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中国を抜きに北朝鮮の非核化などあり得ない - 樋泉克夫 (愛知県立大学名誉教授)

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朝鮮半島をめぐる国際情勢は予想以上の速さで変化し、世界は気紛れな2人のプレーヤーに翻弄されるばかりだ。だが、戦いの要諦が中国語でいう「談談打打、打打談談」――話し合いをしながら戦争し、戦争しながら話し合う。話し合いは戦場での戦いを、戦場での戦いはテーブルでの話し合いを、共に有利に導くため――であると考えるなら、首脳会談終了後も米朝両国の間では「談談打打、打打談談」の関係が続くに違いない。

かりに両首脳がシンガポールで“衝動的な意気投合”を演出したとしても、奇妙極まりない金王朝を誕生させた最大の要因が朝鮮戦争にあるからには、朝鮮戦争の一方の当事者である中国が絡まないかぎり、「不可逆的な非核化」はシンガポール会談への打ち上げ花火に終わってしまう可能性は大だ。

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やはり朝鮮半島のモラトリアム状況に終止符を打つためには、朝鮮戦争、米中関係、中朝関係、そして朝鮮における権力の意味――国際政治の縺れ合った糸を解き解す作業が必要ではないか。そこで我が書棚に向って、モラトリアム状況発生の背景を考えてみた。

■「中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」
――『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)
■「中国人が重んじるのは力だけだ」
――『失敗したアメリカの中国政策』(B・W・タックマン 朝日新聞社 1996年)
■「中国は無法律だ」
――『アリランの歌』(二ム・ウェールズ、キム・サン 岩波文庫1995年)
■「こうして本当の破局がやってくることになる」
――『高宗・閔妃』(木村幹 ミネルヴァ書房 2007年)

■「中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」

――『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)

毛沢東の目には「けちな軍功歴しかないこの自信過剰の若造」としか映らなかったらしい金日成に率いられた「北朝鮮の大軍が三十八度線を突破した時期、マッカーサー将軍の関心はひたすら日本の政治的発展に注がれ」、「日本の変革と、きたるべき対日平和条約はマッカーサーの勤務日のほとんどすべてを吸い取っていた。かれは麾下のアメリカ軍――占領軍――に関心らしい関心を払っていなかった」という。

その結果、「占領軍はそのころには太平洋で日本軍を打ち負かした強大な軍とは似て非なる存在になりさがっていた。定員割れし、装備は貧弱、訓練は不足するいっぽうの状態だったが、それでもマッカーサーの心配の種にはならない様子だった」。であればこそ「韓国への関心はそれよりもさらに薄かった」であろうし、戦争の緒戦にみられた北朝鮮軍の快進撃も予め予想されていたともいえるのではなかろうか。

著者のD・ハルバースタムは、中国大陸における毛沢東の勝利と蔣介石の敗北が朝鮮戦争の原因の1つだったと説く。それは、とりもなおさずアメリカが長期に亘って進めてきた中国政策の失敗を意味することになる。

中国大陸における19世紀半ば以降のアメリカ人、ことに宣教師の活動を振り返りながら、著者は「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる、幻想のなかの国だった。〔中略〕多くのアメリカ人は中国と中国人を愛し(理解し)ているだけでなく、中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」。だが、「かわいい中国。勤勉で従順で信頼できるよきアジアの民が住む国。第二次大戦中、そう教えられた国が突然、共産主義者になった」というのだ。飼い犬に手を嚙まれた以上の衝撃だっただろう。

元来は「中国はアメリカのものであり」ながら、第2次大戦によって共産党政権を誕生させてしまった結果、中国を「アメリカは失ったのである」。じつは「アメリカの失敗はアメリカのイメージのなかの中国、実現不可能な中国を創ろうとしたためだった」。その原因は、アメリカ流の大胆な指導力を求めた蔣介石が「アメリカの政策遂行の道具としてはほとんど使い物にならな」かったからであり、それゆえに「わが国(アメリカ)の政策は詰まるところ、すでに死んだしまった政府への支援の継続であった」わけだ。

いわば“敵失”の形で毛沢東は中国を手中に納めたことになるが、彼は金日成のみならずスターリンにも強い不信感を抱く一方で、「財政的にも、人的資源の面でも、厖大な犠牲を伴ったにもかかわらず」、敢えて朝鮮戦争への介入を決定した。それというのも、じつは「(朝鮮)戦争は中国人民をかれに結びつける手段だった」からだ。かくして朝鮮戦争は、「自分は至高の洞察力を備えた偉大な指導者だと勝手に思い込んでいた毛沢東を、まさにそのようなものに祭り上げる結果になった」というのである。

アメリカの対中政策の失敗が毛沢東を生んでしまっただけでなく、朝鮮戦争を誘発したうえに朝鮮半島での死戦が毛沢東を「偉大な指導者」に「祭り上げ」、中国をして大躍進という「たぶん狂気に向かう最初の曲がり角」を一気に曲がらせてしまったというのが、著者の考えになる。

身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ご都合主義――アメリカの対中政策が内包していた病理こそ朝鮮戦争を招き寄せた。ならば、アメリカの東アジア外交の病理が根本治癒されないかぎり、今後も東アジアの混乱が続くことを覚悟すべきだろう。

■「中国人が重んじるのは力だけだ」

――『失敗したアメリカの中国政策』(B・W・タックマン 朝日新聞社 1996年)

大東亜戦争に際し、日本は腹背に2人のアメリカ人将軍を迎え撃った。1人は太平洋の島々を飛び石伝いにやってきたマッカーサーで、残る1人はグータラ極まりない弱兵である中国兵を90個師団の強兵に鍛え上げることを企図し、中国西南辺境で執念を滾らせていたスティルウエルである。2人はミズーリ号甲板で降伏文書にサインする重光の手元を、共に傲然と見下ろす。

それから数年が過ぎると、1人は前進を阻まれた老兵として朝鮮の戦場を後にせざるを得ず、残る1人は胃癌が原因でこの世を去った。オブザーバーとして立ち会ったビキニ環礁での原爆実験が原因だとも伝えられる。

この本は、アメリカ軍中最高・最強の中国通とも伝えられるスティルウエルの人生を縦糸に、彼に関わった米中両国の政治・軍事指導者の動きを横糸に、アメリカの中国政策失敗の跡を鋭敏で詳細に分析する。無味乾燥な記述が廃され、行間には生き生きとした人間模様が浮かぶ。

スティルウエルが語学将校として中国に最初の一歩を踏み入れたのは、清朝崩壊への最後の一撃となった辛亥革命が起こった1911年のこと。以来、彼の軍務の大半は中国だった。すぐれた中国語能力と強靭な肉体と旺盛な好奇心とを武器に、中国の政治・軍事指導者から文化人、さらには最底辺の庶民までとも積極的に交わる。依怙地で傲岸不遜気味な個性を発揮しながらも、中国各地を歩き、中国人と中国社会のなんたるかを体感していった。

やがて日米関係が緊張の度を加える。ルーズベルト大統領は日本軍を中国大陸に縛り付けておくため、なんとしても蔣介石を味方にしておきたかった。如何なる手段を取ろうとも、日中が手を結ぶという悪夢だけは避けねばならないのだ。そんな政策を支えたのは、19世紀半ば以降のアメリカの対中政策の一翼を担った宣教師による布教活動がもたらした、アメリカ人の中国と中国人に対する奇妙な親近感である。

「アメリカ人はほかの国には感じない責任を中国に感ずるようになっていた」。アメリカに従順な中国人をアメリカ化させなければならないという“妄想”に駆られていた。メディアもまた中国や蔣介石政権の「良い面だけをみて、欠点や失敗にはいっさい触れなかった」という。

蔣介石と宋美齢夫人を戴く勢力にとっては、そこが最大の狙い目だった。当時(あるいは現在も、そして将来も)、アメリカは「中国が自分の目的のために、自分を使うものをうまく利用する能力を見くびっていたのである」。蔣介石の最大の目的は、自らの生き残り。「共産党を破壊し、外国の助けをもって日本をやっつけるため」に、アメリカから莫大な援助を引き出す。かくて蔣介石らは私腹を肥やし、大陸は赤化してしまった。大失敗である。

蔣介石軍支援のためにワシントンから送り込まれたスティルウエルは、蔣介石を陰で「ピーナッツ」と罵る。そんなスティルウエルであればこそ、蔣介石とソリが合うはずもない。蔣介石の妨害を受けながらも、スティルウエルは中国兵を督戦し、ビルマから北上する日本軍を迎え撃つ。緒戦は散々な敗北に終わり命からがらインド東部に逃れるが、やがて態勢を立て直し、北部のフーコン谷地での激戦を経て、日本軍を潰走させた。

胃癌に苦しむ死の床で、スティルウエルは「きみわからんのかね、中国人が重んじるのは力だけだということが」と呟く。

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