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特集:6月は「マッドマン外交」の季節

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今日明日はカナダでG7サミット、週明けにはシンガポールで米朝首脳会談が開催されます。どちらも予想しにくいことでは折り紙つきでしょう。2号前の本誌は、「5月は首脳会談の季節」と題しましたが、今回はこんなテーマを掲げてみたくなりました。

北朝鮮との非核化交渉を進める一方で、同盟国など多くの国を相手に貿易戦争も仕掛ける。トランプ外交はまさしく「マッドマン・セオリー」(狂人戦略)です。かつてニクソン大統領が実践した外交手法ですが、裏に冷徹な計算があった「先人」に比べると、トランプ大統領のそれは直観ベースで、見ていて危いものを感じざるを得ません。

とはいえ、日本外交は対北朝鮮政策を応援する一方で、貿易戦争は避けなければならない。マッドマンと折り合いをつけるのは、まことにもって楽なことではありません。

●「マッドマン」トランプの腹のうち

6月11日の米朝首脳会談が4日後に迫っている。私見ながら、「たいした波乱はないだろう」と考えている。

もちろん、「マッドマン」同士の首脳会談であるから、どんなサプライズが飛び出すかは分からない。「2人は一緒に食事をするのかどうか。その場合、どんなものを食べるのか」、「セントーサ島で金正恩委員長が泊まるスイートルームの代金を、いったい誰が支払うのか」、「チャンギ空港の駐機場に、エアフォース・ワンとエアフォース・ウン(金正恩の専用機)が並んでいる景色が撮れるか」など、下世話な関心事も尽きない。そして「視聴率男」であるトランプ大統領は、このイベントを盛り上げるべくさまざまな仕掛けを考えていることだろう。

しかし、この会談の中身(サブスタンス)はそれほど重要なものではあるまい。おそらくは「成功」とも「失敗」とも言えないようなものになるのだと思う。

米朝のいずれから見ても、交渉で得られるものはそれほど多くはない。米国側から見れば、北朝鮮の非核化は望み薄だ。”CVID”(完全で検証可能で不可逆的な非核化)は、少なくとも短期間ではあり得ない。せいぜい北朝鮮の軍備管理ができれば、それが収穫という程度なのではないか。それでは首脳会議をやる値打ちがない、と軍事の専門家は批判するかもしれない。そもそも非核化という作業は、核軍縮の専門家が大勢集まって、長い時間をかけなければ実現するものではない。ところが北朝鮮相手の交渉は、当然、トップダウンでなければ進まない。「積み上げ方式」では意味をなさないのである。

ドナルド・J・トランプという異色の米国大統領がいたからこそ、金正恩委員長は思い切って前に出てきた。昨年、米国が朝鮮半島に向けた軍事的圧力は途方もないものであった。両首脳の悪口合戦も、常軌を逸したものであった。しかるに両首脳がマッドマン同士であったからこそ、今回の首脳会談は成立した。そうでなければ、従来と同様な対立が延々と続いていただろう。ところがマッドマン同士では、細かな議論の積み上げは不可能である。かくも逆説的な状況によって、今回の首脳会議はかろうじて成立するのである。

他方、マッドマン・トランプとしては、この会談から得るものは大きい。とにかく前任者・オバマ大統領が放置していた問題で、何がしかの前進が期待できるのである。内政における減税とは別に、外政面で「これをやった」と誇れる実績が残る。逆に言えば、前任者がもらったノーベル平和賞への思い入れは、それほど深くはないのではないだろうか。

6月12日の首脳会談が終わった後は、トランプ大統領は急速に北朝鮮に対する関心を失ってしまうかもしれない。最悪でも今後の北朝鮮は、核実験やミサイル発射を控えることになるだろう。だったらそれで十分、と考えるのではないだろうか。



●「マッドマン」ジョンウンの計算

逆に北朝鮮側にとっては、米国が事実上の「体制保証」をしてくれることが収穫となる。しかし経済援助はどうだろうか。非核化が目に見えて前進しない限り、国連安保理の制裁解除は望み薄であろう。それでも中国と韓国は、なしくずし的に協力姿勢をとってくれるだろう。既に中朝国境の中国側の土地は値上がりしていると聞く。そういったご利益は確かにあるはずである。

ただしマッドマン・金正恩にとって重要なのは、「核武装と経済建設」という2つの目標(並進路線)のうち、前者は達成したからこれから後者に移ると国内向けに宣言したことであろう(正確に言えば、「前者を達成したものと見なして…」だが)。そして「非核化」を材料に、米国と二国間協議に入る。これは祖父・金日成や父・金正日が果たせなかった夢の実現である。国内を心服させるためにも、対米協議は1度ではなく、何度も続けたいところであろう。おそらく金正恩にとって、シンガポールまで出かけることはそれなりのリスクを伴う(例えば、留守中の国内におけるクーデターの怖れなど)。それでも首脳会談は十分に見合う、と考えているのではないだろうか。

ということで、米朝両国の国益という観点から言えば、それほどサブスタンスのある会談とは言えないし、これで北東アジアが安全になるとも考えにくい。しかしトランプ大統領と金正恩委員長のご両人(Madmen)は、ともに会談によって利益を得る。だったら、やらない理由が考えられない。どちらかが怒り狂って途中で席を立つ、などといった番狂わせは起こらないものと考えている。

「マッドマン・セオリー」の元祖はリチャード・ニクソン大統領である。ベトナム戦争を終わらせるために、「核兵器を使用するかもしれない」とのシグナルを発して、北ベトナムを脅迫しようとした。「ニクソンは何をしでかすか分からない人物だ」といろんなルートで喧伝したのだが、冷静で腹黒なイメージが強かったために、素直には受け取ってもらえなかった。それでもニクソンは、任期中に米軍の完全撤退を実現している。

その点、トランプ大統領は最初から「何をしでかすかわからない」人物であるし、そのように広く信じられている。またそのように自己を演出することは、不動産業で頭角を現した頃から実践してきたことでもある。

似たようなことを、歴代の北朝鮮指導者も行ってきた。マキャベリの『政略論』には、「君主が時に狂気を装うことはとても賢明なことである」と書いてあるとのこと1。それはまさしく中世の君主のように、絶対的権力を持つ指導者にとってのみ有益な教えというものであろう。民主体制や近代的な官僚機構に支えられた政治家が、「マッドマン・セオリー」で内政や外交を行うことは、時代遅れであるし危険極まりない。有権者に対する説明責任を欠いている、という点でも問題があると言えるだろう。

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