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日刊スポーツ「政界地獄耳」が“反則だらけの世の中に”いいこと言った 一億総ゆでがえる時代とは何か? - プチ鹿島

 悪い冗談のような、ギョッとすることが最近続く。

【写真】加計孝太郎理事長は未だ出てきていない

 たとえばこれ。

「アメフト事件で注目の危機管理学部 存在するのは日大と加計学園だけの衝撃」(日刊ゲンダイ6月1日付)

私たちは今、すごい現実を生きている

 日大の対応のまずさと共によくネタにされたのが「日大には危機管理学部があるのに」だった。しかし、

《危機管理学部がある大学は全国に3つしかない。千葉科学大(2004年学部開設)、日大(16年)、倉敷芸術科学大(17年)だ。日大の他の2校はナント、加計学園系列の大学である。》


加計学園 ©鈴木七絵/文藝春秋

 ギョッとした。すごい現実を生きていると思う。

 佐伯啓思氏は朝日新聞のコラム「スポーツ本来の意義 『高尚な遊び』取り戻す時」(6月1日)のなかでスポーツを論じながらも、人間の文化は政治も経済も「遊び」のなかで生み出されたと書く。しかし現在は、

《本来の「遊び」が失われてしまい、本当にはめがはずれてしまった。勝つためには反則でもしなければ、という意識があらゆる領域で社会を動かしている。「遊び」がもっていた余裕や自由さが社会からなくなりつつあるのだ。》

 そして、

《今日、大衆的なショウと化した政治も過度に競争状態に陥った経済もそしてスポーツも、従来のルールに従っていては勝てない。だから、トランプのような「反則的な」大統領が登場して保護主義を唱え、習近平が自由貿易を唱えている。これも反則であろう。》

 とも指摘した。

朝日新聞社説で示された「ないものがあった」2件

 現実は反則だらけ、なのである。

 この言葉を頭に置いて、ギョッとしたことをあらためて振り返ろう。

 先月24日の朝日新聞の社説は「森友文書公開 国民あざむいた罪深さ」と「イラク日報 情報隠しの悪弊を断て」の二本だった。

 それぞれ冒頭を読んでみよう。

《財務省が、森友学園との国有地の取引をめぐる交渉記録を国会に提出した。辞任した佐川宣寿・前理財局長が、昨年2月に国会で「残っていない」と答弁し、その後も「廃棄した」と繰り返してきた文書だ。》

《「ない」とされた陸上自衛隊のイラク派遣時の日報が見つかった問題で、防衛省がきのう、調査結果を国会に報告した。》

 どちらも「ない」ものが「あった」件だ。テーマを変えても同じことが書かれているのである。さらに驚いたのは毎日新聞の森友文書公開についての内幕を書いた一文だった。《防衛省のイラク日報問題に関する調査結果も23日に公表された。政府関係者は「首相官邸と自民党が調整し、財務省と同じ日にした」と明かす。》(5月24日)

 つまり「森友文書」と「日報」は計算のうえで同じ日に「見つかった」と発表したのだ。どうせ怒られるのだから一緒に発表して分散させてしまえ、と。

 ギョッとする。ゾッとする。現実は反則だらけ。先ほどのコラムの指摘のように「はめがはずれてしまった」のだ。

首相と加計理事長の面会は架空?

 次に登場したのがこちらの「ギョッ」である。

「『首相面会、言ったと思う』 加計事務局長 今治市にも謝罪」(毎日新聞6月1日)

 安倍首相と加計学園・加計孝太郎理事長の面会は架空だったとするコメントを公表したことについて「やっと」加計学園の動きがあった。学園の渡辺良人事務局長が31日、愛媛県庁と今治市役所を訪れ、謝罪した。

 しかしそのあと渡辺氏はマスコミに「その場の雰囲気で、ふと思ったことを言った」「たぶん自分が言ったのだろうと思う」と説明した(朝日新聞夕刊5月31日)。ギョッとする。

 さらに今週は財務省による森友学園をめぐる文書改竄や交渉記録廃棄の調査報告が発表された。

 産経新聞は麻生太郎財務相の会見をうけ、

「麻生氏 動機は人ごと?」(6月5日)と書いた。

 麻生氏は文書の改竄や廃棄に至った理由を問われ、

《「それが分かりゃあ苦労しない。そこが一番関心があるところ」と人ごとのように言及。「その場の雰囲気、よくいう空気ってやつがそうだったのかもといえば、それまでなんでしょうけど」と付け加えた。》

 あ~、ここでも出ました、「その場の雰囲気」!

 加計学園の事務局長とまったく同じことを言っている!

 ギョッとする。そろいもそろってすごいこと言ってないか?  え、なんでもっと大騒ぎにならないの?

政界地獄耳いわく「1億総ゆでがえる時代」

 日刊スポーツのコラム「政界地獄耳」(6月1日)は私たちの責任も問うた。

「社会のルールや約束事、社会の常識を逸脱し、自分勝手な理屈を正当化」することが時の首相や現職閣僚、アメフト大学日本一の監督に許されている、と。

《国民は今まではそんなことは許されないと思っていたが、許される時代が来たのかと勘違いする。しかしその身勝手な行為は権力者だけが許される特権のことで国民には適用されない。そこを国民はわかっていない。》

 自分勝手な権力者の振る舞いに慣れてしまうと国民はそれが社会の常識と思うようになる、と。

 地獄耳師匠は次の言葉で結んだ。

《やり放題を誰も気に留めない。あきらめることに慣れてしまう。今は1億総ゆでがえる時代なのだ。》

 はめがはずれてしまい、反則でもゆるされる現実が本当に「本当」となっていく。ゆでがえるにならないためにはいちいちギョッとしてツッコんでいくしかない。

 悪い冗談にはそう対応するしかないのだ。

(プチ鹿島)

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