめるというのが大事で。

当時チームは全国リーグ2部に落ちてたけど、州リーグや地域リーグでは中心でやってるようなクラブでした。でも僕にビザが発行できないぐらいで、国内のクラブで雇われてる人なんかも、しばらく給料をもらえてないという状況だったんですよ。

選手もなかなか給料がもらえてなかったり移籍先が決められなかったりという状態で、ある意味、自分も大変だったんですけど、それよりも大変な人たち、実際、5、6カ月給料をもらってないって人たちが周りにいたんです。

ただ、その人たちがネガティブかっていうと、よっぽど楽しそうに生きてたんですね。サッカーに関われていることだったり、その日、その日のサッカーを楽しんで。しかも僕が試合に出られないんでいると「大変だね。ワールドカップいけないね」とか声をかけてくれるんですよ。

当時僕はずっと1人で生活してたんで「大丈夫か」って、本当に僕のことを気を遣ってくれるんです。僕よりよっぽど大変な人がクラブで働いてる。「おれ、給料を半年もらってないから大変だよ」なんてことをさらっと言うけど、全然そんなことをおくびにも出さずに、サッカーが好きで、たわいもないことで笑ったり音楽演奏したり歌い出したり。

パラグアイを経験してたから、こういうのが南米だなってわかってたんですけど、それにしてもブラジル人のパワーってすごいなって。人生を楽しめるスタンス、サッカーを好きで楽しめるスタンス。それを僕は自然に学んだというか。そういうところにいたから、苦しい状況にいても全然ネガティブにならない自分でいられたし。それは周りの人たちの影響なんだろうなって。

宗教上の問題も日本人とは違って大きいと思うんですけど、やっぱり自分にないものをパラグアイまで含めて南米からは学べた、感じたというか。大きな経験をしました。いいところだったし、何よりも人生なわけだから、ちゃんと生きて、その日生きられることを感謝して。

1回そういうことを経験してると、それより大変なことってそう簡単にはないと思うんですよ(笑)。そういう意味では、いろんなことが起きてもストレスになったりネガティブになることはその後もなかったから、大変なことはなかったと言えるんですよね。

楽しかったし、サッカーに関われてる時点で「よかったな、おもしろいな」って。その基点になったのは南米で、南米に行かなければそんな経験はできなかったし。それに元はと言えば、ゼロに振れたっていうのもジェフでの5年間の経験があったからこそかもしれないし。

僕は幼いころに父を亡くしてて、いろんなことを自分で決めていかなきゃいけなかったり、ひょっとしたら人の人生は短いっていう気持ちを抱えてたかもしれないし。でもその南米での経験できてよかったなと思って、そこから同じスタンスで続けられています。

あわせて読みたい

「サッカー」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ニコ生主が反NHK政党で市議当選

    岡 高志 (大田区議会議員・政党無所属)

  2. 2

    米国ではありえない日本の光景

    MAG2 NEWS

  3. 3

    米が恫喝 安倍首相の面目丸潰れ

    天木直人

  4. 4

    大阪の大型地震「初めはドーン」

    THE PAGE

  5. 5

    片山晋呉に激怒した招待客とは

    NEWSポストセブン

  6. 6

    盗聴取材の共同記者に真相直撃

    NEWSポストセブン

  7. 7

    レスリング騒動は栄氏だけが悪か

    舛添要一

  8. 8

    価格崩壊? マンション購入の危険

    MAG2 NEWS

  9. 9

    RAD炎上に便乗した人は認識不足

    赤木智弘

  10. 10

    地震受け大阪府内で17万戸が停電

    ロイター

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。